いざ、コナサの森へ
アクタの成り立ち。マヨマヨの正体。ジョウハク国の内情。
立場・意志・掲げる信念。
陰謀と欲望が渦巻く場にヤツハは身を投じていく。
さらに、ヤツハの心に棲む前世『影の女』の動向が、彼女の心を脅かす。
ヤツハは地球人である自分を守るため、そして、忍び寄る戦禍から仲間を守るためにエルフの森へ赴く。
次の日の早朝、東門。
俺はフォレたちと一緒に、偏屈なエルフたちが住むというコナサの森へ向かう準備を行っていた。
昨日の隠し庭園の出来事――影の女の言葉と、俺が無意識に漏らした言葉は気になるが、まずはやるべきことをやろう。
俺は門の片隅にあるトンネルのような通用門から、こそりと街の人たちの様子をうかがう。
王都の復興のためか、門の前は初めて訪れた時よりも大勢の人々が行き交っている。
街は大きな傷を負ったが、人々は力強さを失っていない。
通用門の出入り口から顔を引っ込めて、構内に停めてある馬車に視線を向ける。
この馬車はサシオンが準備した荷馬車。荷台にはエルフへの贈り物が満載。
中身は煌びやかな織物や酒や嗜好品にお高そうな調度品など。
これほど立派なお宝を目にすれば、どんな奴でもあっさり首を縦に振ってしまうはず。
だけど、サシオンの話ではそう簡単にはいかないらしい。
過去にも何度か、サシオンを含む色んな人たちが豪華な贈り物を届けたことがあるそうだ。でも、あっさり受け取りを断られてしまった。
それどころか、まともに話もできなかったと。
かなり手強そうな相手。
しかし、何故かサシオンは、俺ならば話が通じるかもしれないという。
アプフェルやパティまでもそう指摘してくる。
まぁ、そこら辺は実際にエルフに会ってみればわかる話。
とはいえ、前情報が曖昧な手探りの交渉は不安要素が多すぎて気が重い。
「はぁ~、大変そうで面倒そう……」
俺は苦労しそうな交渉に、出発前から気分が塞がる。
「おっと、会いもしてもないのにこんなんじゃ駄目だな」
気分を一新するために、スカートのポケットに手を突っ込み、ガガンガの髪飾りを取り出した。
これはピケとティラと一緒に購入した髪飾り――お守り代わりに持ち歩くと約束したので、常にポケットに仕舞っている。
じゃないと、ピケがすっごく怒るので……。
俺はその髪飾りを両手で包み、額に当てて願掛けをする。
(交渉がうまくいきますように)
願いを込めた髪飾りを大切にポケットへ戻し、意識をコナサの森のエルフへと向けた。
さて、そのエルフが住むコナサの森だけど、実は一度見たことがある。
それは最初に異世界アクタに訪れた際、俺がいた草原と街道を挟んで反対側にあった森だ。
その森へは街道を使わず、東門より少し南に進み、旧街道とやらを通るそうだ。
むか~し、コナサの森と交流があった時代は旧街道が本街道だったらしい。
しかし、エルフたちが森の侵入を禁止してしまい、通り抜けられなくなってしまった。
旧街道と比べ現街道はかなり遠回りな道になるようで、経済的損失は計り知れない。
そういったことと、復興に必要な材木確保の件を含め、コナサの森との交流が再開できればプラリネ女王の評価は上がるというわけ。
エルフのことを考えながら、荷馬車に視線を戻す。
すると、ちょうど近衛騎士団のスプリたちが最後の積み荷を乗せているところだった。
彼らは真夏の構内での作業にも関わらず、愚痴の一言もなく汗を輝かせている。
「大丈夫、無理してない?」
「あ、ヤツハさん。大丈夫です」
「そう、よかった。それにしても、たくさん積んだねぇ。これでおしまい?」
「はい、終わりです。いや~、これだけのものがあれば、五家族が何もせず五十年は暮らせますね」
「え、そんなに? 馬車ごとどっかに消えたら駄目かなぁ」
「ヤツハさん……冗談でも駄目ですよ、それ」
「だねっ。お疲れ様。じゃあ、スプリもこの後のお仕事頑張って」
「はい。では、お気をつけて。あ、フォレ様っ、僕たちは失礼します」
「ご苦労。サシオン様によろしく伝えておいてください」
スプリはフォレに会釈をすると、兵士たちを連れて東地区へと帰っていった。
俺はフォレに視線をちらりと投げてから、荷馬車の周りにいるみんなへ視線を向けた。
「じゃあ、行くけど。手綱はフォレからで。疲れたら交代するから」
「わかりました」
「アマンはフォレ隣に。俺とアプフェル、パティは荷台に」
この指示に、かしましい二人娘が手を上げて飛び出してきた。
「ちょっと待った~。どうして、アマンがフォレ様の隣なのよっ?」
「そうですわよ、ヤツハさん。ここはフィナンシェ家の代表として、わたくしが前に座るべきでは!」
「いや、代表なら手綱を握る場所に居ちゃダメだろ。とにかく、お前らが面倒くさいので、これで決定!」
こいつらの言い分をいちいち聞いていたら話が進まないので、聞く耳を持たず進めることにした。
俺は荷台の後方に乗り、暑さを少しでも凌げそうな、ひんやりとしたおっきな花瓶に身を寄せた。
「フォレ、出発していいぞ~」
「え、はい、それでは」
「ちょっと待って。私まだ乗ってない!」
「わたくしもですわ!」
フォレはくすりと笑い、二人が荷台の後方に乗り込んだことを確認して、手綱を打った。




