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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第三章 運命の歯車は音もなく回り始める
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軋む日常

 十日が経ち、サシオンたちはヤツハからの意見を参考に法案を整備し、議会へとあげていた。

 今まで近衛(このえ)騎士団の意見を無視し続けた議会であったが、商工会や豪族・貴族の後押しもあり、新たな交通規制の案はすんなりと通った。


 王都を四つに分割する表通り――その中にある、『アステル』近衛騎士団が管轄する東地区において、試験的に交通整理を行うという理由で。

 

 これにより、騎士団として抱えていた懸案はひとまず終わりを迎えたのだが、フォレ個人に新たな懸案が持ち上がっていた。

 

 


――サシオン=コンベル邸


 東地区にはサシオンの屋敷がある。

 彼の執務室にて、フォレはサシオンとテーブルを挟み、ある考えを改めるよう願い出ていた。



「ヤツハさんは騎士団とは関係ありません。協力を求めるのは間違っています」

「その通りだ。だが、我らでは目立ちすぎる。フォレならばと思うたが、なかなかうまくいかぬものだな」


「その点は私の力不足であります。しかし、どうしてヤツハさんなのですか? 彼女は素性の知れぬ身」

「ヤツハ殿は信用できぬ人物と?」

「そ、……そんなことはありませんが。記憶を失っている身。そのような方に任せる大事ではありません」



 フォレはヤツハを素性のわからない人物。記憶があいまいな人物といい、協力を仰ぐには不適当だと言う。

 しかし、これは彼が最初に抱いていた印象。今は……優しさの裏返し。

 

 彼はヤツハを巻き込みたくなった。

 出会って間もない相手であるが、誰に対しても臆することのないヤツハを、フォレはいつの間にか気に入っていた。

 


 フォレは貧民街の出身。

 嫉妬の視線もあったが、多くの庶民は謹厳実直な彼を身近な存在として、誉れと見ていた。

 

 だが、彼は王都を守護する近衛騎士団・副団長なのだ。

 

 どれだけ親しく接してくれようとも、距離はある。

 そのような中で、ヤツハだけは自分に対して自然と接してくれる……。

 

 これはヤツハの魅力だろう。

 しかし、この魅力が仇となる。何もヤツハの魅力を認めるのはフォレだけではないということ。

 サシオンもまた……。



「ヤツハ殿は姿に見合わぬ豪胆無比なお方。人によっては無礼とも呼べよう。しかし、それこそが人を惹きつける力であろう。現に、わずかな期間で街の者たちとも溶け込んでいると聞き及んでいる」


「それだけが理由でヤツハさんを?」

「まさか。ただ、親しみ深いという理由で白羽の矢を立てたわけではない。フォレも気づいているだろう。彼女の類まれなる才を」


「交通問題の話ですか。しかし、同じような提案はすでに何度か出されていたでしょう。あの場では、ヤツハさんに気を使いましたが……」

「私が覗き見た才はそこではない。商工会と豪族・貴族の関係を見抜いた点。また、政治と利の関係を結び付け、利用しようとした点。彼女は遠謀の目を持っている」

「それは……」


 

 表通りの交通問題について、実はいくつかの規制案が存在していた。

 フォレもそれに対して、幾度か案を出したことがある。

 しかし、何にせよ、他の近衛騎士団との連携や議会の承認という壁が立ちはだかり、全て現実的なものではなかった。

 

 だが、ヤツハは交通の流れを見て、短時間で問題点を見抜き、解決策を浮かべ、さらには法解釈の差異を利用した規制案を思いつく。

 それが無理だと判断するや否や、影響力を持っている者を巻き込み、規制案を通そうという道に至った。

 それも、彼らに利が生まれるという形で。

 

 ヤツハの観察眼。判断力。決断の速さにはフォレも恐れ入るほかなかった。

 だからこそサシオンもまた、ヤツハの能力を評価し、協力を求めるという結論に至ったのだ。

 ただし、サシオンにとっては、そのことだけが理由ではないが……。


 

 ヤツハを巻き込みたくないと思い悩むフォレに、サシオンは静かに言葉を掛ける。


「たしかに、彼女が何者かわからぬことは不安ではある。しかし、彼女を置いて、他に役目をこなせる者がいないのだ。愍然(びんぜん)たる話ではあるが……」

「で、ですがっ……っ!?」



 フォレは反論を重ねようと試みる。

 しかし、サシオンの瞳を見て諦めた。

 瞳には有無を言わせぬ光が宿っている。

 フォレの思いでは、この光を消すことはできない。

 だからといって、このままヤツハをただ巻き込むわけにはいかない。

 そこでフォレは苦し紛れともいえる提案を口にする。



「団長の判断に従います。ですが、二つ。二つ、お願いしたいことがあります」

「なんだ?」

「一つはヤツハさんが断った場合、強要することは無きよう、お願いします」

「もちろんだ。もとより、強要などするつもりはない」


 サシオンは目を細めて、柔らかく笑みを浮かべる。

 一見は了承の笑み。

 だがしかし、フォレはわかっている。強要はなくとも、サシオンは何らかの手を使い、ヤツハの首を縦に振らせると。

 

 だからこそ、二つの願いを申し出た。

 二つ目こそが、フォレにできうる限りのヤツハへの厚情。


「もし、ヤツハさんが団長の意を受けたならば、私を……」

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