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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第一章 ここは剣と魔法の世界
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ヒーローは遅れてやってくる

 俺から顎先を蹴られ、微動だにしない男を見ながら、まとめ役が残念そうな声を上げる。


「あちゃ~、マジかよ。首の骨が折れてやがるぜ。なんて蹴りだよ。見かけによらず、力のつえぇ女だな」


 その言葉に、俺の体はびくりと跳ねて反応した。

(首の骨? まさか、殺しちゃったっ?)


 男たちは馬から降りて、太ももを刺された男の頭を軽く蹴り上げた。

 蹴られた頭は、簡単に逆方向へ転がる。


(し、死んでる。俺が殺したのか!)


 人を殺してしまった恐怖と後悔が心を包み込む。

 包み込むはずなのに……何故か怒りと憎悪がそれらをかき消す……。


『俺を嬲ろうとした。俺を殺そうとした。だから、これは、当然の報い』、と。


 心の中で、別の誰かがそう囁く。


 全て俺の感情であるはずなのに、どこか異質な感じ。

 全くの別人が心に宿っている感覚……。


 俺は首をぶるぶると振るって、意識を男たちへ向け直す。

(今は別のことを考えている余裕はない! この場を切り抜けてから考えろっ!)


 剣先を男に向けながら構えをとる。

 身体機能は男の時よりも上がっている様子。

 何とかなるかもしれないと、頭では冷静に考えられているが、手の震えが止まらない。

 

 心が、状況に追いついていかない。

 

 生まれてこの方、喧嘩なんて二、三回くらいしかしたことがない。

 その喧嘩も不良漫画のような派手なものじゃなくて、子ども同士のつかみ合いのようなもの。

 そんな経験しかしたことのない俺が、剣を持って、命のやり取りをしようとしている。


 怒りによって、戦いへ望む気構えはできている。

 だが、鼓動は冷静な思考と相反して激しく打ち鳴らし、知らず知らずのうちに気力を削いでいく。


 手の震えは剣に伝わり、体力は十分なはずなのに、すでに肩で息をしている。

 男たちは余裕のない俺の様子を見て、嘲り笑う。

  


 まとめ役の男が一歩前に出て、剣を引き抜き、剣先を俺に向けた。

「大人しくしていれば、命までは勘弁してやったのによ。でもよぉ、仲間を殺されたんじゃあ、しかたねぇよなぁ」


 まとめ役がくいっと首を前に動かすと、残りの二人が俺を囲むように足を運び始めた。

 囲まれたら最後、戦いも剣も素人の俺に勝ち目はない。

 

 俺は囲みが完成する前に、左側に回り込もうとした男に剣を振るった!


「おりゃあぁぁ!」

「おっと、あぶねぇな。ほらよっと」


 剣撃はあっさり交わされ、カウンターに一撃を撃ち込まれる。

 すぐさま振るった剣を返して、何とか男の攻撃を受け止める。


「ぐっ!」

「お、ガキのくせにやるじゃん。しかも女くせにって、こ、こいつ、なんて力だ!?」


 男がググッと力を込めて剣を押すが、俺は負けじと剣を押し返す。

 男の両腕は、俺が男だった時よりもはるかに太い。

 現在女である俺では、絶対力負けしてしまうはず。

 だけど――!


「うりゃぁあぁぁぁ!」

「なっ!?」


 渾身の気迫で男の剣を押し返し、身体ごと吹き飛ばしてやった。

 その様子を見て、まとめ役が声を荒げる。



「なんだ、このガキッ? お前ら、油断するな。ちと、気合入れていくぞ。やれっ!」

「「おう」」


 まとめ役の号令と同時に、男二人が襲い掛かってきた。

 二人は風を切るような剣速を見せるが、何故かその剣の動きがゆっくりと見えて、剣の光跡をはっきりと目にすることができる。

 二人の攻撃を躱し切り、俺は後ろへ飛びのき距離をとった。


 まとめ役が笑いを交えながら二人に声をかけてくる。

「ははは、だらしねぇな。お前ら、なに遊んでんだよ?」

「遊んでねぇよっ!」

「この小娘、何か変だぜ?」

「お前ら腰が入ってねぇんだよ。剣を振るときも、女に腰を振るときも、気合を入れないとな」


 下品な冗談を交えつつ、二人の男を押しのけて、まとめ役が俺の前に立った。



「嬢ちゃん、剣を握るのは初めてだな?」

「だったら、なんだ?」

「やっぱりな。動きがちぐはぐだしよ。それでここまでやれるんだから、いい才能を持ってんだな。かわいそうになぁ。半端な才能のせいで、俺に殺されちまうんだからな!」


 言葉を終えるや否や、まとめ役は剣を横に振るった。

 剣筋は光の線だけを残して、俺の首元を襲う。

 俺は剣を構え防ぐことも、まとも躱すこともできず、後ろへ転がるように飛び退いた。

 草むらに転がりながら態勢を整えようとするが、まとめ役は剣を突き立ててくる。


「ひっ!」

 悲鳴を上げつつも何とか躱せたが、すぐさま腹部に蹴りが飛んでくる。


「ぐはぁああっ!」

「おっと、女の子のお腹に暴力はいけなかったかなぁ。へっへっへ」


 激しい蹴りで体を吹き飛ばされるが、なんとか痛みをこらえて立ち上がる。

 まとめ役はその様子を楽しそうに眺めている。

 

(こ、この男、他の男どもとは段違いだ)


 俺の身体機能は明らかに上がっている。

 だが、この男には敵わない。

 まだまだ余裕の表情を見せるまとめ役を前に怒りが静まり、代わりに絶望の二文字が心を満たしていく。


 何か方法はないかと、周囲を見渡す。

 360度草原で身を隠せそうな場所はない。

 地面は草が広がるばかりで、何か策を仕掛けられるものは一切ない。


 これでは、戦うための打つ手がない。

 ならば、残された手は一つ。

 それは……生き残るための一手。



(仕方ない。嫌だけど、本当に嫌だけど、仕方ない。生きるためだ)

 俺は剣を地面に落として、両手を上げる。


「待ってくれ、降参だ。俺のことは好きにしていいから、命だけは助けてくれ」

「ほぉ、好きにねぇ」

 

 まとめ役はネチャッと唾液を含む舌先で唇を舐めた。

 おぞましい光景。

 俺はアレに蹂躙されるというわけだ。


 悔しくて、涙が溢れそうになる。

 でも、生きるためには他に手段がない。

 そう、仕方がないんだ。

 と、覚悟を決めたが、その思いは露と消える。



「へへへ、お前馬鹿じゃねぇの? てめぇはすでに仲間を殺っちまったんだ。許せるわけねぇだろ」

「で、でも、俺もみたいないい女、そうそう抱けはしないだろ」

「自分でいい女って言うなよ。まぁ、たしかにいい女だが。ガキだけど」

「だったらっ」

「ああ、だからてめぇをぶっ殺した後、ゆっくり楽しませてもらうぜ、へへへへへへ」


 まとめ役が腐った笑い声を上げると、残りの二人も同じようにイカれた笑い声を上げる。


(駄目だ、こいつら。クズ過ぎるっ。なら、なら!)


 俺は地面に落とした剣を拾い上げて、構える。


(せめて、相打ち狙い!)


 まとめ役を眼光鋭く睨みつける。すると、彼は笑いを止めた。

 代わりに、表情に凄みを乗せ、剣を突くように構える。

 生まれて初めて感じる殺気という気配に、冷や汗が浮かぶ。

 

 まとめ役は、じりじりと俺のそばへ近づいてくる。

 俺は全神経をまとめ役に集中して、攻撃の瞬間を狙い撃つ。

 たとえ、奴の剣で身を抉られようと、俺の剣を奴にぶっ刺してやろうと。


 しかし、その考えは甘かった。

 まとめ役が僅かに剣を動かした瞬間、剣先が瞳の前に迫っていた。

 俺から見ればまさに神速の突き。

 神のごとき速さに、身体は全く反応できない。

 

(くそったれ!)


 恐怖に目を閉じる間もなく、剣先は瞳へ突き刺さる。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!」


 草原に響き渡る、醜い叫び声。

 だがそれは、俺のものではない。

 まとめ役の腕が、剣を持ったまま宙を舞っている。


 同時に、俺と男たちの間を遮るように、真っ赤なマントがひらりと舞う。


「大丈夫ですか、お嬢さん」


 瞳から剣先は消え、代わりに瞳に宿ったのは、蒼き騎士の鎧を身に纏った眉目秀麗な青年の姿だった。

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