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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第二十二章 決戦前夜
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王を証明する戦い

 俺は円卓に広がる地図を見る。

 王都サンオンとリーベンの間には山や川や森などの遮蔽物はまったくなく、小さな林だけが点在する大平原が広がっている。

 

 乾燥した気候のため、この平原は冬であっても雪は深く積もることなく、軍を動かしやすい。

 できれば、雪が厚く降ってくれると戦争は春に持ち越され、こちらの備えは万全を期するんだけど……それは相手も同じか……。


 

 ティラの傍に立つ俺は、会議の席に耳を傾ける。

 彼らは様々な意見を侃々諤々(かんかんがくがく)とやり合っている。


 俺はそれらを耳にしながら大きな疑問を抱く。

 その疑問は口から小さく零れる。

 それを窓辺に佇んでいたウードが拾い上げた。


「なんで籠城しないんだろう? せっかくの要塞都市なのに」

「それは王の戦いだからよ」

「え? あっ」


 

 ウードは人差し指を立てて唇に持っていく。そこから、自身の胸を二度叩いた。

 おそらく長話になるので、心の中だけで会話を続けようということだろう。

 それに応え、ウードに問う。



(王の戦いとはどういう意味だ?)

(この(いくさ)は玉座を争う戦い。つまり、王であることの証明を見せる戦いでもある。それなのに、ティラが屋敷に引きこもり籠城するなんて、決してやってはいけないこと)


(いや、このままだと勝ち目は薄いぞ。せっかくブラウニーがわざわざ攻めてくるんだ。それを要塞で向かい討ち、王都サンオンの兵力を弱体化させるべきじゃないか?)


(攻めてくる……たしかにブラウニーのとってティラは危険な存在だけど……)


 ウードは突然会話をぶつ切り、何かを考えこむ。

 その態度を不審に思い、俺は呼びかける。


(おい、ウード? どうした?)


(あら、ごめんなさい。先に今の話を続けましょう。少し気になる点があるけど、これは話の終わりに話すわ)

(……ああ)


(あなたの言うとおり、籠城は上策。だけど、それはできない。この戦いは多くの人々が見ている。多くの種族もね。そんな彼らに真の王であること。民を護れる強き王であることを見せつけなければならない)

(それは……うん……)

 


 俺はウードの言い分に反論しようとしたが、彼女の言い分は理に適っていた。

 もちろん、勝利を掴むという点では、自分たちの有利性を捨てて戦うなんて馬鹿げている。

 

 しかし、王を証明する戦いで、その王が六龍を恐れ守りを固めたら、民衆は王に失望する。

 ティラは証明しなければならない。

 これからのジョウハクを、多くの民と種族を背負えるだけの力を持っていることを……。



(くそっ、なんて面倒な!)

(時に戦争とは、効率だけを見て動けないことがある。厄介な話ね)

(まったくだよ。でも、ということは、ブラウニーもこの戦いに出てくるのか?)

(彼は出てこない。いえ、出てくる必要性がない)


(必要性がない? これは王を争う戦いだろ。それらを見せつけなくていいのかよ?)

(今の時点では、ブラウニーは正当な王だからよ)


(え?)


(彼は王都を治め、力の象徴たる六龍を置き、玉座に座っている。王である彼は、王を証明する必要がない)

(そ、そんな話が通るのかよ?)


(通るのよ。それだけ象徴となる王都と玉座を手にすることは大きいということ。そこから追われたティラはブラウニーと比べて、王としての距離が天と地よりも遠い)


(だったら、どうすればブラウニーを引きずり出せる?)

(この(いくさ)を勝ち抜け、王都を望めば、王として玉座を守るべく出てくるでしょうね)

(つまり、結局のところ、クラプフェンたちを何とかしなきゃなんないってことか)


(そうね、厄介。さて、王の道を説いたところで、それにまつわる私の気になる点に戻しましょう)

(それは?)


(この(いくさ)、ブラウニーから見れば王を名乗る不逞の輩を罰する戦い……だけど、現状を考えるとジョウハクから軍を出す必要がない。なぜならば、ブラン側はジョウハクに、『現時点』では攻め込むことができない、攻め込んではいけないから……)


「はっ?」


 

 ウードの奇妙な答えに思わず声が漏れてしまった。

 当然、それは皆の耳に入る。

 軍議を邪魔されてご立腹なのか、ポヴィドル子爵が眉を顰め話しかけてくる。

 彼の声に対して、俺はウードとのやり取りを使いうまく誤魔化すことした。


「ヤツハさん、どうされましたか?」

「いえ、戦争の厄介さを痛感しただけです」

「ほぉ、というと?」

 

 子爵はモノクルをくいっと上げて、身体を少しだけ前のめりにする。

 それは俺の意見に興味があるのか小馬鹿にしているのか、いまいちわからない。

 とりあえず、俺は先ほど話していたことをそのまま口にした。


「要塞都市という地の利を得ながら、平原へ出ていかなければならない歯痒さ。王の道とは()くも貴く険しいのだな、と」

「なるほど。この戦いの本質をよく理解しておられる。少々、見直しました」

「それは、どうもです……」


 褒められてるんだろうけど、なんかいまいち納得がいかない。

 てーか、『少々』は余計だろっ。素直にほめろよ!


 

 ポヴィドル子爵は口の片端をニヤリと上げて、さらに質問を重ねた。

「ヤツハさん、あなたならこの平原で軍をどう展開されますか?」

「それは……」



 軍に見立てた駒が散らばる地図に目を落とす。

 だけど、なんにもわかんない……俺は軍師じゃないし。

 

 かといって、わかりませんとは言いづらい。

 言えば、子爵はやっぱり庶民は、と思うだろうし、他の人からの評価も下がる。

 それに何より、俺を重宝してくれているティラに恥をかかせることになる。

 何でもいいから、それらしいことを言っとかないと。



「そうですね……」

 と、言いつつ、考える振りをして目を閉じる。

 そうして、箪笥の鎮座する引き出しの世界に訪れた。

 誰からも邪魔されず、ウードと話すために。

 

 当の彼女は箪笥の近くにいた。

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