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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第九章 英雄祭
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マヨマヨ。その名は――

 マヨマヨは一定の距離を取りながら手招きをしている。

 街を行き交う人々は、彼の存在を空気のように扱う。

 人々の視線はマヨマヨを識別していない。

 何らかの方法で、存在そのものを感知できないようにしているみたいだ。


 彼は人気(ひとけ)がない路地裏へと、俺を呼び込んだ。

 


「こんなところに呼び出して、何の用だマヨマヨ?」

「…………」

「おい、聞いてるのか?」

「フフ、姿は変わっても性格はそのままとはな。笠鷺燎(かささぎりょう)

「っ!?」


 マヨマヨは俺の本当の名を呼んだっ。

 この世界では誰も知らないはずの、笠鷺燎の名を!

 そして、この声は以前、ティラたちと別れ、宿へ戻ろうとしたときに聞こえた声。

 深くかぶったフードの中から、年老いた男の声が俺の名を呼ぶ。

 

 だが俺は、こんな声の男なんて知らない!


「お、おまえ、誰だっ!? どうして、俺のことをっ?」

「本当に……本当に久しぶりだな」

 そう言って、彼はフードを取った。



「え……誰?」



 フードから現れたのは(よわい)八十は超えていそうな老人。

 若いころ、とても苦労したのか、顔には苦労が(にじ)み出る深い皺が何本も刻まれ、僅か残る真っ白な髪が頭頂部でたなびている。


 俺はもう一度、老人に問う。


「お前は誰だ? どうして、俺のことを知っている?」

「そうだな、この姿ではわからないか。私は…………近藤だ。中学生の時、同じクラスだった」

「はっ? 近藤……いやいやいや、そんなわけないじゃんっ」



 俺の知っている近藤と言えば、殺人鬼に刺されたあの日に、焼き肉を奢るという約束を引き換えに俺を映画に誘った同級生。


「近藤は俺と同じ年だろ! 何でそんなおじいちゃんやってるの!?」

「ここアクタは元々時間の流れが存在しない世界。私たちの時間の感覚は意味を成さない」

「時間が、存在しない? そんな馬鹿なこと」

「ふふ、馬鹿なことか。そういうお前こそ、馬鹿なことが起きて女になっているじゃないか。まったく、何をすれば女になるのか」


「それはいろいろあって。あ、まさかっ、お前もあの狭間の世界で? なんで、おじいちゃんなんかに化けたんだよ!」

「化ける? ふふ、面白いことを。見た目は変わっても、本当に相変わらずだな、笠鷺は」


  

 近藤を名乗る老人から、再び笠鷺という名で呼ばれ、懐かしさが心を通り抜けた。


「本当に、近藤なのか……?」

「ああ、いろいろ聞きたいことはあるだろうが、ん? 笠鷺。お前、左手の人差し指は?」

「左手? 人差し指?」

 

 俺は自分の左手の人差し指を見る……特に何もない。

 しかし、近藤は困惑した様子を見せている。


「どういうことだ? あの時は……つまり、時ではない? いや、違うっ。あれは笠鷺だった。そうか、私の介入により……ならば辻褄は。待て、私はどうなる?」

「近藤、大丈夫か?」

 


 俺の声は届いていないようで、近藤は頭を押さえて首を激しく振っている。


「繋がらない。なぜ、このことに私は気づかなかった? それとも、気づかされなかったのか? 私には届かぬ存在に翻弄されて……しかし、もう進むしかっ!!」

 彼は言葉の最後に覚悟を乗せて、何かを無理やり納得させるかのように息を飲み込んだ。


「とにかくだっ。もう、時間がない。今すぐ私と王都を離れろ!」

「は、いきなりなにを?」

「私と来い! そうすれば、地球へ帰られる。姿だって男に戻れる。全てっ、元通りに戻るんだ!」


「いや、ほんとに、いきなり何をっ? 意味がわかんねぇよ」

「意味ならあとでいくらでも説明してやる。お前のために席を用意したんだ。急がないと、始まる。今は何も言わずに、私についてきてくれっ!」



 まったく意味がわからない。

 なぜ、近藤がいる? なぜ、年老いている? アクタは時間が存在しない?

 地球へ帰られる? 男に戻れる?

 席とはなんだ? 始まるとは? 


 

 近藤は皺に塗れた細い手を俺へ差し伸べる。

 彼の表情は必死そのもの。

 そこから、俺を助けたいという強い思いは伝わってくる。だけど……。


「悪い、何の説明もなく、ついてはいけない。みんなとこんな急な別れ方はできないし……」

「みんな……そうか、お前は……」

「近藤?」

「笠鷺、すまない。そうであるならば、無理矢理でもお前を連れていく!!」

「近藤っ!?」


 近藤が手を横に振り払うと、光のカーテンが俺を覆った。

 俺はすぐに魔法の結界を産み、カーテンの力に対抗する。


「何を考えているんだ、近藤ぉっ!?」

「魔法か、そんなものまで、しかし!」


 近藤がさらに、カーテンの力を強めようとした。

 それと時を同じくして、遠くから爆発音が響く。

 爆発は一度にとどまらず、何度も続けざまに起きる。

 

 その爆発音に交じり、人々の悲鳴が轟く。


「え、なに?」

「く、始まったか!」

「始まった? 近藤! お前がやったのかっ!?」

「それはっ」


 近藤は肩から力を落として、両手をぶらりと下げる。

 すると、俺を覆っていた光のカーテンが消えた。

 俺はすぐさま後ろを振り返る。



「待て、笠鷺! どこへ行くつもりだ!?」

「どこへって、みんなのところだよ!」

「彼らはお前とは無関係な人々だっ。お前はお前のことだけを考えろ! 笠鷺、お前はそういう男だっただろっ!」


「たしかに、笠鷺燎は人との関わりを深く望まなかった。だけど、ヤツハは違うっ。みんなを、友達を放っておけない! そして、俺の中にある笠鷺も、昔とは違うっ!!」


 俺は前へ駆け出した。みんながいる前へ。


 後ろでは近藤が何かを呟いているが、悲鳴と爆発音にかき消されて聞こえない。



「笠鷺……そうか、笠鷺くんは昔の自分に戻ったんだ。お節介な君に……私は、また、謝りそびれてしまったな……」


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