階段を抜けると……
階段はどこまでも続くように見えたが、意外と短く、すぐに出口が見えてきた。
出口の向こうには光が溢れている。
階段を昇りきり、光の中へ身を投じる。
「ここは……?」
光の世界には、花畑が広がっていた。
雲一つない青が空を覆い、地上は大小様々な花たちが絨毯のように地平線の彼方まで咲き誇っている。
花は色も種類も豊富で、季節など存在しないかのよう。
花々はそよ風に揺られ、花びらと香りを風に乗せて舞う。
そばにある花の周りでは、小さな二匹の蝶々が仲良く飛び回っていた。
俺は混乱に身を押されながら、ふらふらと前を歩いていく。
「なに、ここ……? 花畑……まさか、あの世……。え? ええ? いや、そんなっ」
――もし、ここがあの世なら、今までのは何だったんだ?
最悪の憶測が頭を過ぎる。
「実は、刺されたあと、意識不明の重体で、ずっと夢を見ていた、とか? 今までの出来事は夢で、結局は死んじゃって、あの世へ……そ、そんな、バカな……」
俺は崩れ落ちるように、近くの花に触れようとした。
しかし、指先が花に触れる直前で、少女の声が花畑に響く。
「なんだ、お主は? ここで何をしておる?」
「えっ?」
突然の声に驚き、腰元の剣へ手をかけようとしたが、慌てふためいて腰回りでカチャカチャと音を立てるだけ。
謎の声は近づき、さらに俺に呼びかける。
「何をしておると聞いておる。見たところ、城の者ではなさそうだが?」
「へ、城?」
城という言葉に意識は引っ張られ、声の方向へと体を向けた。
向けた先には、幼い女の子。
ピケと同じくらいの十歳前後の女の子が、真っ赤なドレスに黒の上着を纏って立っている。
ドレスの丈は足元を隠すほど長く、上着はコートのように長くフードがついている。
ドレスとフード付きのコート……あまり見たことのない服装の組み合わせだ。
「えっと、君は?」
「私が先に訪ねたのだが、まぁいい。私はブラン。ジョウハク国、プラリネ女王が娘にして王女ブランだ」
「え……ええ~っ!?」
俺は王女を名乗る少女へ目を向ける。
絹のように艶やかで、美しい金色の髪。
それを三つ編みにして、頭にバンダナのように巻きつけ、前髪の一部は髪のバンダナを隠すように下ろしていた。
瞳はぱっちりと大きく、自然の色を映す緑。
幼くとも整った顔立ちからは品格が漂う。
しかし、少女の態度は、王女を名乗るには幾分ぞんざいなもの。
片手を腰に当てて、首を傾け、胸を張りだしている。
そこからは王女とは程遠い印象。
例えるなら、アニメや漫画に出てくるクラス委員長が怒っているときに取る態度みたいな感じだ。
少女は俺の驚きをよそに、何者かと尋ねてくる。
「それで、お主は何者だ? うん、腰に剣……曲者ということか? 出合え~っと叫ぶべきか?」
「いや、違う違う違う違うっ。曲者じゃないから、出合わないで!」
「ならば、お主は何者だ? まずは名を聞こう」
「や、ヤツハだけど」
「それで、ヤツハとやら、何用で、どうやって城の隠し庭園に入った?」
「隠し庭園?」
「知らずに入ってきたのか? 妙なやつ。ここは琥珀城の中心にある、王族と許可を得た者以外は出入りができぬ庭園だ」
「城の中心、庭園? でも」
城はクリスタルでできている。
城の中心の庭園ならば、広がる青空なんか存在しないはず。
ましてや、地平線が見えるなんてありえない。
俺が周りをきょろきょろ見回していると、ブラン王女は胸を張って自慢気な声を上げてきた。
「ふふん、不思議だろう。城の中なのに外のようで。だが、たしかにここは城の中なのだ」
「いや、中って、にわかには……」
「うむ、信じられんのは無理もない。実を言うとな、一部の花畑以外、すべて幻なのだ」
「幻?」
「マフープの粒子の集合体に光を当てて、映像を投影している。ホログラムを利用したバーチャルリアリティというやつなんだが、まぁ、わからぬよな。私も原理はさっぱりわからんしな。あははは」
「そ、そうなんだ……」
周囲に広がる光景はホログラム、バーチャルリアリティ――立体映像を利用した仮想現実。
そうだというのならば、突き抜ける青い空も霞む地平線も説明できる。
隠し通路の雰囲気といい、この城は地球を超える高度な技術の塊ということなのか?
そのことについて尋ねたいけど、バカっぽい笑い声をあげている王女さんに尋ねても無駄そうだ。
「ま、よくわかんないけど、城の中なわけね」
「うむ、そうだ。で、そんな場所になぜ、どうやって入ってきた?」
「偶然だよ。地下水路をうろうろしてたら、たまたま迷い込んだだけで」
「地下水路? ほほぉ~、もしや、城から出られる隠し通路があるのか?」
「ああ、たぶん隠し通路だと思うけど」
「よし、そこへ案内しろ」
「え?」
「え、ではない。はようせい」
「わ、わかったから、背中を押すなっ」
王女は何やらニヤリと怪しげな笑みを浮かべながら、俺の背中をグイグイ押していく。
何か企んでいるようだけど……嫌な予感しかしない。




