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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第二十五章 終焉
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 闇の霧は散り消えて、あるのは両膝を折り佇む、黒の鎧だけ……。


 

 戦場にいる全ての者が、黒い鎧を見続ける。

 そこには人の音はなく、心無き冬の冷たい風のみが音を立てるだけ。


 その中で、最初に心の宿る音を奏でたのは……一人の少女だった。



「黒騎士……六龍の(いしずえ)となった男。名は……ノルマンド=バ=オートであったか?」


 

 ティラがポヴィドル子爵と数人の従者を連れて現れた。

 彼女の姿を目にしたクラプフェンは剣の柄に手を掛ける。

 しかしそれを、ノアゼットとフォレが鋭い眼光を見せて、彼の手を柄から降ろさせた。


 ティラは一人、前に出る。

 それを子爵が止めようとしたが、ティラは振り向くことなく片手を上げて、彼の声を止めた。


 ティラは黒騎士の前に立つ。

 俺たちは静かに二人を見守る……もう、黒騎士には、指先一つ動かす力も残っていないことを知っているから……。



「母様が就寝前に物語として何度か話してくれたことがある。ジョウハクの誉れと呼ばれた男の話をな。男はジョウハクを愛していた。だが、それ以上に強さを求めた。そして、強さのために全てを捨てたと……」

「……っ」


 僅かに黒騎士が動く。

 俺たちは身構えるが、ティラはそれらを制する。

 黒騎士は身体を動かすことなく、言葉を紡ぐ……。


「そなたはプラリネ女王の御子か?」

「いかにも……だが、ただの御子ではない。先王プラリネの遺志を受け継ぐ者。ジョウハクを統べる、女王ブランだ」


 ティラは遥か高みから声を産む。

 彼女の儼乎(げんこ)たる王としての姿に、黒騎士は言葉に尊崇(そんすう)を宿した。


「玉座を争う戦いに水を差したこと、心から平伏申し上げる」

「よいっ。王道を彩る、素晴らしき戦いであった。さすがは生ける伝説ぞ。誠に見事な騎士である」

「有難き御言葉。ですが、その御言葉は私の身に余ります。私は騎士を名乗れません。ジョウハクに不義不忠を働いた忘恩の徒」

「ふふ、次代を紡ぐ戦いに興を添えてくれたのだ。女王ブランの名において、汝は騎士である!」

「陛下……」



 ティラは黒騎士の小さな呟きを優しく見つめ、そこから大きく場を見渡した。

 彼女は俺やアプフェル、パティ、アマン、フォレ、エクレル先生、クレマ、セムラさん、ケイン……さらには、敵である六龍、クラプフェン、ノアゼット、バスクを瞳に入れる。

 最後に、多くを宿した瞳で黒騎士の姿を映した。


「時代を紡ぐ、我が騎士たちは強かったであろう?」


 王は、ここにいる全てを騎士と呼ぶ。

 その言葉を聞いて、クラプフェンは身体から力を失った。


「王……そうですか。もはやこの戦いは……」




 ティラはどこまでも透き通る純白な愛と、無限の広き視野を兼ね備えた瞳で、黒騎士を見つめ続ける。

 その、王としての威厳と人としての愛を宿す瞳に、黒騎士は声儚(こえはかな)くもしっかりと答えた。


「……はい、素晴らしい若人たちであります」

「そうであろう。しかし、惜しいことをしたな、ノルマンドよ」

「それは?」

「これから先の道を、そなたは見ることが叶わぬ。ここにいる可能性を秘めた者たちは、そなたを越えて輝き続けるというのに」

「……ええ、その通りでございます。ふふ、私は一人の男に囚われ、何も見ていなかった……」



 黒騎士の身体が静かに揺れる。

 黒い兜の中で彼は涙を流している。

 その涙の意味は、一体……?


 彼の涙を受けて、何故かクラプフェンとフォレは悲し気な雰囲気を漂わす。

 彼らには、黒騎士の涙の意味が理解できているのだろうか?



 黒騎士は隻腕となった左手に力を籠め、気力を振り絞り動かす。

 その左腕(さわん)は、力を失った彼では絶対に動かすことのできない腕。

 だが、彼は確かな意思の籠る力でその腕を胸元に置き、最上の敬意を表す。


「ブラン女王陛下。ジョウハクは貴女の下で、真盛(しんせい)を迎えるでしょう……いえ、これから続く者たちが更なる輝きへと導く。どうか、私のように視野狭き道を歩まぬよう。これはかつてジョウハクを愛した、愚人からの送り言葉でございます」


「お主の遺言、しかと受け取った。広き()をもって、世界を見よう。人を見よう。心を見よう」

「ふふ、ジョウハクに天壌無窮(てんじょうむきゅう)の王が降り立ったか……だが、それを見る(まなこ)は、私には過ぎるもの…………」


 鎧の隙間から、砂のような粒が流れ落ちていく……それは冬の疾風(はやて)に混ざり、戦場へと散っていった……。



 残されたのは、力持たぬ黒い残骸。

 ティラは目を閉じ、右手を胸に当てて祈りを捧げる。

 そして、目を開くと、クラプフェンへ語りかけた。


「さて、これからどうする? 続きと行くか、ふふ」

 ティラは笑みを浮かべる。

 それは王の笑みと共に人の心を知る、少女の笑み。

 全てを優しく包み込む、偉大なる少女の微笑み。

 

 クラプフェンは両手をだらりと下げた。

 そして、力なく首を横に振る。


「我々の、負けです……」


 この、クラプフェンの言葉により、戦いの決着がついた。

 ……もう、誰も涙を流さずに済む。悲しまずに済む

 


 俺はホッと安堵で心を満たす。

(はぁ~、何とか乗り越えた。もう少しだけ、みんなと一緒に居られる。さ~てと、その間にウードを何とかしないとなぁ)

 

 これからはウードの力を借りるようなことはない。

 彼女と対抗できる時間(よゆう)が生まれた。

 

 

 そう…………生まれるはずだった。



『ククク、よもや黒騎士が破れるとは、私の先を見る慧眼(けいがん)も衰えたものよ』



 突然、空から言葉が降ってくる!?

 戦場に立つ全員が一斉に空を見上げた。



「黒騎士の言葉を借りるが、水を差してすまないな、ブラン女王陛下」


 

 そいつは空に浮かんでいた……真っ黒な外套を纏って……。

 俺はそいつを眼に焼きつけ、ギシギシと崩れるような悲痛の音を漏らす。


「そ、そ、そん、な…………」


 瞳に焼きつけられたのは黒いマヨマヨ、だけでない……。

 数え切れぬマヨマヨたちが空を埋め尽くしている。


 黒いマヨマヨは大きく両手を広げ、声に愉楽(ゆらく)を乗せ語る。



「我々はこのときを待っていた! 全ての強者が集い、互いに血を流す瞬間をっ!」

 

 黒の存在は王都を見据える。

「王都にサシオンは居らず、敵は無し!」


 北を嘲る。

「穏健派は北に釘付け、我らを阻むこと無し!」


 そして、地を卑しめる。

「あるのは、力を使い果たした六龍たち! 我ら迷い人は貴様たちを贄として、唯一の力ある存在となる! 女神コトアを殺し、世界を壊す。我らがあるべき場所へ戻るためにっ!!」




評価点を入れていただき、ありがとうございます。

冬の寒さに凍える指先に熱が宿り、熱は力となり筆を走らせ、それは物語を真盛へと導く助けとなっております。


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