楽しい時間は急ぎ足
フォレを見送って、俺はティラとピケに近づき、何を話しているのか尋ねようとした。
すると、ついさっきまでご機嫌だったピケが、なぜかふくれっ面をしている。
「あれ、ピケ、どうした?」
「む~、ヤツハおねえちゃんのバカ~」
「え、いきなりバカって? なんかあったの、ティラ?」
「これだ、この髪飾りにピケは怒っておる」
ティラは自分の前髪を留めている、ガガンガの髪飾りを指さす。
「そのガガンガの髪飾りで、なんでピケが?」
髪飾りに何か怒る要素があるんだろうか?
理由に見当がつかず首を捻っていると、ピケがちょんっと俺の二の腕をついてきた。
「わたし、おねえちゃんから、何もプレゼントされたことない……」
ぷく~っと、ほっぺを膨らまして、こちらを睨んでいる。
どうやら、ティラにだけプレゼントしたことを怒っているみたいだ。
「そっか、わるかった。ピケには普段からお世話になりっぱなしだし、礼の意味を込めて何かプレゼントするよ」
「ほんと?」
「うん、ほんとほんと。何が欲しい。ぬいぐるみとか?」
「それじゃあ、あの髪飾りが欲しいっ」
ピケが指さした髪飾り。それはティラにプレゼントした同じガガンガの髪飾り。
「同じものでいいの?」
「うん、ティラちゃんとお揃いがいい」
「うむ、私とお揃いだ」
二人はね~っといった感じで、首を斜めに傾け合う。
さっき出会ったばかりなのに、まるで仲の良い姉妹のようだ。
「じゃあ、髪飾りをっと。店員さ~ん」
「待って、おねえちゃん。おねえちゃんの髪飾りも買おうよ」
「俺の? いや、別に髪飾りなんて」
「ダメだよ。おねえちゃん、全然女の子らしくないんだもん。髪飾りくらいないと。ね、ティラちゃん」
「たしかにピケの言うとおりだ。振舞いは粗野で言葉は乱暴なのだから、せめて見栄えくらい良くしないとな」
「お前らなぁ……はぁ、わかった。そんなに高いもんじゃないし。すみません、同じものを二つください」
髪飾りを購入してピケにプレゼント。
ピケは包装紙をビリビリと豪快に破いて、早速髪飾りを自分の前髪につけた。
ガガンガの可愛さが、より一層ピケの愛くるしさを引き出している。
俺は長い後ろ髪を一本に束ね、髪飾りをパチリとつけてまとめる。
「どう、二人とも、似合う?」
「うん、可愛いよ、おねえちゃん」
「そうだな、これで息を止めておれば、素晴らしい美人だ」
「ティラ、辛辣すぎるだろ。でも、普段からこれを着けてるのは、ちょっと恥ずかしいな」
後ろ髪を束ねるパンダのようなガガンガの髪飾りをそっと撫でる。
可愛らしすぎて、なんというか……照れくさい。
ピケはぴょんぴょん跳ねながら俺の髪飾りを見つめる。
「そう、大丈夫だと思うけど?」
「ほら、なんていうかな。合う合わないがあるだろ」
「そっか、衣装との相性は大事だもんね」
「あ、うん。それだっ、それ」
俺には合わないって意味だったけど、ここはピケのお洒落意識に乗ろう。
しかし、ティラはジトーっと疑いの眼差しを向けてくる。
「ふむ、何やら、誤魔化しに聞こえるが」
「そ、そんなわけないだろっ。ま、髪飾りはお守り代わりにいつもポケットに入れておくからさ。それでいいか、ピケ?」
「うん! じゃあ、私もそうする。ティラちゃんも!」
「そうだな。私も常に持ち歩くとしよう」
「よし、話がまとまったところで……これからどうしよっか? そうだ、ティラ。ピケも一緒に連れて行っていい?」
「もちろんだ。ピケといると楽しいからな」
「私もティラちゃんといると楽しいよ」
「うむ、とうぜんだな。私とピケは友達だからな」
「うん、と~っても仲良しの友達」
二人は手を取り合って飛び跳ねている。
その様子はとても微笑ましい。
でも、なんでしょうか? この微妙な疎外感は……。
「さて、一緒に遊ぶのはいいけど、これからどこへ行こうか?」
「はいは~い、ヤツハおねえちゃん」
「はい、ピケさん。なんですか?」
「おいしいお菓子屋さんがあるので、ティラちゃんに教えてあげたいです」
「そりゃ、かまわんけど。ティラはさっき散々飲み食いしたから――」
「お菓子屋だと? それは是非とも行かねばな」
「うん、こっちだよ。ティラちゃん」
「うむ、わかった。ほれ、ヤツハ。何をしておる? 置いてくぞ」
二人は仲良く手をつないで走っていく。
俺は一人、その場にぽつんと取り残される。
「ふむぅ~、どんなに親しくしても、子ども同士の友達の間には入れないのか……て~か、ティラの奴、どんだけ食うんだ。おい、お前ら走ると危ないぞ!」
俺は二人が人ごみに消えてしまう前に、急いでピケとティラの元へ走っていった。
ピケとティラは街中をあちらこちらと動き回り、楽しげな会話を交えながら流れ歩く。
時折、ピケお勧めの雑貨屋、食べ物屋さんを覗く。
俺は子ども特有の無現の体力を前に、ついていくのがやっと。
そして、ついていくたびに懐が軽くなっていく。
少しは遠慮してくれぇぇぇ!
結局、日が傾くまで、二人に引きずり回された。
空色が少しずつ赤みを帯びてくる。
「もうすぐ日暮れか」
俺は肉まんみたいなパンを頬張っているティラに近づき、耳元で囁く。
「おい、ティラ。そろそろ、戻らないとヤバいんじゃないのか?」
この一言に、ティラは瞳から色を消して、肉まんから口を放した。
そして、小さな声を漏らす。
「……あと少し」
「いやいや、日が沈む前に帰らないとバレるだろ」
「やだっ!」
ティラは大声を張り上げて、帰ることを拒絶する。
その声に驚いたピケが不安そうに瞳を震わす。
「どうしたの、おねえちゃん?」
「そろそろ、ティラはおうちに帰る時間なんだよ」
「え、そうなの?」
「うん、だけど……」
視線をちらりと動かしティラを見る。
ティラは俯き、薄く、呟く。
「私は帰りたくない。もうすこし、ピケと遊びたい」
「うん、わたしも……ヤツハおねえちゃん、ダメなの?」
先ほどまでとても元気だった二人。
だけど今は、祭りの後に似た寂しさが辺りに漂っている。
だからとって、雰囲気に流されるわけにはいかない。
「う~ん、さすがに日が沈むまではヤバいし。ティラ、わかってるだろ」
「わかっているっ。でも、もう少しくらい自由があっても……私だって、子どもなのに……」
ティラは力のこもらない瞳を俺に向ける。
そのまま瞳だけをずらし、周りでやんちゃに遊んでいる子どもたちへ向けた。
(あ~、弱ったなぁ。そんな目を見せられたら……仕方がない)
「あと、ちょっとだけだぞ」
「ヤツハっ」
「おねえちゃん、本当っ?」
「ああ。だけど、本当にちょっとだけだぞ」
「おお、わかっておるっ!」
「うん、おねえちゃんありがとう!」
さっきまでの寂しげな雰囲気はどこに行ったのか。二人は元気はつらつとウサギのように飛び跳ね回る。
するとそこへ、聞き覚えのない女性の声が響いた。
「だめですよ~」
女性の声はとてもゆったりとした口調で、思わず身体から力が抜けてしまいそうになる。
その声はふにゃりとしながらも、とても優し気な声。
そんな声なのに、ティラはどういうわけか、電気でも走ったかのようにビクリと身体を跳ねて、固まった。
そして、言葉詰まらせ声を漏らす
「そ、そ、その声は……アレッテ……」




