大切なみんな
肩の震えは収まり、気持ちも落ち着いてきた。
しかし、俺はアプフェルから離れることなく抱き着いたまま。
彼女は俺の両肩に手を置いてくる。
「あの~、ヤツハ、そろそろ」
「もうちょっとだけ……」
「気のせいか、服に顔を擦り付けている気がするんだけど?」
「……こんな顔、見せるわけにはいかんのでなっ」
「はぁっ? ちょっと離れなさいよっ。服が皺になるじゃないの!」
「皺にはならない。なぜなら、何もないからな」
「いや、泣いてるじゃないのっ。湿ってるしっ!」
「泣いたのはお前だ。俺は断じて泣いてなどいない」
「いや、そこでなんで意地を張るの?」
「うっさい、なけなしのプライドを失ってたまるか!」
「はぁ、わかんないなぁ。妙なところで意地っ張りなんだから。とにかく、離れて。このままずっと、ってわけにはいかないんだから」
グイっと力いっぱいに肩を押される。
俺は両手で顔を覆いながら離れた。
「あ~、目がかゆい」
「だから、なんでそこまで……泣いたことくらい素直に認めればいいのに」
「だって、恥ずかしいし。お前はどうなんだよ?」
指に隙間を開けて、アプフェルを覗き見る。
彼女の瞳は真っ赤に潤んでいた。
だけど、そんな自分を隠すことなく微笑んでいる。
「友達が無事だったんだもん。嬉しくて涙くらい出るよ」
「く~、なんでそこは素直なんだよ。腹の立つことに好感度爆上げだよっ。ティンティロティロリ~ンってね」
「も~、何を言ってるのかわけわかんないね」
「全くだ。俺自身、現在、心がパニック状態で自分の感情をどう扱っていいのかわからん」
「だったら、けじめとして、ここにいるみんなにお礼でも言えば? すっきりするかもよ」
「なるほど、そうだな。そうすべきだよな」
俺は覆っていた手を外して、俺のために集まってくれた人々へ顔を向けた。
「皆さん、ご心配をおかけしまして、すみませんでしたっ! でも、皆さんの気持ち、すっごく嬉しかったです。ありがとうございます!」
頭を深々と下げて、気持ちを身体と言葉で表す。
みんなは、口々によかったと声を出して、拍手で俺の気持ちを迎え入れてくれた。
後ろからアプフェルが声をかけてくる。
「もう、これっきりしてよ。本当に心配したんだから」
「ああ、ほんとうに悪かった。反省してるよ。ま、いつか埋め合わせするから」
「埋め合わせねぇ……そうだ、じゃあ、今してもらおう!」
アプフェルはニヤリと笑うと、両手をパンっと打って集まってくれた人たちに声をかける。
「みんなぁ、ヤツハが探してくれたお礼にご飯をご馳走してくれるって!」
「……はぁ!? ちょ、ちょっと待て、それはっ!?」
「反省してるようだけど、正直言うとね、ヘラヘラしながら帰ってきたことは頭にきてるのよね。ピケまで泣かせるし。少しくらい罰を受けてもらわないと」
「うぐっ、それは……でも、ちょっと罰が重い気が。情状酌量の余地をせめて……」
「だーめ。じゃあ、みんな、サンシュメにどうぞ。トルテさん、大丈夫ですか?」
「ああ、もちろんだよ。さあさあ、みんな、空いてる席に座りなさい。足りないなら、奥からイスとテーブルを持ってくるから」
トルテさんは手をパンパンと鳴らしながら、みんなを誘導していく。
街のみんなは誘導に従い、サンシュメに吸い込まれるように入っていく。
「ちょっと、待って。トルテさんまで何をっ?」
「何って、大切な娘を泣かせた罰だよ」
「くっ、それは。でも、そこを突かれると何も言い返せない……しかしだねぇ」
未練がましく手を震わせ前へ伸ばす俺に、先ほどまで泣いていたピケがコロコロとした笑顔を見せる。
「おねえちゃん、ごちそうさま」
「ピ、ピケさん。ピケさんは味方じゃないの?」
「味方だよ。でも、悪いことをしたら、忘れないようにちゃんと怒られないと」
「はい、ですね……」
子どもから諭されてしまった。
肩をがくりと落とす俺の横を、パティとアマンが通り過ぎていく。
「では、わたくしたちもご馳走になりましょうか、アマンさん」
「そうですね。私も昨晩から何も食べてなくて、お腹が空いていまして」
「いや、待て、二人とも。アマン。アマンまでそんなに辛く当たらなくても」
「誰かを心配させるというのは罪ですよ、ヤツハさん。ピケちゃんの言う通り、しっかり反省を身に刻まないといけません」
「ぐぐっ。パティ、お前は家の者が料理を用意して待っているんじゃっ?」
「今日は一日、時間を空けておりますから。あなたの捜索のために。ヤツハさんの捜索のために」
「二回言うなぁ。わかったよ、好きにしろ!」
二人は仲良く談笑を交えながらサンシュメに中へ消えていく。
支払いのことを考えて胃を押さえていると、軽やかな笑い声が響いた。
「あはは、大変ですね、ヤツハさん」
「フォレ……フォレはさすがに混ざらないよな?」
「私もピケと同意見です。ご馳走になりますよ、ヤツハさん」
「お、おまえ~。お前はそんなキャラじゃないだろぉ~。女性に優しい騎士様じゃんか」
そう訴えても、フォレは微笑みを浮かべたままサンシュメに中へ入っていった。
店内からは呂律の怪しいサダさんの声が聞こえてくる。
「いや~、おじさん。ヤツハひゃんのことがしゃんはいで、こんなに飲んじゃったぁ」
「顔、真っ赤じゃん。あんたは初めからデキ上がってるだろ。便乗してただ酒にありつくなよ!」
サダさんはグッヘッヘと妖怪じみた声をあげて笑う。
もはや、この流れは止めようがないみたいだ。
がっくりと頭を下げる俺の肩に、アプフェルがポンッと手を置く。
「ヤツハ。ここに集まってくれた人は、みんな、あんたのために集まってくれたんだよ」
俺は頭をあげて、店の中や、そこから溢れ出て、外に置いたテーブル席で好き勝手飲み食いしてる人たちを見つめる。
みんなは楽しそうに笑い声をあげて、時折、俺に声をかけてくる。
「はぁ~。ま、いっか。今回はしょうがない」
「ふふ、じゃあ、私たちも何か食べよっか」
「だな。お腹ペコペコだし……あの、アプフェル」
「なに?」
俺はアプフェルの顔をじっと見つめる。
猫のように愛らしくて、とても優しく、自分を隠さない純粋な女の子。
俺はこんな気持ちの良い女の子に出会ったことがない。
「ありがとう」
「何よ、改まって」
「別に。ただ、お前と出会えて良かったなって」
「な、何を言うのよ、急にっ」
アプフェルは一気に顔を赤く染め上げて、耳はピンと張り、しっぽはそわそわと動き始める。
「もう、変なこと言わないで。わ、私、先に行ってるからね」
彼女はほっぺを両手で隠しながらサンシュメへ入っていった。
しっぽはぐるんぐるん、勢い良く回転している。
彼女の後姿を、微笑みをもって送り出す。
俺自身、今までにない素直な感情に照れて、頬に、熱が帯びていくのを感じる。
「俺のために、俺を心配して集まってくれた、みんなか……」
賑やかに食事を楽しむみんなへ顔を向けて、俺は前へ歩き出す。
――みんなを見つめた瞬間、意識の端に影の女が映った。
彼女は寒々と佇み、なぜか、苦々しい思いを溢れ出しているかのように見えた。




