故郷の残影
時計塔の扉の前で、衛兵から数珠のような腕輪を受け取る。
これを所持していると扉に張られている結界を無効化できるらしい。
扉開き、時計塔の内部に入る。
すぐにアプフェルは魔法で光の球体を作って浮かべた。
内部は電灯なんてものがないので、これがランプ代わり。
光球を頼りに内部を観察する。
内部は部屋の中心に大きな柱があるのみで、他には何もなくがらんとしている。
上を見上げてみても、塔をちょうど二分する高さに床下らしきものが見えるだけで、あとは塔を支える梁しか見えない。
中心にある柱は、巨大な真四角の形。それには扉がついている。
扉の上には何か文字が見えるが、光源が拙く、また距離もあるためわからない。
上へと続く階段は螺旋階段で、部屋の隅にあった。
俺は階段へ向かう前に、アプフェルに時計盤のローマ数字ついて尋ねようとした。
しかし、言葉を出す前に彼女は俺の動きを制止する。
「ちょっと待ってっ。誰かいる!?」
「え?」
アプフェルが小さく顎を前に動かす。
促されるままに、警戒を交えた視線を向ける。
すると、部屋の中心にある柱のそばで、怪しくうごめく影が見えた。
「アプフェル、この時計塔は結界が張られているんだよな。学校の関係者か?」
「そんなはずはないと思う。私たち以外、許可は下りてないもの。ヤツハ、私の後ろからついてきて」
俺たちは警戒しつつ、怪しい影に近づいていく。
影も俺たちの気配を察したようで、こちらを振り向いた。
光の球体に晒された影の姿を見て、アプフェルは安堵した声を出す。
「なんだ、マヨマヨか」
「え、これが、マヨマヨ?」
初めてアプフェルたちと出会った時に聞いた、マヨマヨという単語。
世界を旅する、謎の存在。
俺は光に照らし出された影を見つめる。
マヨマヨの背格好は人間で、頭からすっぽりとフードを被り、全身ボロボロの赤い布切れで覆われていた。
首元には無数のアクセサリーをぶら提げているが、それ以外何もない。
フードの中は真っ暗で、瞳らしき光がちらちらと見えるだけ。
男なのか女なのか、人間なのかすらわからない。
何とも怪しげな存在なのに、アプフェルは気にする様子もなく、階段へ向かおうとする。
「それじゃ、さっさと上に行きましょ」
「え? いや、いいの? 勝手に入ってるんでしょっ?」
「そうみたいね。でも、何かされるわけじゃないし」
「いやいや、でも」
「マヨマヨはこちらからちょっかいを掛けない限り、無害だから。それに、私たちがどうこうできる存在じゃないし、気にしても仕方ないって」
「そういうもの、なの……?」
俺はもう一度、マヨマヨへ目を向ける。
マヨマヨの方もこちらに興味がないようで、再び柱の前でごそごそとしている。
その様子から人とマヨマヨは、互いに干渉し合うことのない存在のように見えた。
「ヤツハっ?」
「あ、ああ、今行く」
アプフェルに急かされ、マヨマヨから目を離し、上へと続く螺旋階段へ向かった。
ぐるぐると何度も階段を回る中、アプフェルの背中を見つつ、考える。
(あれが、マヨマヨ……なんて、妙な存在だ。そして……俺をそんなもんと同じ扱いをしたのか、こいつは!)
俺はアプフェルの頭の両サイドにある、ピンクのポ〇デリング形の髪を掴む。
「むんずっと」
「きゃっ!? ちょっと、いきなりなにすんのよっ?」
「お前さぁ、俺のことマヨマヨじゃないの? とか、言ってたけどさ。いくら記憶を失っているからって、あんなわけのわかんない存在と一緒にするなよ!」
「いやだって、あんたからはマヨマヨ似た奇妙な気配を感じたから」
「なにそれ?」
「なんていうかなぁ、私たち人狼種は人の気配に敏感なの。説明は難しいけど、あんたからは何か独特な感じがしてて、私たちじゃない存在みたいな」
「……そう」
人狼であるアプフェルは、地球人という存在を無意識に異質と感じていたようだ。
俺は何も言葉を返せず、小さく返事をして黙り込む。
それに対して、彼女は慌てた態度を見せた。
「ご、ごめんなさい。悪く言うつもりじゃなくて……気を悪くしたのなら、本当にごめんなさい」
「いや、別に気にしてないから」
「……ごめん」
彼女は小さく謝罪の言葉を漏らし、無言で再び階段を昇り始めた。
彼女の背中を目で追いながら、俺は心で呟く。
(謝るのは記憶喪失なんて嘘をついている俺の方だよ、アプフェル……ごめん)
それからなんとなく質問しづらい雰囲気になってしまい、俺は黙って彼女の後ろをついて行くだけになってしまった。
――上階へと続く螺旋階段を昇り続ける。
途中、休憩できそうな踊り場を挟んだが、アプフェルはそのまま昇っていく。
俺は疲れてきた……とても、とても疲れた……本当に疲れた。
「遠くねぇ? もう、歩きたくない」
「あとちょっとだから、我慢して」
「うへぇ~、肩貸して~」
と、言いながら、彼女の背中にもたれかかる。
「ちょっと、あんたねぇ。最近、体鍛えてるんでしょ。フォレ様から聞いてるよ」
「それでも疲れるの。あ、そうだ。さっき気を悪くしたので、お詫びに肩貸して」
「あんた、最低だわ。むしろ、私の謝罪を返してよ」
「貰ったものは屁でも返さないのが信条なので、嫌です」
「まったく、ほんっと、性格は破綻してるんだから。ほら、もう着くよ」
アプフェルの言葉を受けて、うな垂れていた首を上げると床らしきものが見えてきた。
上まで昇り切り、辺りを見回すが、一階よりも密閉度が高く真っ暗で魔法の光球だけでは把握しにくい。
「じゃあ、私は時計盤の部分を開いて風を通してくるから、ヤツハはここで待ってて」
「は~い」
言われた通り、大人しくその場で待つ。
大した間もなく、ガコンという音が響いて、壁の一部がギギギという音と交わりながら開いていった。
どうやら、時計盤の部分が外にせり出したようだ。
そこからは強烈な太陽の光が入り込んでくる。
部屋は明かりに満たされ、それにより部屋の全容が目に飛び込んできた。
巨大な歯車がいくつも周りに存在し、いかにも時計塔の中といった感じ。
床や歯車には埃が綿毛のように積もっている。
その様子からずっと誰も立ち入ることなく、また時計塔が長い間動いていないことがわかる。
アプフェルが小さな木製の小窓を開いていく。
そのたびに、窓から風が取り込まれ、埃が舞う。
「ごほんごほん。すっごい、埃。これを掃除するの?」
「そういうこと。道具類は壁の隅の掃除箱にあるから、さっさと終わらせましょ」
掃除箱から箒やチリトリ、はたきを取り出して、掃除に取り掛かる。
なるべく上の方からはたきを振り回し、埃を落としつつアプフェルに尋ねた。
「これってさ、どこまでやればいいの? 全部、埃を落としてかき集めて、ポイッ?」
「ま、そんなところ」
「風の魔法で一気に終わらせるとか、駄目ですかね?」
「なるほど、採用」
「いいのかよっ」
「埃を落とすくらいなら大丈夫でしょ。外に散らばらないように渦を産むから、あんたは邪魔にならないところに行ってて」
「ほいよ」
俺は部屋の中心にある、真四角の大きな柱に身を寄せた。
安全を確認した彼女は、風の魔法を呼び、無数の小さな竜巻を作っている。
おそらく、あれを高い場所にある歯車の近くに飛ばして埃を集め、集まった埃を床に落として箒でまとめる。と、いう感じになるみたいだ。
見事な魔法さばきを見物しながら、柱に寄りかかる。
そこで、柱の壁に扉が存在することに気づいた。
(これって、一階にもあったけど、中に部屋があるのか?)
扉に近づき、辺りを見回す。
扉の上にある壁には何かの文字が刻まれている。
俺は文字を読み――驚きに息が詰まった。
(えっと……え、うそ、ちょっと、なんで、アラビア数字が、てゆーか、これっ!?)
壁には『1・2・3』とアラビア数字が並んでいる。
扉は左右から閉じられている。
そして、壁の横には三角の模様のボタン。それは下向きと上向きがある。
(これは、まさかエレベーター、か?)
もう一度、壁にある数字をみた。数字の下に、小さく文字が書かれてある。
文字は一部削れていたが、あれは英語。いや、ローマ字だ!
「み、つ、び……って、おい、そんなはずは!?」
「ちょっとヤツハっ? どうしたの、急に大声を出して?」
「え、どうしたのって……」
目の前に日本製のエレベーターが存在する。
いや~、まさかグローバルな時代とはいえ、異世界にまで進出してるとは……そんな馬鹿なことがあるかっ!?
なんで、どうして?
これをアプフェルに問いたい。
しかし、なんて聞けばいいんだ? 何から聞けばいいんだ?
状況が全く整理できないまま、たどたどしく当たり障りのない質問をする。
「あ、あのさ、これって、昇降できる部屋だったりする?」
「え? よく知ってるね。エレベーターなんて珍しいのに」
「あ、エレベーターの存在は知ってるのね」
「うん?」
「いえ、なんでも。これ、動くの?」
「ううん、ずっと昔に壊れちゃったみたい」
「直せないの?」
「学士館の学者たちが調べたことはあるけど、私たちの知る技術とは全く方式が違うみたいでお手上げだったって。魔力を一切使わず、電力を使っているのはわかってるけど、どうやって電力を別の力に変えているのかはわからないの」
「そうなんだ」
「そんなことよりも、埃を集めなきゃ。あとは箒で集めるだけだし。思ったより早く終わりそうね」
「あ、ああ」
俺はエレベーターを睨みながら、箒を揺らす。
(なぜ、こんなところに? この世界は一体……?)




