魔王四天王は弟子を氷の剣士に立ち向かわせてみる。
闇の女神神殿、魔王四天王特別訓練の間。そこは限られた者──平たく言うと、魔王四天王しか立ち入ることができない。立ち入るとしても、魔王四天王の許可が必要である。許可がなくても一応、立ち入ってはいい。命が惜しくないのならば。
魔王四天王とはセフィロート随一の実力者の集団である。故に、その実力者集団が戦闘をしているということは、そんじょそこらの雑兵は覗いただけで即刻死亡が確定する。
具体的にどんなことがその間で起こっているのか、はっきりとわかる者は魔王軍内にはほとんどいない。
そんなほとんどいない中の一握りが、特別訓練の間に入ってきた。
「失礼しま──木よ」
挨拶の途中で冷静に詠唱。詠唱により、木の壁が瞬時にできる。
だが、頑丈そうな木の壁も一瞬にして炎に焼き尽くされる。木の壁を形成していなかったら、入ってきた少女、ミルも木の壁のような運命を辿ることになったであろう。
「お見事。間一髪でしたね」
ミルを褒め称え、拍手するのは、ミルの魔法の師、サージュである。ミルはありがとうございます、と言った後、再び詠唱し、今度は枝を張り巡らせて網目状の結界を作る。網目状といっても、木魔法と風魔法の混合結界で、木のないところは風魔法でカバーしてある。魔法使いで混合魔法を使うのはかなり高度な技術だ。ミルの実力はぐんぐん伸びている。準四天王の名に相応しい。
「いつもながらにぶっ飛んでますね、今日も」
「そうですね。いつも通りです」
網目の向こうに見えるのは魔王四天王筆頭のシュバリエと、アミドソルのなんでもありの組み手である。なんでもありの時点で組み手の概念は崩壊しているような気がするが。
毎日のようにこんな訓練がここでは繰り広げられている。アミドソルは毎日はいないので、今日はレアと言えるだろう。
シュバリエ的には戦闘スタイルの違う魔法使いのサージュや弓矢使いのアルシェでは物足りないところがあるらしく、アミドソルとの組み手のときが一番生き生きしている。アミドソルは体術の使い手。近接戦闘をスタイルとするシュバリエとはよく似た戦い方をする。もちろん「近接戦闘」という部分が似ているだけであって、それ以外は大きく違う。
シュバリエは自分の身長ほどありそうな大剣を振り回す剣士だ。それに得意の火魔法を組み合わせて戦う。リーチがただでさえ長いのに、魔法がついて更に長くなる。しかも、剣で起こす風によって、火魔法はブーストされ、散らばる。風魔法に長けたサージュがいなければ、今頃神殿は大惨事である。魔法ではなく、自然に起こる風、所謂剣風によってブーストをかけるのだから、まず近づくことから困難だ。更に近づいても凶悪なのだから手の施しようがない。
そんな中、シュバリエに肉弾戦を唯一挑めるのが魔王四天王随一の体術使い、アミドソルである。アミドソルは魔法に長けているわけではないが、その巨体に見合わず、素早い。先見の明があるというか。今も次々繰り出される範囲攻撃を紙一重で避けている。
「狙いがあめぇだ!」
「言ったな?」
シュバリエが大剣を振り下ろすが、アミドソルはまた紙一重でかわす。そして、その紙一重からするりとシュバリエに寄り、あっという間に間合いを詰めて、拳を叩き込む。
「かはっ……」
「大振りの技は隙が生まれるだ。決めるときにしか使わねぇ方がいいだな」
アミドソルはそんなことを言うが、シュバリエとて、構え直しは速い。あの技を避けること自体が異常なのだ。避けられるのなんて、アミドソルくらいなものである。
見ているサージュは脇でにこにこしている。
「アミドソルが相手だと、シュバリエは赤子のようですねぇ。結界が楽で済みます」
「そ、ソウデスネ……」
ミルの顔がひきつったのは仕方のないことである。シュバリエとアルシェだと、アルシェがあり得ない威力の魔法をばかすか打って、シュバリエはアミドソルと似たり寄ったりの運動神経を発揮し、傷つけば傷つくほど狂人化する。狂人化したシュバリエは、正直、サージュの手には負えない。
サージュの手に負えないものがミルの手に負えるはずもなく、シュバリエが狂人化したとき……本気になったときは、アミドソルを森から呼び出し、止めてもらう。
体術に関しての能力なら、アミドソルの右に出る者はいない。魔王四天王内で順位をつけるとしたら、アミドソル>狂人シュバリエ>シュバリエ>サージュ>アルシェとなる。ミルは足元にも及ばないと思っているが、実はシュバリエに迫る体捌きができるので、サージュは体術戦闘の指導はアミドソルにやってもらっている。
「アミドソルさまは今日は森じゃないんですね」
「ああ、確か、氷の剣士くんが森の守護者になってから、めっきりやることがなくなったとか。魔王軍の育成に積極的なまともな魔物がいるのは心強いです」
果たしてまともとは、とミルが遠い目をしかけると、ミルの壁をまるで蔦でも掻き分けるかのように分けてシュバリエを担いだアミドソルがやってくる。
直ちにミルがいじけた。これで結構、自信があったのだが、魔王四天王を前にしては紙くずも同然なのだろう。
「ソルが異常なだけですから。あなたは充分強いですよ、ミル」
「サージュさまが言っても全くと言っていいほど説得力がありません」
サージュは賢者。魔法を極めた者だ。そんな人物に魔法を褒められるのはこの上ない誉のはずだが、よく考えるとここまでの戦闘で結界を一切破られていないという。そんな状態で言われたって、確かに説得力はない。
「自信がねぇのか? 千枚葉の発想は悪くねぇと思うんだがな」
目を覚ましたシュバリエが首を傾げる。千枚葉とはミルの得意とする木属性の攻撃魔法だ。風魔法と併用し、木の葉を刃のように鋭く強化して攻撃する。他の誰にも真似できないことで、すごいことなのだが。
ミルはいじけて地面にのの字を書き始めた。
「いいですもん、私はどうせ『準』四天王ですもん」
参ったな、こりゃ、とシュバリエが頬を掻く。やってきたアルシェが、落ち込まないでミルちゃん、と肩を叩いたところ、「何も知らないくせに」と部屋の壁にアルシェを素手で叩きつけた。気づけ、ミル。お前が素手で壁に叩きつけたそれは魔王四天王だ。
ミルちゃん、女王さま系もありかも、と呟きながら倒れたアルシェは色々な意味で重症な気がする。
「あー、じゃあ、あいつに調整して来たらどうだ?」
シュバリエが頭をかきむしりながら提案する。
「あいつ?」
ミルが首を傾げると、サージュが頷く。
「ああ、氷の剣士くんですね」
「いつも訓練相手が俺らばっかじゃつまんねぇだろ」
「そんなこと、むぎゅっ」
ありません、と言おうとしたミルをいつの間にか起き上がったアルシェが押さえる。
「ミルちゃんの心に新しい風を吹かせるのもいいこと」
「……アルシェ、私の台詞を盗らないでください」
つまり、新しい修行という意味だ。ミルは目を輝かせた。
「新しい修行……! どんな相手なんですか?」
ミルが問うと、まず一同の目がシュバリエに向かう。
注目を集めたシュバリエが照れくさそうにはにかんで、端的に言う。
「あー、あいつは強いぞ。俺の見立てが間違ってなきゃ、立派な剣士の素質がある」
次いで、シュバリエがアミドソルに目を向けたため、自然と他もそちらを見る。
「体術も教え甲斐があるだな。とにかく真面目だ。サージュとアルシェを負かすぐれぇには強いぞ」
「サージュさまとアルシェさまが負けた……?」
すると、即座に闘志を燃やし始めるミル。ぐ、と手を握り、宣言した。
「私、戦います」
かくして、ミルはリアンと対峙することになるのだった。