棒菓子ゲーム
ポッキーの日企画(((((
闇の女神神殿、四天王の間。
そこには四天王が集い、真剣な表情で向かい合っている。シュバリエ、アルシェ、アミドソルの視線はサージュに突き刺さっていた。
サージュはこほん、と咳払いしてから口を開く。
「先程、魔王ノワールから破壊の女神さまよりお達しがあったとのお話を受けました」
「女神さま直々のお達しとは……いよいよ暴れ時ってことか」
相変わらず脳筋解答を繰り出すシュバリエに、サージュが呆れの息を吐く。確かにシュバリエの鬼人という種族は戦いの種族だが、脳筋狂戦士すぎやしないか、とサージュは嘆く代わりに肩を竦めた。
手短に答える。
「セフィロート侵攻計画とは全くもって無縁のお話です」
「ちぇ」
「ちぇ、とはなんですか、ちぇ、とは」
全くもう、とサージュが顔をしかめてから、本題をつらつらと述べた。
「封印されているのも暇だ。飽きた。だから面白い遊戯をして見せろ、とのことです」
つまり、これが闇の女神さま直々のお達しの内容である。
「はあ?」
シュバリエでなくともそうなっただろう。証拠に、他の二人もぽかんとしている。
「面白い……遊戯?」
「つまり、女神サマの暇潰しか」
さすがのシュバリエも呆れ返る。崇める神から直々のお達し、と身構えていたのが馬鹿馬鹿しくさえ思えてきた。
そもそも、魔王を介してわざわざこちらに命じる意図がわからない。それはサージュも同じようで、両手を上げて、肩を竦めてみせた。
アミドソルが相変わらず少ない顔パーツで苦々しい面持ちを作る。
「にしても、面白い遊戯だか。おら、遊びなんて一つも知らねぇだよ。リアンに聞いでみだら何がわがっぺが」
「あー、無理だろ。リアンはちっちぇ頃からダート持ちってんで、俺んとこで修業漬けだったからな。普通の遊びも知ってるか怪しい」
シュバリエの指摘にアミドソルがううむと唸る。
リアンというのは、かつてシュバリエの弟子であった人間の少年である。今はアミドソルと一緒に森の守護者となっている。
ダートさえ持っていなければ普通の少年に育ったはずだが、彼はその小さな背中にダートの使い手という重い荷物を負わされた。自他共に厳しいシュバリエの下で修業していたならば、遊ぶ暇なんてなかったはずだ。
アミドソルはもう一つのあてを口にする。
「フェイはどうだが」
「樹木神アルブルの化身になったという少女ですか? 彼女では時代が古いでしょう」
樹木神アルブルの化身となった元人間の少女フェイというのがもう一人森にいる。彼女も元々はダートの使い手で、そうであったがために争いの火種となり、逃げ延びた先で、アルブルに助けられたという壮絶な過去の持ち主だ。植物を操るダートなのだそうだが、彼女が生きていた時代では大飢饉が起こったのだという。彼女が樹木神に身を捧げたことによって、飢饉という言葉がセカイから消え失せて数百年。確かに時代的には古いだろう。
「じゃあ、爆発魔法じっけ」
「却下です」
ようやく口を開いたアルシェの言葉をサージュは即座に切り捨てた。アルシェはけちー、とサージュを睨む。だが、アルシェが発明した火魔法と水魔法の混合魔法はかなりの医療で、遊びというレベルには留まらない。それで一都市が破壊されているのだ。
破壊の女神さまであるから、破壊を望むのは当然だろうが、今回はただの退屈しのぎだ。わざわざセフィロートの一都市を犠牲にする必要はないだろう。
他に意見はないと見たらしいサージュが、元々用意していたのであろう案を口にする。
「ろくな案はなさそうですね。ですがそんなことは想定内です。こんなことだろうと、私は人間の都市で得てきた遊びの知識を使うことを提案します」
「ほう、人間の遊びか」
誰より興味深そうに耳を傾けたのはシュバリエだった。
サージュの話は、なかなか人間の都市に行けない魔物の彼らにとって、なかなか面白いものであった。これまでの侵攻計画もほとんどサージュが立ててきたものだ。今更魔王四天王のブレーンの提案を嫌がる謂れもなかった。
サージュは指を一本立てて、もっともらしく告げた。
「罰ゲームをしましょう」
その提案に四天王の間が静まり返る。
沈黙が降り注ぐ中、その気まずさを突き破ったのは、アミドソルだった。
「何も悪いことしでねぇのに、罰を与えるだか?」
もっともな疑問だ。サージュはすぐに笑った。
「罰ゲーム、というのは言葉の綾ですよ。人間の間では、ゲームに負けた罰として行われていた遊戯なので、罰ゲーム、と呼びました」
「なんだ? 生かさず殺さずのヤバいやつか?」
「脳筋は黙りましょうか」
「いつもながらに俺の扱いひでぇな!?」
ともあれ、他に案もなかったため、四天王はサージュの話を聞くことになった。
「罰ゲームと言いますか、面白味には溢れていますよ? 人間が食べる菓子に細長い棒状の焼き菓子にチョコレートをコーティングしたものがあるそうです。その両端を二人の人物がそれぞれ口にくわえ、食べ進めていく、というルールです」
再び場に沈む沈黙。先程より重たい。誰も口を開かない。想像しているのだろう。サージュが語ったゲームの内容を。
二人がそれぞれ端からぽりぽりとその菓子を食べ進めていったとしよう。その先に待つのは──
「ちょっと待て誰得なオチだよ!?」
「ちなみに、女神さまにこのお話をしましたところ、大変お喜びになっておられました」
「女神さまぁぁぁぁぁぁっ!?」
絶叫するシュバリエはさておき。サージュの言ったゲームのオチはまあ、唇と唇が触れ合い、口付けが交わされる、というところにある。
それを魔王四天王でやる。ここで注意しておきたいのは、魔王四天王は男所帯である。繰り返す。男所帯である。
唯一アルシェは女だが……人数が釣り合わないし、そもそも、誰が好き好んで好きでもないやつと接吻行為などするだろうか。あと、女神さまよ、一体何を想像した?
人数が釣り合わないというのは三対一だからではない。二対一になるからである。魔王四天王のうち、アミドソルは食物を食べられない。となると、この遊戯に参加はできないのだ。食べ物の無駄は避けたいところである。
さてどうしたものか、と鎌首をもたげる魔王四天王たちの下に、天使が舞い降りた。四天王の間の入口が開いたのだ。
そこから嬉々とした表情で入ってきたのは、アルシェと違ってどこからどう見ても愛らしい人間の少女にしか見えない人物。名をミル・フィーユという。
「サージュさま! 先日与えられたノルマを達成致しました! それとシュバリエさま、お暇であれば特訓を……?」
言いかけたところで、部屋の雰囲気に気づく。別に、暗かったわけではない。むしろ逆である。
「天使って、本当に舞い降りてくるものなんだね」
「この場合は救世主だろう」
「え? あの」
状況理解のできていないミルに有無を言わせず、師匠は告げた。
「では、ミルさんも参加してくださいね」
「何にですか!?」
師匠サージュから滔々と説明を受けたミルは、いまいち腑に落ちない様子だったが、ゲームに参加することになった。
男二、女二。ちょうどいい割合になっただろう。
「私、絶対ミルちゃんとやりたい」
一名性別を無視した人物がいるが、まあいい。
誰が誰とやるかは公平に見届け人? となったアミドソルが作ったくじを引いて決めることとなった。
ミルは誰でもいいようだったが、大人げない四天王三人が自分狙いだとはまさか思うまい。
ミルが一番下っ端だからということで一番最初に引くことになった。一見四天王たちの優しい気遣いのように見えたが、実際、そこに優しさは存在しない。
ミルは印のないくじを引いた。つまり、ミルと同じくじを引けば、この遊戯でミルとあたることになる。
サージュがミルの手にしたくじと同じ魔力質のくじを手に取ろうとし、それを察したアルシェが、横からそれをかっさらっていった。サージュが目の前が真っ暗になるのと同時、同じく運命の決まったシュバリエがアルシェにずるいとけちをつける。が、アルシェはどこ吹く風、だ。
サージュが用意していた細長い棒状の菓子を手にし、アルシェはミルとうきうき顔で向き合った。サージュとシュバリエはというと、もはや聖性すら感じられる諦念を満面に浮かべて、棒菓子の端をくわえた。
そこからぽりぽりと進んでいき、顔がかなり至近距離になったところで、耐えきれなくなったサージュが「風よ」と詠唱し、障壁を張って顔を弾かれたシュバリエが、んにゃろ、と思って炎を繰り出し、残った菓子のチョコレートコーティング部分を溶かすという事態が発生。そこからゲームもへったくれもなく、魔王四天王二人の戦闘が発生し、阿鼻叫喚の空間に──なると思いきや、アルシェは水の結界を張ってミルと安全地帯でまったりゲームを続け、同性同士とは思えない熱い口付けを交わし、ついでにアルシェがぎゅう、とミルを思い切り抱きしめる事態に。ミルが顔を真っ赤にしたのは言うまでもない。
一方、阿鼻叫喚の結界の外では、アミドソルが必死に二人の戦闘を止めようと、「やめるだぁぁぁぁぁぁっ」と叫んで戦闘に参加していた。
「平和だねぇ」
ミルを至極当然であるかのように抱き枕にしたアルシェが呟く。
ミルは外の惨状を見て頬をひきつらせた。
「どこがですか」
結局、アミドソルが二人を力でねじ伏せて戦闘は終了。神殿が壊れる一歩手前までいった。
その様子を見て、闇の女神さまは大層満足された、とノワールから聞いてもちっとも嬉しくなかったシュバリエとサージュとアミドソルだった。
ただ、闇の女神さまは、ルール上ちゃんとゲームを成し遂げなかった二人に対し、もう一度ゲームをするように言ったとか言わないとか。
セフィロートでいきなりポッキーを出したらせっかくの世界観が崩れるので細長い棒状の焼き菓子にチョコレートがコーティングされたものという超絶遠回りな物言いをしてみた次第。
そして女神さまの腐女子疑惑。
こんな魔王軍があってもいいのか。