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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第二十五章 終焉
228/286

共闘

戦場。

名もなき者たちの剣が舞い、龍の名を持つ将軍と相対す。

そこへ訪れる頼もしき援軍。

そして――黒騎士。



 戦場に舞い降りた死神。

 俺は一言、こう声に漏らす。


「なんで……?」


 これはここに居る者全てが抱いた疑問。


 問いは凍える風に乗り、黒騎士へ届く。

 だが、彼は何も答えず、ただ右手に握る幅広の両刃剣を下げながら、前を歩く。

 地面には、剣の先によって生まれた大地の傷が走る。


 黒き鎧に包まれ、黒き外套をたなびかせる黒騎士は、剣の道を作り、ただ歩む。

 その鎧には無数の汚れが付いていた。

 それは血の跡……。


 ここに至るまで、彼はどこかで戦いを繰り広げていたのだろうか?

 それがどこで、何のための戦いかわからない。


 今ある事実は、黒騎士がここにいるということだけ……。



 俺は黒騎士の全身を瞳に宿し、大きく息を吸った。

 彼からは以前とは違い、まったく精気を感じない。

 それはまるで空っぽの人形……。

 そうだというのに、恐怖が全身を包み込み、震えが身体を支配する。



 かつて見た存在でありながら、かつてとは全く違う存在。

 黒騎士からは全てを死に(ほふ)る波動が生まれている。


 俺は瞳のみをゆっくりとずらしていく。

 それはクラプフェンの視線とぶつかり合った。


 俺たちは互いに視線を切り、声を張り上げる。



「戦闘中止! みんな、黒騎士に集中!!」

「バスク、ノアゼット! 黒騎士を向かい討ちます!!」



 突然の共闘。

 だけど、誰も取り乱すことなく刃を黒騎士へ向ける。


 それはわかっているからだ。

 黒騎士がこの場にいるもの全てを無に還そうとしていることを……。

 互いに協力しなければ、打ち倒せないことを……。



 俺はクラプフェンに声を掛ける。


「以前、シュラク村であった時とはまるで雰囲気が違う。あの時はまだ、剣を取れた。だけど今は、あいつがそこにいるだけで命を奪われそうだっ」

「黒騎士……六龍の始祖。そして、サシオンさんに匹敵する存在。これほどとは……」

「勝つ自信ある?」

「この場にいる全員で立ち向かっても、それは薄いかと」


「あんた、六龍筆頭だろ!」

「それは耳が痛いです。失礼ですが、一時的にあなたの仲間に指示を出させてもらいますよ」

「えっ?」


 彼は返事を待たず、アプフェル、パティに指示を飛ばす。



「アプフェル、パティスリー、兵を下げさせるように両軍へ伝令を頼みます! そして、結界を張り、彼らを守ってあげてください!!」


 突然のクラプフェンの指示に彼女たちは驚きを見せるが、俺は無言で二人に頷く。

 すると、二人は苦々しさを顔に表す。


 アプフェルは巨雷を身に宿し、歯を噛み締める。

 パティは白銀の鉄扇を両手で握り締め、悔しさに顔を歪める。


 クラプフェンの指示(ことば)……その意味は、二人が足手まといだということ。

 さらにその残酷な声は続く。



「ケイン、セムラ殿。後方に控え、体力を温存せよ。我らが破れたときは二人に任せるっ!」

 最後の言葉は二人に対するせめてもの温情だった。

 しかし、二人もまたアプフェルたちと同様に苦々しさを隠しきれない。



 四人は軍が交差する戦場へ向かい駆けていく。

 パティは俺との共同作である、大平原を横切る結界を解いて、ティラたちの元へ向かう。

 

 だが、どういうわけか、アプフェルだけが立ち止まりこちらへ振り向いた。

 彼女は何かを口にしている。

 それは小さく、こちらまで届かない。


 彼女は届かない言葉を飲み込むような動作を見せて、代わりとなる言葉を張り上げた。


「大丈夫! 絶対に勝てる! あんたなら勝てる!! だって、私はそれを…………」


 声は途中で霞み、届かなくなった。

 彼女は背を見せて、ティラの元へ向かう。

 しかし、言葉は風に乗り、思いの断片は届く。



――私はそれを知っているから……――



 俺は彼女の思いを受け取り、心に溶け込ませる。

(知っている? 今のは……俺を信頼してくれてるってことかな? ありがとう、アプフェル。絶対に勝って見せるさ!)



 俺は彼女たちから視線をクラプフェンに移して問いかける。


「なんで、セムラさんやケインまで?」

「ノアゼットを相手にし、二人もまたアプフェルやパティスリー同様、魔力体力ともに底を尽きかけています」

「だったら今まで二人を相手にしていたノアゼットだって。そして、バスクもっ」

「我らは六龍。女神の装具のおかげで彼らよりは余力がありますから」


「そういや、女神の装具って無尽蔵に近い力を産むとかなんとか聞いたな。それで?」

「無尽蔵ではありませんが、かなりの部分で補助してくれます」



「とりあえず、黒騎士と対抗できるくらいの余裕があると見たわけか……となると、あいつに対抗するのはお前ら三龍と俺と先生とクレマ……どうして、俺と先生を外さない?」


 このメンツから見れば、俺は明らかに実力不足。

 さらに先生は転送の疲れが残り、戦闘に不安がある。


 それでも俺たちを残す理由を彼は口にする。



「あなた方二人は空間の使い手。単純な実力では測れない。常人の及ばぬ支援を期待しています」

「常人の及ばぬって、あんたなぁ、空間の使い手を変人扱いしてないか?」

「私の知る限り、空間の使い手は変わり者ばかりですから」

「ん? 今の、どっかで誰かから同じこと言われたような……」


 少し頭を捻り、すぐに思い出す。


「思い出した、パティだっ」

「フフフ、魔導を齧る者なら空間の使い手の変わり者っぷりをよく知っていますからね」

「この野郎っ」

「しかし、今回は支援よりももっと重要なことを頼みたいのですが」

「それは?」

「あとはバスクからお聞きください」



 言葉だけを残して、彼は前に出る。

 クラプフェンは軽い笑みを見せるが、その表情は固い。

 黒騎士に対する緊張と恐怖が、細胞の一つ一つを支配しているようだ。


 俺は悠然と構える黒騎士を瞳に宿し、ゆっくりと後方に下がる。

 代わりにノアゼットとクレマが前に躍り出た。



 二人は互いに声を掛け合う。


「コナサの森を抜ける際は世話になった」

「なに、姉御の約定通り、森に悪さしなければ通り抜けるを許可しただけだからな。そういやたしか、トーラスイディオムとの戦いで姉御たちを守ってくれたんだろう? トルテさんから聞いたぜ、礼を言う」


「いや、残念ながら私は礼を言われるほどのことはしていない。それよりも、相手は()の黒騎士。エルフである貴女(あなた)に、前線が務まるのか?」

「あたいはただのエルフじゃねぇ。誇名紗(コナサ)の森の獲瑠怖(エルフ)だ。魔法や弓だけじゃなくて、接近戦も喧嘩上等よ!」

 

 そう言って、彼女はノアゼットに釘バットを見せつけた。

 その姿にノアゼットは微笑みを浮かべる。


「フフ、頼もしき御仁だ。そして、その武具。見目はあれだが、強力な魔力が宿っているな」

「おい、ノアゼットさんよ。軽くこの釘バットをディスっただろ?」

「でぃす? よくわからぬが、良き武具だと思っているが?」

「そ、そうか? なんだ、わかってんじゃねぇかっ」



 何か色々と会話にすれ違いはあるけど、仲良くやれそうだ……。


 一方、俺はというと先生の隣に立ち……傍にいるバスクにこれからのことを尋ねる。



「クラプフェンから話を聞いたけど、何を企んでる?」

「僕の役目は君たちと同じ支援……と言いたいけど」


 バスクの視線がクラプフェンに飛ぶ。

 クラプフェンは静かに頷く。

 彼の頷きを受けて、バスクは大きなため息を漏らした。


「はあ~あ、教会から怒られるかもしれないけど、そういうこと言ってる場合じゃないもんね。だから、二人には彼らの支援と僕の保護を頼むよ」

「はい?」


 俺は彼が行おうとしていることがわからず、深く尋ねようとした。

 すると、俺の言葉よりも先に先生が声を被せてきた。


「クラス6……神なる魔法を使用するのですね」

「え!?」


 俺は驚きに言葉を跳ねた。


 クラス6の魔法――地球で例えるなら、核兵器級の威力を持つ魔法。


「そ、そんなのここで使ったらっ!」

 

 俺は周りに視線を飛ばす。

 この平原には今、大勢の兵士がいる。

 そんな場所で神の魔法を唱えたらっ!


「みんな死んじゃうじゃん!?」

「落ち着いてヤツハちゃん。そのために私たちがいるの」

「え?」


「そう、エクレルの言うとおり」

 バスクは女神の魔導杖を構え、魔力を注ぎ込み始める。


「魔法が黒騎士にぶつかったら、周囲に空間の力が宿る結界を張ってほしい。それでも完全に威力は抑えきれないだろうけど、残りはアプフェルやパティスリー、そして魔導兵たちが何とかするはず」



 彼は軍へ目を向ける。

 すでに分厚い広域結界が展開されて、彼らを守っていた。

 そして、ゆっくりとだけど、後方へ退いているように見える。

 俺はその様子を見て、首を傾げる。



「どうして、さっさとここから離れないんだ?」

「ヤツハちゃん、あの道の先は王都へ続く道。そこへ両軍が仲良く王都に近づいてきたら、どんな混乱が起きるか」

「あ、そっか。一時休戦みたいな状態で、戦争が終わったわけじゃなかったっけ」


 

 バスクはため息を俺と先生の会話に挟み込む。

「はぁ、ほんと、訳の分かんないことになったなぁ。ま、おそらく王都に伝令が行っているだろうけど……それが届いても、良い返答は期待できないだろうね」

「どうして?」


「理由はどうあれ、ブラウニー陛下がブラン軍を王都に近づけさせるとは思えない」

「ケチくさっ」

「あのね、恐ろしい敵が現れたから敵軍を王都傍に避難させていいですか? なんて無理、通るわけないじゃないか」


「うっ、そりゃそうだけど……」

「それどころか、これ幸いと王都より増援が送られ、ブラン軍を滅ぼせと命令が降りる可能性がある」

「はっ!?」

「ま、それがわかってるから、ブラン軍はゆっくり下がってんだろうけど。で、こっちの軍は……なんとなく空気を読んで一緒に下がってんだろうね」



「なんだそれ……?」

「だから、訳の分かんないことになったなぁ、ってぼやいたんだよ。さて、お喋りはここまでにして、始まるよ。戦場という場に相応しい、死の舞曲が」



 バスクは最後に若干痛々しい言葉を口にして、魔力を高め始める。

 その力は先ほどまで行っていた戦闘で見せた時よりも確実に強い。


「ヤツハちゃん。私たちも」

「はい」

「黒騎士も無敵じゃない。彼の身体は永き時を渡り、傷ついているはず。だから、きっと、私たちは勝てる」

「え、どうして先生は黒騎士のことを知っているんですか?」


 俺は先生を見上げる。

 すると、先生は微笑みを見せた。それは寂しいような、悲しいような、不思議な微笑み……。

「サダさんからの情報。あの人、こっそり黒騎士のことを調べていたみたい」

「なんで、サダさんが?」

「それは……直接本人から聞きなさい。今は生き残ることに集中よっ」


 先生は言葉の終わりに力を籠める。

 それを受けて、俺は意識を戦いへと向けた。

「わかりましたっ。あとでサダさんを締め上げるとします」

「ふふ、ぜひそうしなさい」


 先生はオリハルコンの魔導杖(まどうじょう)に力を注ぎ、俺は剣を腰に納め、魔法のみに集中する。


「ヤツハちゃん。バスク様を護衛しつつ、隙あらばクレマさんたちを支援する。わかった?」

「合点ですっ!」

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