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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第七章 深まるアクタの謎
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大切なみんな

 肩の震えは収まり、気持ちも落ち着いてきた。

 しかし、俺はアプフェルから離れることなく抱き着いたまま。

 彼女は俺の両肩に手を置いてくる。


「あの~、ヤツハ、そろそろ」

「もうちょっとだけ……」

「気のせいか、服に顔を擦り付けている気がするんだけど?」

「……こんな顔、見せるわけにはいかんのでなっ」

「はぁっ? ちょっと離れなさいよっ。服が皺になるじゃないの!」


「皺にはならない。なぜなら、何もないからな」

「いや、泣いてるじゃないのっ。湿ってるしっ!」

「泣いたのはお前だ。俺は断じて泣いてなどいない」

「いや、そこでなんで意地を張るの?」

「うっさい、なけなしのプライドを失ってたまるか!」

「はぁ、わかんないなぁ。妙なところで意地っ張りなんだから。とにかく、離れて。このままずっと、ってわけにはいかないんだから」



 グイっと力いっぱいに肩を押される。

 俺は両手で顔を覆いながら離れた。


「あ~、目がかゆい」

「だから、なんでそこまで……泣いたことくらい素直に認めればいいのに」

「だって、恥ずかしいし。お前はどうなんだよ?」


 指に隙間を開けて、アプフェルを覗き見る。

 彼女の瞳は真っ赤に潤んでいた。

 だけど、そんな自分を隠すことなく微笑んでいる。


「友達が無事だったんだもん。嬉しくて涙くらい出るよ」

「く~、なんでそこは素直なんだよ。腹の立つことに好感度爆上げだよっ。ティンティロティロリ~ンってね」

「も~、何を言ってるのかわけわかんないね」


「全くだ。俺自身、現在、心がパニック状態で自分の感情をどう扱っていいのかわからん」

「だったら、けじめとして、ここにいるみんなにお礼でも言えば? すっきりするかもよ」

「なるほど、そうだな。そうすべきだよな」



 俺は覆っていた手を外して、俺のために集まってくれた人々へ顔を向けた。


「皆さん、ご心配をおかけしまして、すみませんでしたっ! でも、皆さんの気持ち、すっごく嬉しかったです。ありがとうございます!」


 頭を深々と下げて、気持ちを身体と言葉で表す。

 みんなは、口々によかったと声を出して、拍手で俺の気持ちを迎え入れてくれた。


 後ろからアプフェルが声をかけてくる。


「もう、これっきりしてよ。本当に心配したんだから」

「ああ、ほんとうに悪かった。反省してるよ。ま、いつか埋め合わせするから」

「埋め合わせねぇ……そうだ、じゃあ、今してもらおう!」


 アプフェルはニヤリと笑うと、両手をパンっと打って集まってくれた人たちに声をかける。


「みんなぁ、ヤツハが探してくれたお礼にご飯をご馳走してくれるって!」

「……はぁ!? ちょ、ちょっと待て、それはっ!?」

「反省してるようだけど、正直言うとね、ヘラヘラしながら帰ってきたことは頭にきてるのよね。ピケまで泣かせるし。少しくらい罰を受けてもらわないと」


「うぐっ、それは……でも、ちょっと罰が重い気が。情状酌量の余地をせめて……」

「だーめ。じゃあ、みんな、サンシュメにどうぞ。トルテさん、大丈夫ですか?」

「ああ、もちろんだよ。さあさあ、みんな、空いてる席に座りなさい。足りないなら、奥からイスとテーブルを持ってくるから」



 トルテさんは手をパンパンと鳴らしながら、みんなを誘導していく。

 街のみんなは誘導に従い、サンシュメに吸い込まれるように入っていく。


「ちょっと、待って。トルテさんまで何をっ?」

「何って、大切な娘を泣かせた罰だよ」

「くっ、それは。でも、そこを突かれると何も言い返せない……しかしだねぇ」


 未練がましく手を震わせ前へ伸ばす俺に、先ほどまで泣いていたピケがコロコロとした笑顔を見せる。


「おねえちゃん、ごちそうさま」

「ピ、ピケさん。ピケさんは味方じゃないの?」

「味方だよ。でも、悪いことをしたら、忘れないようにちゃんと怒られないと」

「はい、ですね……」


 子どもから諭されてしまった。

 肩をがくりと落とす俺の横を、パティとアマンが通り過ぎていく。



「では、わたくしたちもご馳走になりましょうか、アマンさん」

「そうですね。私も昨晩から何も食べてなくて、お腹が空いていまして」


「いや、待て、二人とも。アマン。アマンまでそんなに辛く当たらなくても」

「誰かを心配させるというのは罪ですよ、ヤツハさん。ピケちゃんの言う通り、しっかり反省を身に刻まないといけません」

「ぐぐっ。パティ、お前は家の者が料理を用意して待っているんじゃっ?」

「今日は一日、時間を空けておりますから。あなたの捜索のために。ヤツハさんの捜索のために」

「二回言うなぁ。わかったよ、好きにしろ!」



 二人は仲良く談笑を交えながらサンシュメに中へ消えていく。

 支払いのことを考えて胃を押さえていると、軽やかな笑い声が響いた。


「あはは、大変ですね、ヤツハさん」

「フォレ……フォレはさすがに混ざらないよな?」

「私もピケと同意見です。ご馳走になりますよ、ヤツハさん」

「お、おまえ~。お前はそんなキャラじゃないだろぉ~。女性に優しい騎士様じゃんか」


 そう訴えても、フォレは微笑みを浮かべたままサンシュメに中へ入っていった。

 店内からは呂律の怪しいサダさんの声が聞こえてくる。


「いや~、おじさん。ヤツハひゃんのことがしゃんはいで、こんなに飲んじゃったぁ」

「顔、真っ赤じゃん。あんたは初めからデキ上がってるだろ。便乗してただ酒にありつくなよ!」



 サダさんはグッヘッヘと妖怪じみた声をあげて笑う。

 もはや、この流れは止めようがないみたいだ。

 がっくりと頭を下げる俺の肩に、アプフェルがポンッと手を置く。


「ヤツハ。ここに集まってくれた人は、みんな、あんたのために集まってくれたんだよ」


 俺は頭をあげて、店の中や、そこから溢れ出て、外に置いたテーブル席で好き勝手飲み食いしてる人たちを見つめる。

 みんなは楽しそうに笑い声をあげて、時折、俺に声をかけてくる。


「はぁ~。ま、いっか。今回はしょうがない」

「ふふ、じゃあ、私たちも何か食べよっか」

「だな。お腹ペコペコだし……あの、アプフェル」

「なに?」

 

 俺はアプフェルの顔をじっと見つめる。

 猫のように愛らしくて、とても優しく、自分を隠さない純粋な女の子。

 俺はこんな気持ちの良い女の子に出会ったことがない。



「ありがとう」

「何よ、改まって」

「別に。ただ、お前と出会えて良かったなって」

「な、何を言うのよ、急にっ」


 アプフェルは一気に顔を赤く染め上げて、耳はピンと張り、しっぽはそわそわと動き始める。


「もう、変なこと言わないで。わ、私、先に行ってるからね」

 彼女はほっぺを両手で隠しながらサンシュメへ入っていった。

 しっぽはぐるんぐるん、勢い良く回転している。


 彼女の後姿を、微笑みをもって送り出す。

 俺自身、今までにない素直な感情に照れて、頬に、熱が帯びていくのを感じる。


「俺のために、俺を心配して集まってくれた、みんなか……」


 賑やかに食事を楽しむみんなへ顔を向けて、俺は前へ歩き出す。

 

 

――みんなを見つめた瞬間、意識の端に影の女が映った。

 彼女は寒々と佇み、なぜか、苦々しい思いを溢れ出しているかのように見えた。

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