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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第五章 遭遇……アクタの謎
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フォレの過去

 荒れ狂う感情を無理やり抑え込んでいるフォレに、俺は声音(こわね)静かに話しかける。



「フォレ、らしくないぞ。なんで、そこまで?」

「なぜって……無辜(むこ)の民が、一部の腐った連中によって命を(もてあそ)ばれている。ヤツハさんはそれに怒りを覚えないんですか?」


「覚えるよ。カルア死ねと思う。話を聞いたときは、一瞬頭に血が上った。だけど、それ以上にお前のことが心配だし」

「え?」


「というか、いきなり俺以上にキレられたら、出る幕がないというか、逆に冷静になっちゃうというか。冷静になるとさ、暴走しているお前の方が心配になるわけだよ」


「あ……すみません。『俺』は」

「ふふ、『俺』、か。普段は猫被ってるんだな、お前」

「……ええ、そうですね。普段の私は、自分を偽っています」

「ふ~ん、少し話してほしいな、お前のこと」



 俺はちらりとサシオンに目を向けた。

 彼は無言で小さく首を縦に動かす。


 俺はもう一度、フォレに向かい、尋ねる。


「そんだけ怒るんだ。何かあるんだろ、理由が?」

「私は……」

 

 フォレは言葉途中、一拍置き、覚悟を決めるように頷き、言葉を続けた。


「俺は貧民街出身で、そこで多くの汚いもの見てきました……力のない者が理不尽に蹂躙される様を。腹立たしかった。悔しかった。しかし、親から捨てられた俺は、毎日をどう生き抜くかが精一杯で、何もできなかった」


「親に……?」


「ええ、そうです。父は、母が俺を身籠るとすぐに消え、母も生活が苦しく俺を捨てた。そしては俺は、生きるために、憎しみを向けた連中に愛想を振りまき、物乞いをするしかなかった…………でも、ある日のこと、団長……サシオン様に出会ったのです」



 フォレは訥々(とつとつ)と語っていく。

 


 貧しさ、暴力、弱さ。

 幼いフォレの心は完全に闇に閉ざされていた。

 しかし、彼の前に闇を切り裂く光が現れた。


 光の名は『王都近衛(このえ)騎士団アステル団長・サシオン=コンベル』。


 サシオンはフォレにとって絶対的な恐怖であった悪を事も無げに(ほふ)った。

 幼いフォレはサシオンの袖を掴む。

 連れて行って欲しい、と。

 


 それからというもの、フォレはサシオンのそばでずっと彼の正義を見てきた。

 如何なる悪にも屈することなく、正義を示し続ける彼の姿を。


 サシオン=コンベルはフォレの憧れであり、理想であった。

 フォレ自身もまた、理想へ近づこうと努力をたゆまぬ。



 しかし、過去の出来事がフォレの心に染みとなって残る。

 


 ――他者に対する不信。



 それでも、彼は自身の理想の姿を取ろうと正義の自分を演じ続ける。

 しかし、如何なる悪も許さず正義であろうとすればするほどに、心は深く淀んでいく。

 

 初めて俺と出会った時も、フォレは手を差し伸べながらも、まず疑った。

 この女は本当に信用できる存在なのか、と。

 

 正義と不信……己の心に宿る矛盾が、常に彼の重石となって彼を苦しめ続けていた。



「俺はさもしい男なんです。自分自身を正義と見せるために、自分を欺き続けている。本当の自分は正義とはほど遠い存在。疑り深く、壁を作っている。そうだというのに、正義を渇望してやまない。だからこそ、悪を憎もうとする。本当に、自分勝手で、わがままな存在なんです」



 語り終えたフォレは、壁に背を預けて、頭を押さえて俯いている。

 涙を流している様子はない。だけど、泣いているのだろう……。


 サシオンは口を閉じ、一切語らない。

 無音の()に、空気だけが重く(かさ)を増していく。


 こんな空気に、俺は、俺は――――耐えられないので壊します。



「あほか、お前はっ!」

「え? ヤツハ、さん」

「お前がさ、どんなに苦しい思いをしてきたか、知らんよ俺は。でもさ、頑張ってんじゃん。俺から見れば、本当にお前はすごいよ」


「でも、しかし」

「お黙り! お前は正義であろうとしたんだろう。で、実行できてる。それだけで十分じゃん。むしろ、それ以上を望もうとするなんて、ぜいたくな奴。やだね~、持ってる奴は」


「持ってるって、何を?」

「才能だよっ。実力だよ! そして、努力する心だよっ! フォレ、努力を続けるお前は尊い。だけど、それが苦しいってんなら、やめたっていい。もし、誰かが文句を言ってきたら、俺がぶんなぐってやる!!」

「ヤツハさん……」


「でも、まだ正義を続けたいってんなら、俺を頼れ。俺だけじゃない、アプフェルだっている。トルテさんだっている。ピケだって助けてくれるさ」

「あ、あ、……俺は……」

「お前が子どものころに見てきた光景。受けた傷は俺にはわからない。でも、愚痴ぐらいは言えるだろ……だから、なっ」



 俺はフォレに手を差し伸ばした。

 フォレは手を少し上げる。彼の手は小刻みに震えている。

 俺は待つ、彼が自分から手を握ってくれることに。


 フォレは数度のためらいを見せて、俺の手を優しく握りしめた。


「ヤツハさん、ありがとう。頼りにさせてもらいます」

「おう、それなりに期待してくれ」

「それなりですか?」

「当たり前だろ。そんなに期待されたら困る」

「……はは、ヤツハさんらしい」

「らしいってなんだよ、らしいって。ふふ、まったく世話の焼ける奴」



 俺とフォレは互いに柔らかな笑みを浮かべる。

 俺は視線を少しずらして、サシオンを覗き見る。

 サシオンも柔らかな笑みを浮かべて、俺たちを見ていた。

 そんな彼の笑みに、嫌味をぶつける。


「本当なら、お前の役目だろ。サシオン!」

「ふむ、たしかに。しかし、フォレは私に遠慮をして、何も話してくれなくてな。寂しい限りだ」

「わ、私は……相談したい時だってありましたよ。でも、いつもお忙しそうだから……」

「無用な遠慮だ。私もお前の愚痴くらいならいくらでも付き合うぞ」

「ありがとうございます。ならば、早速伝えたいことがあります」

「ほぉ、なんだ?」


「私は、あなたに少々幻滅しています。常に正義を体現してくれたあなたは、ヤツハさんを脅し、利用し、さらにはカルア様の愚行を取り締まれずにいる」

「ふむ、耳が痛いな。だが、残念至極ではあるが、私はお前をさらに幻滅させることになる」

「え?」

「ヤツハ殿。カルア様は美しい存在(・・・・・)を売買に掛けている」


 サシオンは僅かに口角を上げて、俺を見つめた。

 その姿にすぐ、何を言いたいのかピンときた。



「うん……はっ、お前っ!? 最悪だな、ほんとっ!」

「どうしたんです、ヤツハさん?」

「フォレ、怒れ。お前の正義でこいつを切れ!」

「いや、何のことがわからないんですが?」

「サシオンはこの俺に競売にかけられてこいって言ってんだよ」

「え……ま、まさか、ヤツハさんを潜入させる気ですか、サシオン様?」



 サシオンはフォレの問いに、深く椅子に腰を掛けて、答える。


「その通りだ」

「なぜっ!?」

「カルア様が人身売買を行っていることは明白。されども、証拠はない。そこでヤツハ殿には、カルア様と繋がる証拠を見つけてきてもらいたいのだ」

「なんてことをっ。ヤツハさん、絶対にこんな話に耳を貸してはいけませんよ!」


「……うん、なるほどね。だからか……」

「ヤツハさん、どうしました?」

「いや、俺を手駒にしたい理由って、今のが一番の理由だったんだなって思ったわけ」


 

 美しい男女が競売にかけられている。

 そこに俺、見目麗しいヤツハを潜入させて、内部を調査して貰いたかった。

 そこで、カルアに繋がる証拠が見つかれば良し。見つからなくても何ら痛手はない。

 仮に潜入中に正体がバレても、俺はサシオンの仲間ではないから知らぬ存ぜぬで通せる。


 フォレもそこに行き当たり、憤怒の表情をサシオンに向けた。

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