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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第十章 アクタ
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そのココロは?

 エルフの中でも一等変わり者のエルフたちから材木を提供してもらうため、現在準備中。

 彼らに対する友好の印として、サシオンは贈り物を用意するらしい。

 仕事は明日からなので、俺はその合間を縫ってティラの様子を見に行こうと考えた。


 

 北地区にある例の地下水路への入り口を使い、奇妙な階段を昇って、王族と許可を得た者以外立ち入ることのできない庭園へ到着。


 庭園は地平線の先まで続く花園をもって出迎えてくれた

 ここに来るのは三度目になるけど、何度見てもここが城の中だと感じさせない。

「ホログラムとわかっていてもすごいなぁ。この技術でゲームができたら楽しそうだけど、っとそんな場合じゃない。ティラは……いないか」


 庭園を見回すが、風に揺れる草花が広がるだけで、どこにもティラはいない。

 

「ふむぅ~、考えてみたら、毎度ここにいるとは限らないんだっけ。仕方ない、戻るか。あ、でも、書置きぐらいしておいた方がいいかな」


 心配していることとピケが元気であることを手紙に記して、それを隠し通路の出入り口付近に置いた。


「ここなら他の人に見つからないだろ。あとはティラが見つけてくれることを祈ろう」



「見つけてくれるかしら? ブランは大雑把なところがありますから」

「たしかに……ん? 誰っ!?」


 初めて耳にする声色に驚き、すぐさま後ろを振り向く。

 見知らぬ女性が悲しげな表情で声を漏らす。


「誰、ですか? まさか、国民からそのような言葉を掛けられるとは、女王として寂しい限りです」

「女王? って、プラリネ女王っ!?」

「はい、女王です」


 女王を名乗った女性は、ティラと同じ、美しい蜂蜜色の髪を持つ女性。

 とても長い髪をくるりと渦巻き状にして後ろでまとめて、薄絹(うすぎぬ)のヘッドドレスを掛けている。

 瞳の色もティラと同様に自然を溶かし込んだ緑色。

 

 服装は落ち着いた白の法衣に、細かな刺繍がされてある黒色のショールを肩にかけている。

 容姿にティラの面影があるが、醸し出す雰囲気は全くの別物。

 洗練された貴人としての佇まいを感じさせる。


 

 俺は失礼にも、指をさしながら声を震わせる。

「な、なんで、こんなところに……?」

「こんなところとはひどい言われようですね。ここは私のお気に入りの場所なのに」

「あ、すみません。そんなつもりじゃ」

「ふふ。さて、あなたはどなたかしら? ここは曲者だ。出合え~っていうところでしょうかね?」

「いや、出合わないでっ」


 このノリ。間違いなく、ティラの母親だ。


「えっと、俺はヤツハって言います。え~っと、なんて説明すればいいんだ?」

「ヤツハ……そう、あなたが。アレッテから話は聞いています。娘がお世話になっているそうですね」

「いえ、そんな」

「だからといって、城への侵入は見過ごせませんね」

「あ……しまったっ。そうだったっ! あの~、打ち首ですか……?」

「さて、どうしましょうか?」


 女王は隠し通路に近づき、俺が置いた手紙を手に取る。

「読んでも、構いませんか?」

「え? ええ、どうぞ」

「それでは…………なるほど、ブランのことを心配して訪れてくれたのですね」

「ま、まぁ……」

「そうですか。そのような子を打ち首にしてはブランが悲しんでしまいます。だから、今回は見逃してあげましょう」


「え、いいんですか? ありがとうございます」

「ただし、一つだけ条件があります」

「な、何でしょう?」

「これからもブランと仲良くしてあげてね、ふふ」


 女王はとても暖かな笑みを浮かべる。

 その笑みは俺に見せたものというより、ブランへの思いに見せたものだろう。

 母としての、微笑み……。

 

 

<ダケド、ジョオウガ、ミセテイイ、カオデハナイ>



(な、なんだ、今のっ!?)


 頭の中に声が響いた。

 この声は……影の女の声!


 俺は頭を押さえて、足元をふらつかせる。

 その様子を心配して女王が声を掛けてくる。


「どうかされました?」

「いえ、ちょっと、立ち眩みが。でも、もう、大丈夫です」

「そうですか……」

「あの、ティラ……ブラン様と仲良くするのは大変光栄なのですが、俺みたいな人間と仲良くしてもいいんですか?」

「アレッテから、あなたがどのような人物か聞いています。それに、ブランが選んだ友達です。私は二人を信頼していますので」


 どうやら、アレッテさんとティラに対する信頼が、俺への保証と信頼につながっているみたいだ。

 娘のティラはともかく、アレッテさんは女王にとても信頼されている様子。


(そういえば、アレッテさんって教会の人間か。サシオンの話では教会はプラリネ派だったしな。そういった意味でも信頼が厚いんだろうな)


 と、サシオンから聞いた話を思い出していると、女王もサシオンについて話をしてきた。



「ヤツハさん。あなたのことはサシオンからも聞いたばかりです。コナサの森のエルフの説得へ赴くそうですね」

「はい」

「期待をする、というと、余計な重荷を背負わせることになるでしょうが、それでも、ヤツハさん。コナサの森での御活躍、御健闘を祈っております」


 プラリネ女王は一庶民にすぎない俺に頭を下げた。

 俺は慌てて返事をする。

「は、はい、頑張りますっ」


 女王ともあろうものが、俺なんかに頭を下げるなんて……それだけ切羽詰まっているのか? 

 まだ、明確に態度を表していないが、ブラウニーは現政治体制に反旗を翻そうとしている。

 他種族との柔和な関係を持ちたい女王としては、コナサの森の案件を速やかに片づけて、その力と正しさを皆に見せつけたいところ。


 俺は彼女の礼をそのように勘ぐっていた。

 しかし、続く女王の言葉で、俺の考えは下種の勘繰りだったと自省することになる。


「一刻も早く、民の痛みを取り除きたい。そのためには王都の復興が不可欠です。ヤツハさん、お願いしましたよ」


 彼女は純粋無垢な瞳を俺に見せつけてくる。

 プラリネ女王は政治的な駆け引きではなく、心から民を思って、俺に期待したのだ。

 そうだというのに、俺はなんて恥ずかしい真似を……。


 

<ソウカシラ?>



(クッ、また頭の中でっ。引っ込んでろっ!)


 声に対して強く念じると、影の女の気配は霧散した。


 俺は女王に気づかれないようにすました態度を取る。


「そろそろ、戻ります。てぃ、ブラン様によろしくお伝えください」

「ふふ、ティラで結構ですよ。お手紙はブランが気づきやすい場所に置いておきますね。それと、隠し通路の使用を許可します」

「ええ、いいんですか?」

「この通路は私とアレッテ以外、誰も知らない特別な通路ですが、あなたなら良いでしょう。さらに通信機の使用許可を与えましょう」

「通信機?」


「あ、通信機が何かわかりませんよね。隠し通路の入り口の壁に、四角いパネルがあります。そこにあるボタンを押せば、私と連絡が取れます。ブランの都合がつけば、それとなく庭園で休むようにと伝えますから」

「なるほど。ティラちゃん、あ~っそぼってところか」

「ふふ、面白い表現ですね。それでは、お役目頑張ってください」

「はい、失礼します」



 

 女王にしっかりと頭を下げて、隠し通路へと戻る。

 

「不思議な人。女王って雰囲気ないよなぁ。でも、優しそうな人だった」


 母の愛を見せるプラリネ女王。

 政争よりも民の痛みを気にかける女王。

 とても、とても、優しい女性。


 でも、それは……。


「王としての振舞いではない……って、俺は何をっ!?」


 今のは俺の言葉? 違う、断じて違うっ!

 俺があんな優しい女性に対して、こんな失礼な思いを抱くはずがないっ!

 

 すぐに目を閉じて、意識を(くう)に飛ばし、巨大な箪笥がある空間へ立った。

 そして、目の前にいる女に声をぶつける!



「今のお前だろっ。影の女っ!」

「影の女……ひどい名づけ」

「そう思うなら名前くらい名乗れ!」

「言ってもいいんだけど、秘密にしておいた方が面白そうだから、教えてあげない」


 影の女はしゃなりと振舞い、唇の下にそっと指を置く。

 真っ黒な影のくせに、そこから官能的でありながら、子猫のような可愛げある遊び心が伝わってくる。


「このぉ、いや、今はそんなことどうでもいいっ。いったい何のつもりだ!?」


「何を言ってるの?」

「とぼけるな! 勝手に頭の中でしゃべりやがって。それどころか、ティラのお母さんにあんなひどいことを!」

「急に話しかけて驚かせたことは謝るわ。でも、先ほどあなたの口から漏れ出た言葉は、私の言葉じゃない」

「嘘をつくなっ。俺はあんなこと言わないっ! 考えない!」


「考えたのよ、あなたは……母としてのプラリネ。一女性としてのプラリネは素晴らしき人格者。でも、人の上に立つ者として、彼女の持つ優しさに疑問を抱いた。だから、言葉として漏れ出た」

「そ、そんなわけ……」


「プラリネは娘と民を愛している。たしかに素晴らしいこと。しかし、それは平時であればこそ……野心家であるブラウニーが、虎視眈々とジョウハク国の実権を独占しようとしている状況下で抱いてよい感情ではない」


「やめろっ」


「プラリネがとるべき行動はブラウニーの動きを封じること。彼はプラリネの理想を阻む存在。放置していれば、災いを呼ぶ」


「だから……やめろ……」


「真に民を思い、娘の安寧を考えるならば、やるべきことは一つ。プラリネはブラウニーを」

「やめろって言ってるだろっ!!」


 怒鳴り声をあげて、無理やり女の言葉を止めさせた。

 声は箪笥の世界に広がることなく、どこかへ吸い込まれていく。

 しかし、影の女は聞こえざる声の残響に胸を押さえて、苦しそうに呻き声を上げた。


「う、うう、まったく、なんて声なの……この世界の主はあなた。私にはあなたの僅かな感情のブレが鋭い刃となって襲い掛かる。虐めないでほしいわ。か弱い私を……」

「誰もいじめてなんかいねぇよ。でも、痛い目に遭いたくないなら、あんまりムカつかせること言うな」

「……ふんっ。ま、いいわ。私は観客席から事の顛末を眺めていましょう」



 影の女は身体を陽炎のように揺らめかせて、姿を消した。

 だが、消え行く間際に彼女は口にした。


 しばらくは……と。


 目を開けて、光の文字が舞う階段で呟く。

「王としての振舞いではない……これが俺の言葉? 俺は本当にこんな失礼なことを思ったのか?」

 

 わからない。でも、言葉に表すと、心の片隅にそんな気持ちがあるような気がする。

「俺って、こんなこと考える人間だったっけ? 俺って、なんだ?」


 これは元々俺の持つ性格であり、考え方だったのか? アクタで経験を重ね、考え方が変わったのか? ヤツハという肉体を得て、変質したのか? それとも、影の女の影響が……?


「くそ、なんだってんだっ」

 透明な階段を蹴るように踏みつける。

 イライラが心を満たす……しかし、この荒れる心を、影の女が残した言葉が冷まさせる。


「しばらくは……あの女の去り際の言葉。あいつは何かを企んでいる。おそらく、それは俺の肉体……」


 そこから先の考えは、恐ろしいこと。

 俺は首を振って、今の出来事を吹き飛ばし、階段を下りて行った。

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