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中編:見えてきた影

 紫音達が出ていった生徒会室に、一人の訪問者がいた。スマホを片手に、当たり前のように居座っている。


「あと一時間しかないのに、まだ食堂なのね」


 実に愉快げに頬笑む姿は妖しく、どこか艶かしい。


「彼らは今の状況をどれくらい理解できているのかしら?」


 壁に掛けられた時計の音が、一秒一秒を着実に刻んでいく。

 窓から見下ろしたグラウンドでは、サッカー部が練習をしていた。


「私には、もう時間がない……」


 女性はそう呟くと、机をスッと撫でた。

 生徒会長と記されたプレートの乗った机を、愛おしそうに、そして懐かしむような柔らかい表情を浮かべながら。



 食堂にはもう誰もいない。昼食以外の目的で来る人など稀だからだ。

 すでに営業を終えており、厨房はがらんどう。生徒が入れないように施錠されている。

 つまり厨房内には隠されていないはずだ。


「とにかく探すぞ!」

「みーつけたーっ!!」


 スタートダッシュで食堂の奥へと疾走した歩美が大声で叫ぶ。

 音を吸収するものなど無く、開けた造りの食堂に木霊した。


「会長! 見つけましたよっ!!」


 手柄を誉めてほしいのか、自分をアピールするためにぴょんぴょんと跳ねながら大手を振っている。

 小動物のような仕草に由乃が恍惚の表情を浮かべた。


「歩美ちゃんったらウサギみたい」


 そんな幸せな時間を奪い去ろうとする魔の手が……


「ひゅー、あゆみんかっわいー! よかったら今度俺とデート」


 言い終える前に秋良の顔にメモ帳がめり込む。暴行を行った犯人は冷ややかな視線を秋良に送りつつ、かといって笑顔は決して崩さない。


「歩美ちゃんに手を出したら、ただでは済ましませんよ?」

「……今すでにただでは済んでないんだけど?!」

「大丈夫ですよ、まだ原型があるじゃないですか」

「…………」


 笑顔の奥に潜む闇に気付いた秋良は言葉を失った。

 当事者ではない冬樹も、あまりの恐怖に身が竦んでいた。


「由乃は怒らせないように気を付けよう」


 コクコクと、蒼白なまま必死に冬樹が頷いた。

 いつも通りの由乃が先導し、暗い雰囲気の俺らが続く。歩美は不思議そうに首を傾げていた。


「歩美ちゃん、次はどんな謎だったのかしら?」


 優しい声音が逆に怖かった。冬樹は俺の背中に貼り付き、ガタガタと震えている。


「うんと、『四角形ABCDと面積の等しい、三角形ABEを作図しなさい』って書いてある」


 歩美の頭上に疑問符が大量発生していた。


「二年生の問題だ。わからなくとも無理はない」

「あっ、そうなんですか? よかったぁ……」


 授業で習っているのに数学の問題を知らない場合、劣等生というレッテルを貼られてしまうと不安を募らせていたのかもしれない。歩美は安堵の息を漏らした。


「作図といやぁ、学祭前の試験勉強で、紫音が悪戦苦闘してた問題じゃねぇか」


 口元に手を当てながらニヤニヤと笑う。人を小馬鹿にした態度は昔から変わらない。


「というか、まさに試験前にやってた練習問題みたいなんだけど」


 ハッとして歩美が問題用紙をめくると、下からカードが出てきた。

 手に取り、両面を確認する。

 表面には『ぼぴせたけさをがさすちて』と書かれ、裏面には『T3』と記されている。

 全く意味を持たない文字の羅列に見える。


「読めるとすれば、『けさ』と『がさ』……くらいだろうか?」


 怯えながらも冬樹は頭を捻っている。


「たぬき言葉というわけでもないでしょうし……」


 たぬき言葉とは、いわゆる『た』を抜いて読むということだ。抜いたところで意味を見いだすことは出来ない。


「なら、アナグラムはどうだ……?」


 アナグラムとは文字の並べ替えをすることだ。推理小説を読んでいればたまに目にする。


「ちせぴがけささぼをすてた……無理矢理だけどいけんじゃね?」


 自尊心が高いことは時に自意識過剰に繋がる。あまりにも根拠のない謎解きだ。


「ちなみにその文章の意味は?」

「千世Pが――」

「誰だよそのプロデューサー」


 続いたのは色んな意味で酷い文章だった。俺らの中では寛容な歩美ですら、若干引いている。


「無理矢理にもほどがある」


 ボソリと呟き冬樹がゴミを見るような目を向ける。あげくの果てには唾を吐き捨てそうな勢いだった。


「真面目に謎を解け、秋空め」

「おやおやー? もしかして、秋だけに?」


 口には出さずとも苛ついているのがわかる。ちなみに秋空とは、秋の空は天候が変わりやすいことから、飽き性である秋良を示した冬樹流の暴言だった。


「あの、会長」


 剣呑とした空気の中、由乃がしずしずと手を上げる。


「これ、二文字ずつでセットなんじゃないでしょうか?」

「二文字ずつ?」

「はい」


 由乃が順番に線を入れ、『ぼぴ/せた/けさ/をが/さす/ちて』となる。


「でも意味はわからないままだぞ?」

「このままだと、そうなんですけれど……」


 次に由乃は二文字の間に文字を挿入し、『ぼ ぱ ぴ/せ そ た/け こ さ/を ん が/さ し す/ち つ て』となった。


「それぞれの二文字の間に入る文字を並べると『ぱそこんしつ』になるんです」

「すごいじゃないか、由乃!」


 言うが早いか、由乃の頭を撫でていた。


「ヒントも無しに……秋空とは大違いだ……」

「さすが由乃ちゃんだねっ!」


 由乃の名推理に思わず歓声が起きる。歩美なんて感極まって由乃に飛び付いてしまった。


「あ、歩美ちゃん恥ずかしいですよ」


 口ではそう言いながらも、由乃は満更でもない様子だ。


「よし! それじゃ次はパソコン室だな!」


 廊下に出ると、食堂と同じく一階にあるパソコン室へと向かった。

 パソコン室にはクラス全員分のパソコンと、教員用が一台完備されている。

 誰も使っていないのだが、何故か一台だけ画面が光っていた。


「あ」


 その画面の前に、次のカードが置かれていた。

 画面には部活紹介のパンフレット原稿が写っており、この仕事は――


「秋良副会長?」


 ソロリソロリと逃げ出そうとしていた秋良の背中が、ビクッと跳ねた。


「あ、あっはは……呼びました? 紫音会長……」


 誤魔化すように作り笑いを浮かべるが、額には汗が浮いていた。


「明日までに印刷所に出さないといけないんだから、グズグスしてないでさっさとやれ」

「で、でも爆弾が……」

「爆弾止めたところで原稿が止まってたら意味ないだろ?」

「でも俺がいないと謎解きに困るだろ? なっ?」


 秋良は一向に食い下がる気配がない。だが、こういう時に頼りになる人物がいるわけで……


「由乃、頼む」

「はーい」


 由乃は秋良の前まで歩くと、ポソポソと耳元に何か囁いた。

 ご機嫌な様子で戻ってくる由乃と、げっそりとやつれてやって来る秋良。


「布瀬先輩はここでお仕事を頑張ってくれるそうです。ですよね?」

「モチロンヤルヨ」


 腹黒娘は最強かな。どんな弱味を握っているのか知らないが、あの秋良に仕事を強制させられるとは素直に感服する。


「グズグスしてっと、また仕事溜まるからな?」


 横目で俺を見た秋良はポツリと不満をぼやく。


「グズグスするなって、紫音が生徒会に入ったばっかの頃、玲奈先輩に口酸っぱく言われてたやつじゃんか」


 減らず口を言える元気があるなら、すぐに終わらせることができるだろう。

 俺はカードへと視線を移す。

 表面には『QEEHTY』と書かれ、裏面には『Y2』とある。


「今回は英語の問題か?」

「いいなー、謎解き俺もやりてぇなー」


 この期に及んでまだ参加しようとしているらしい。


「いっこずらしてみるとかどうかな?」

「みんな楽しそうだよなぁ」

「ならば一つ後ろだとRFFIUZ、前だとPDDGSXだが」

「俺も仲間に入れてほし――」

「夏目、布瀬を黙らせろ」

「はーい」


 我慢の限界だったのだろう。冬樹が由乃に命じると、秋良は恐怖に(おのの)いていた。


「ずらすのは違うのか」

「でもヒントなんてどこにもないよな?」


 一人寂しそうにキーボードを打つ秋良をジーッと見つめる歩美。何か閃いたようで、ポンッと手を叩いた。


「キーボード!ローマ字じゃなくて、かな入力すればいいんだっ!」

「そうか!てことは、『Q』は『た』、『E』は『い』、って感じで探していけば」

「答えは『たいいくかん』ということか」


 照れ臭そうに頭を掻く歩美。そんな歩美の顔を由乃が胸に埋めた。


「歩美ちゃんの閃きは本当にすごいわね」

「わっぷ、由乃ちゃん苦しいよぉ」


 由乃は中学生にしてはある一点の発育が良いため、少々歩美は息苦しそうだ。


「んじゃあ次は体育館だな!」

「「おー!」」


 立ち上り、俺らの後を付いてこようとする秋良のことを、冬樹が黙って席へと戻してきた。

 無惨にもドアを閉められた秋良は、ドア越しに「俺だって生徒会なのにひでぇ」と嘆いていたのだった。

 そんなこんなで、パソコン室を出て左へ進んでいくと、体育館への渡り廊下が見えてきた。渡廊下からはサッカー部がグラウンドを駆け回る姿、反対側では野球部がボールを投げ合う姿が見えた。


「あと30分で、この平和も崩れるのか……」

「そうならないように今頑張ってるんじゃないですか!」


 歩美に続いて、由乃と冬樹も励ましの声を送ってくれる。


「微力ながらお手伝いしますから」

「任せろ」

「ありがとう」


 嬉しさが込み上げてきて、自然と頬が緩んだ。

 体育館では、バスケ部が練習試合をしていた。邪魔にならないように端を歩きつつ、舞台の方へと向かう。


「なんで舞台なんですか?」

「運動部が走り回っているところにカードなんて置いたら、何処かに無くなるかもしれないでしょう?」


 俺の代わりに由乃が歩美へ説明してくれた。


「あれ」


 静かに冬樹が指差したのは、舞台袖に置かれたピアノだ。小瓶の横にカードが添えられている。


「この小瓶……」


 それは学園祭の時、生徒会がロミオとジュリエットの出し物で小道具として使ったものだった。

 ロミオとジュリエットとは、言わずと知れたシェイクスピアの名作の一つ。


 決して相成れない二つの家に生まれたロミオとジュリエットは、両家の争いを越えて恋に落ちる。けれど結ばれることは許されず、ジュリエットは両親に結婚相手を決められてしまう。

 仮死毒を飲んで結婚から逃れようとしたジュリエットだが、ロミオはジュリエットが死んだと思い、毒を飲んで死す。目が覚めたジュリエットはロミオが死んだことで絶望に駆られ、ロミオの短剣で後を追った。

 この小瓶はジュリエットが用いた仮死毒の小道具だった。


「ジュリエット役の白詰先輩、キレイだったなぁ……」

「もちろん会長のロミオ姿も似合っていましたよ」


 茶化すような口振りで由乃が付け足す。それよりも、心の何処かで何かが引っ掛かっていた。


「会長……いや、五十嵐……」


 俯きながら頭を悩ませていると、冬樹が声をかけてきた。


「学校に爆弾なんて設置されていない」


 そう言って冬樹が見せてきたのは、決定打となるもの。

 カードに書かれた問題だ。

 表面は『愚→□←作 遺→□←品』と書かれ、裏面には『N1』と記されている。


「試されていただけだ」


 この問題の答えは、犯人が誰だか白状しているようなものだ。


「そんな……でも、まさか……」


 真相を知るため、俺はこの問題の答えが示す場所へと急ぐ。

 廊下を走っていると、何事かと先生が振り返る。


「五十嵐! 廊下は走るな!」


 聞こえていても、俺にとってはそれどころではなかった。

 何の為に俺らを試していたのか、その答えが気が気ではなかった。

 息を切らし、胸が苦しい。あまり運動をしていないからか、足も少し痛い。

 それでも、一歩一歩、階段の一段一段を駆け上る。

 三階のそこへ辿り着いたものの、中には誰もいなかった。

 少し遅れて三人が追い付いた。


「か、いちょ、どし、て……ここだと、わかっ、たんでっ、すか……!」


 息も切れ切れに由乃が聞いてくる。確かに普通ならばすぐにはわからないだろう。

 だけど、この答えに繋がる物は、あちらこちらにあった。


「これは矢印の方向で二次熟語が完成するように、□に漢字を埋める問題だったんだ」

「それが図書室?」


 歩美が不思議そうに首を傾げる。


「俺だってヒントがなければこんなに速くは解けなかったさ」


 一年生二人はわかっていないが、冬樹は答えへの道筋が見えているようだ。


「最初の『愚』はパソコン室がヒントだった」

「……あっ!『グズグスするな』とは、白詰先輩の口癖だったそうですね」

「そう。その『グズ』を漢字にすると『愚図』になる」


 前の問題と密接に関連していると理解した歩美は、それを踏まえて再び問題に目を通す。


「なら次の『作』は食堂に置いてあった『作図』のプリントってことかな?」

「ああ、『品』は会議室で話していた『品書』のことだろう」


 そして最後に『遺書』……これは、この場所で、初めて玲奈先輩と出会った時の出来事だ……




 まだ俺が一年生の頃、冬の寒さに打ち震えながら、図書室で課題をしていた時のこと。

 机には原稿用紙と何冊かの本を広げていた。

 時期的に居残りする人などいない。静寂と孤独が、その頃の俺には心地よかった。

 何枚も何枚も原稿用紙のマスを埋め、気に入らずに消しゴムで消し去る。

 時にはビリビリと破りながら、そんなことを繰り返していた。


「もうすぐ下校時間よ?」

「ひゃあっ!?」


 声の主が背後からぬっと現れ、心臓が止まるかと思った。


「あら? 驚かせちゃったかしら」


 口に手を当てながらクスクスと笑う姿に、思わず目が奪われる。


「あなた、キレイな字を書くわね」


 垂れた横髪を耳にかけ、前屈みで作文用紙を見ていた。慌てて隠そうとするも、パッと盗られてしまう。


「読書感想文?」

「冬休みに入る前に終わらせちゃおうかなと思って」


 じっと文字を目で追う。文章を読むことに慣れているみたいだ。


「題材はロミオとジュリエットなのね」

「四大悲劇には含まれてないけど、結末が悲しすぎて惹かれるっていうか……」


 読む度に、悲しみのあまり胸が締め付けられる。


「私は同じシェイクスピアでも、夏の夜の夢みたいな喜劇が好き! みんなが幸せになれるお話だもの!」


 その人は実に楽しそうに微笑み、原稿用紙を机に戻した。代わりにロミオとジュリエットの本を手にする。


「私が一緒に、ロミオとジュリエットの最期を考えてあげるわ」

「例えば?」

「そうねぇ……」


 本を顎に当てながら思考したのは一瞬だった。


「例えば、ジュリエットの死を悲しむロミオは遺書を見つけるの。そこには『私は死んでいません、あなたと再び会える時を待っているだけなのです』と書かれ、ロミオが読んでいる途中でジュリエットは目を覚ますの!」

「確かに、それならロミオは死なないけど……」

「納得がいくまで、いくらでも付き合うわ!だからあなたは」


 満面の笑みで手を差し出され、常闇色の髪が、まるで悪魔の羽根のように広がる。


「私の生徒会に入りなさい」




 今思えば横暴だと思うが、それでも俺は後悔なんてしてない。

 仲間に囲まれた今の環境は、一人孤独だった頃よりも心地いい。


「これが最後の問題でしょうか?」


 貸し出しカウンターの上には『真実に辿り着きたければ、軌跡を歩め』というメモが、和紙の重石で押さえつけられていた。

 今まで集めたカードを裏にして並べる。


 表面の答えで言うと、屋上のは『M4』、会議室のは『Y3』、放送室のは『N3』、食堂のは『N3』、パソコン室のは『T3』、体育館のは『Y2』、図書室のは『N1』とかかれている。

 ヒントは『軌跡を歩め』だと思うが、一体どういうことなのだろうか?

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