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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第二十五章 終焉
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終焉

 空に浮かぶ、数え切れないマヨマヨたち……。

 その一人一人がアクタ人の能力を超え、中には六龍に次ぐ者、匹敵する者も混じってるだろう。

 

 誰の心にも絶望が広がる。

 地上にいる俺たちは茫然自失と空を見つめ続ける。

 


 その中で唯一、ティラだけは己を失っていなかった。

「全軍、迎撃態勢を取れ! マヨマヨ相手に密集陣は無意味! 散開し、魔導士を中心とした攻撃陣を組め。他の者は魔導士を守れ!」 


 次に六龍へ気勢を上げる。


「クラプフェン! 何を惚けておる!? 貴様は六龍! その筆頭であろう! 今こそ六龍の誉れを見せよっ!」

「は、はっ!!」

「ノアゼット、バスク! 六龍将軍の名を背負うならば、皆にその矜持を見せよ!」

「はっ!」

「わ、わかりましたっ!」


 ティラは次々と皆に(めい)を走らせる。

 皆はそれが無意味だということをよくわかっている。

 黒騎士との戦いで傷つき、両手には武器を取る力も残っていない。

 だけど、彼女の声は、失いかけている勇気に火を灯す。


 皆は絶望を相手に歯を食いしばり、抵抗を見せようと大地に踏みとどまる。

 空からは、それらを嘲笑う声が降り注ぐ。


 俺は……嘲笑の雨に打たれながら、ゆっくりと瞳を閉ざした。



 閉ざした先に在るのは、知識が眠る世界。

 箪笥の傍に立つ、彼女の名を呼ぶ。

「ウード……」

「なぁ~に~?」


 彼女はねっとりとした言葉を吐き出す。

 今、彼女の顔はどのような顔を見せているのか?

 俺はそれを見る勇気がなくて、顔を伏せ続ける。


(くそ、くそ、くそっ。これしかないのかよっ!)

 戦争を乗り越え、クラプフェンとの戦いを乗り越え、黒騎士との戦いを乗り越えた。

 あと少しだけ、みんなと一緒に居られるはずだった。

 だけど……。


 

 俺は透明な床を見つめながら声を絞り出す。

「ウード……お前なら切り抜けられるのか?」

「もちろんよぉ~。フフ、戦場をうまく乗り越えられて、ここでは私の出番はないかと思った。だけど、予想通り、マヨマヨたちが現れた」


「え?」

「うふふ、私はね、柳からの情報や現状を鑑みて、彼らがこの(いくさ)にちょっかいを掛けてくる可能性が高いと踏んでいたのよ。それがどういう形なのかまではわからなかったけど……まさか、ここまで都合の良い状況で現れるとは、マヨマヨたちには感謝しないと」


「っ!」

 一瞬、怒りが胸を埋め尽くす。

 しかし、すぐにそれを静め、仲間たちを救うための言葉を漏らす。


「ウード。本当に、本当に……お前の力で、あのたくさんのマヨマヨたちを退けることができるのかっ?」

「馬鹿ねぇ~。その答えを聞いてどうするの? あなたにはもう、選択肢が残っていないんだからぁ」

「いいから答えろ、ウード!」


 俺は涙に濡れた顔を上げて、ウードを睨みつけた。

 そこには俺を嗤笑(ししょう)する、さぞかし醜い笑顔があるだろうと思っていた。

 しかし、あったのは……感情の籠らぬ、淡白なウードの姿。



笠鷺燎(かささぎりょう)。あなたには私を頼る以外、選択肢はない……でも、私は優しいから、最後にサービスで教えてあげるわ。私ならば、あいつらに勝てる。どう、これで満足?」

「そう。なら、ウード……た……た、」


 俺は右手を前に伸ばしてく。

 その手は震えと涙の架かる景色のせいで、何重にも見える。



――渡したくない……これはいずれ訪れることだった。

 それに対し、これまでもちろん怖さはあった。それについて、割り切っていたつもりでもあった。

 だけど、それをいざ前にすると、悔しさと怖さが身体を震えさせる。


(でも……迷っていたら、みんなが死んじゃう。近藤の時のように……もう、あんな思いはしたくない!)



「ウード。頼む、みんなを助けてくれっ! 俺の、俺のっ、俺の全てをお前に差し出すからっ!!」

「ええっ、助けてあげるわっ!」

「がはっ!?」


 ウードが俺の声に応えた途端、身体全体に巨大な重石が乗っかるような感覚を覚えた。

 重力が何倍にもなったかのように、俺は透明な地面にへばりつく。


「あ、が、うぐぐぐ」 

「ふ~ん、今まで記憶を覗いてきて知っているけど、あなたって本当に凡庸な姿よね。私の生まれ変わりのくせに」

「な、何……これはっ?」

 

 瞳に自身の手が映り込む。

 それはヤツハの手よりも大きい。


「お、おれは、今の俺は、ヤツハじゃなくて、本当の自分の、がはぁっ!」

「苦しい? フフ、苦しいでしょうね。力を失うということは、そういうことよ。でも、大丈夫。すぐに痛みも苦しみも感じなくなるから」


 ウードは俺に小さな笑みを見せて、次に自分の右手を見つめる。

 そして、指先を滑らかに何度も折りながら、何かに納得したような息を漏らした。

「ふむ、想像以上に力を出せそう。だけど、やっぱり雑音が邪魔ね」


 そう言って、こちらへ視線を向けた。

 その視線は冷たくも暖かくもない、何もない視線。



「もはや、塵のような存在のあなたであっても、そこには違和感がある。これは邪魔……ヤツハの心も邪魔だけど、あれは不完全な意思。時を掛ければ、私の中に取り込み溶かすことが可能。でも、完全な意思を持つあなたは違う」


 ウードは少しだけ口角を上げた。

 そして、闇に彩られた絶望を口にする……。


「だから、あなたには消えてもらうことにした」

「な、なにを、言って?」

「笠鷺、あなたはこう考えていたでしょ。たとえ、意識が端に追いやられても、そこに自分がいる限り、乗っ取り返す機会があるはずだって」


「そ、それは」

「フフ、馬鹿ねぇ。そんなこと私が許すと思って? 私はあなたのように甘くない。そして、完璧を追い求める。だから、雑音を消し去り、完全な存在となる」

「消す? 俺を? そ、そんなことどうやって?」


「あら、忘れたの? あなたという魂がどこに捨てられたのかを」


 ウードは翡翠の瞳に紫の光を溶かし込んだ。

 すると、俺の背後に黒い渦が生まれる。



「こ、これは?」

「無へと繋がる亜空間魔法……今は神々のゴミ捨て場、と表現した方がわかりやすいかしら?」 

「ゴ、ゴミ?」

「ウフッ、無は不要なモノを投棄する場所。あの場所ならば、如何なるモノでも捨て去ることが可能のはず」

「それって……お前、まさかっ?」


「そう、そのまさか。私はあなたの魂を切り離し、亜空間へ捨てることにしたの。そうすれば、雑音は無くなる。乗っ取り返されることに怯えなくて済む」

「そ、そんな方法がっ?」


 俺は透明な地面に爪を立て掻き毟る。

 その惨めな様を見つめ、ウードは悦楽の笑い織り交ぜた言葉を吐いた。


「ふふふ、悔しそうね。でも、正直を言えば、あなたがこれに気がつき、私を捨てるんじゃないかとずっと恐れていたのよ。だけど、あなたは私をそれほど脅威と感じていなかった。まぁ、そう思わせていたんだけど……だからこそ、この残酷な考えに至れなかった」

「くそっ」

「うふふ、甘いわね、僕ちゃん」


 ウードはにっこりと柔らかな笑顔を浮かべた。

 しかし、そこには俺に対する思いは微塵もない。

 


 ……俺は後悔する。

 どうして、もっとウードを警戒しなかったのかと。


 俺は顔を捻じ曲げ、彼女の名を呼ぶ。

「ウード、ウード……」

 

「ふふん、安心して。あなたが積み上げてきた信頼。名声。友。仲間。家族……すべて私が貰ってあげるから」

「ウード、ウード、うーどぉぉぉ」

 何故、親し気に会話なんかしてしまったのかと。


「でも、あなたと別れるのは、ちょっとだけ心残りがあるのよ。それはね……」


 ウードは身を屈ませて、目線を俺に合わせ、言った。


「それは、あなたの大切なものが壊れていく様を見せられないこと」

「うぅぅぅどぉぉぉ!」

 俺はこんな奴に心を許したことを激しく後悔する!



「それじゃ、そろそろさよならね。笠鷺燎」

 彼女は俺の右手首を掴み、無理やり引っ張り立ち上がらせる。

 そして、手首を掴んでいる手の平に熱を集め小さな炎を産み、俺の手首を微かに焦がした。


「あつっ」

「熱いでしょ。その熱さ、よ~く覚えておきなさい。そして……」


 ウードは目を見開き、瞳をドス黒く濁らせ、口角を高く醜く捻じ曲げる。

「無の世界で、火達磨(ひだるま)になった自分を想像しなさいっ」

「え? やめ――」



 トンっと、無造作に体を押された。

 身体は背後にある黒い渦に触れ、あっという間に視界からウードの姿は消えた。




――戦場


 

 空には勝ち誇る、無数のマヨマヨ。

 地上には怯えを纏う、多くの人々。



 その中で、少女は閉じていた瞳をゆっくりと開けた。

 少女の名は、ヤツハ。

 

 しかし、瞳の色には純粋であった黒真珠の輝きはなく、美しくも淀んだ翡翠の色が浮かぶ。


 少女は身の内より、魔力を解き放つ。

 それはかつてあった、黄金に染まる色ではない。

 赤と黒とが混じり合う、穢れた色。


 穢れは炎を形づくり、舞い踊る龍のように少女を包む。


 その力は、師であったエクレルを超え、ジョウハクの誉れたる六龍を超え、地上を這う者を嘲笑していた黒きマヨマヨを超え、(たくま)しき姿となり帰ってきたフォレやアマンを超え、絶対なる存在であった黒騎士をも超える。


 誰もがその姿に驚き、息を止めた。

 少女は……空を見上げ、いつものヤツハのように言葉を産む。


「なぁ、黒いマヨマヨさんよ。俺にはアクタの結界を安全に穿つ、ちょっとした魔法が使える。そこにあんたらの技術が合わされば、故郷へ帰してやれる。だから、全ての者は、俺に…………従え!!」


 



――――誰にも届き得ない力を手に入れた少女の前で、アプフェルは心に声を震わせていた。


(こんなことが起きるなんて……これからどうなるの? 私はいつまで待っていればいいの? フォレ様はあのヤツハの前に立てるの? 愛する女性に剣を向けることができるの? それで本当にみんなを救えるの? そして……ヤツハを救えるの? ねぇ、笠鷺燎(かささぎりょう)!)




 今年最後の投稿となります。(活動報告にも記載しておきます)

 次回投稿は一月五日。第二十六章の一話からです。


 来年も皆様とお会いできることを楽しみにしております。

 それでは、良いお年を。

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