思わぬ助け
――北地区・地下水路出入口
俺とティラは地下水路を進み、そこから出て、北地区のマンホールの傍に立っていた。
「さて、ここから東地区に向かうわけだけど……ティラの格好、目立つなぁ。走りにくそうだし」
真っ赤なドレスにフード付きの黒のロングコート。
ドレスの丈は長く、走るには不向き。
「仕方なかろう。着替える暇なんぞ、なかったからな」
と、言いつつ、スカートの裾を摘まみ、引き裂こうとしている。
だけど少女の力では、上質な布を切り裂くのは難しいようで、布は変わりなく、ただティラの顔がドレスのように真っ赤になっているだけだ。
俺はティラのそばに近寄り、一応確認を取る。
「いいのか?」
「裾丈が邪魔だからな。構わぬっ」
「わかった」
俺はスカートの裾を引き裂く。
足元を隠していたスカートは膝が露出するまで短くなった。
「よし、これでいいだろ」
俺は手にした布をその場に捨てようとした。
すると、ティラが慌てるような声を上げる。
「ちょっと待て。その布を捨てるな!」
「え?」
ティラは俺から布切れをパシリと取り上げて、大事そうに胸元に入れ込む。
「なんで、そんな布切れを?」
「このドレスは、母様と父様からの贈り物だからな」
「え、そうなの? だったら、どうして引き裂くなんて」
「先ずは生き残ることであろう」
「ま、まぁ、そうなんだけど……」
ティラは瞳に悲しみも後悔も乗せず、まっすぐと路地裏の出口を見つめる。
背は凛と張り、先ほどまで命を奪われようとしていた少女には見えない。
覚悟を宿した彼女はティラではなく、ブラン女王として道を歩み始めたようだ。
俺もティラから覚悟を貰い、グッと拳を握る。
そして、彼女の前に立ち、背を壁に預けながら通りの様子を覗き見た。
「……妙に静かだな。だけど、兵士と思しき気配が街全体を覆ってる」
「わかるのか?」
「まぁね。俺もいろいろ経験してきたから、この程度は」
「そうか、ただの礼儀知らずだった女が成長したものだ」
「うっさいわ」
俺はティラをジトリと見た。
彼女のスカートの裾は無残な姿を晒し、風にたなびいている。
その姿を見ながら、先ほどの会話で気になったことを尋ねた。
「あのさ、ティラ?」
「なんだ?」
「さっき、父様って言ったけど、その人はどこに?」
「父様は母様が女王に即位した時点で別れている」
「はっ?」
「王になれば、双子の王族以外は不要なのだ。全ては切り捨てられる。私も何れはそうなるはずだったわけだしな」
ティラは、東の方角を見つめた。
視線の先にあるのは東国『リーベン』。
順当にオランジェットとレーチェが王に即位していれば、ティラはリーベンで隠居するはずだった。
カルアもそうだが、ジョウハクとはとことん双子の存在以外、意味を成さないらしい。
俺はティラの父親のことを尋ねる。
「それじゃあ、親父さんは生きてるんだ?」
「ああ、王都より西にあるテームという町に……このような事態にならなければ、隠居後、会いに行くこともできたが、叶わぬ夢になってしまったな」
ティラの瞳に悲しみの色が映る。
しかし、すぐに色を消す。
「それにもとより父様の一族、シムネル公爵家はブラウニー派。今の私とは敵対関係になるので、どのみち会うわけにはいかん」
「え、マジで? なんで、そんなことに?」
「幼いころの記憶しかないが、父は血を好むお方であった。味方には深い情愛を示すが、敵には情け容赦がない。特に北のソルガムを嫌っておる」
「それじゃあ……」
「うむ、和平を求める母とはあまり折り合いが良くなかったそうだ」
「そうなんだ。悪いな、嫌なことを思い出せて」
「全くだ。だから、無駄話はここまでにしよう。どう、東門へ向かう?」
ティラは親子の情愛を断ち切り、瞳に先を映す。
その変わりように俺は少したじろいでしまう。
だけど、たとえティラが王族であり、その気構えを持とうと年下。
置いていかれるわけにはいかない。
俺は通りに一歩足を延ばし、周囲を確認する。
通りには人がぽつりぽつりいるだけで、閑散としている。
「こんなに人がいないなんて、戒厳令を敷かれているから? 何にせよ、この状態で通りを移動するのは目立つな」
「ヤツハよ、先ほどの転送魔法は?」
「無理。王都に結界が張られてるから。しかも、その結界は王都周辺にまで及んでる。だから、転送魔法を使おうとしたら王都から距離を離さなきゃ」
「そうか、意外と不便だな」
「たしかにね。とにかく嘆いても仕方ない。移動しよう」
東門を目指して、慎重に慌てず急がず歩く。
その途中で近衛騎士団の団員に出くわす。
彼らはきょろきょろして誰かを探しているようだ。
その誰かは言わずもがな、ティラだ。
彼らは慌ただしく、あちらこちらをくまなく移動している様子。
俺たちは出くわすたびに身を伏せるを繰り返す。
なかなか東門まで進めない。
それにティラの格好が邪魔をして、どうしても目立ってしまい、監視の目をすり抜けるためにかなりの苦労を強いられる。
「む~、イライラするなぁ。バーッと走り出したいっ」
「落ち着け、ヤツハ。まぁ、私のせいであるのだが」
「あ、わりぃわりぃ。ちょっと、焦ってるみたいだ。とにかく、北地区から東地区に行って、そこから東門に行かないと」
「わかった、お主の方が王都の地理は明るかろう。任せるとしよう」
「ああ、まかせ――!?」
「そこで何をしている!?」
二人組の兵士が俺たちに気づき、近づいてきた。
右にいた男はティラの姿を見て、ただならぬ様子を読み取り、呼び笛を口にくわえる。
(ヤバいっ!)
俺は雷撃の呪文を手に宿すが、もう一人の兵士が前に飛び出して仲間を呼ぼうとしている兵士を庇った。
(よく訓練されてんなぁっ、ちきしょうっ!)
俺はティラを抱え上げて後ろを振り返る。
前に飛び出した兵士がこちらに走り向かってくる。
だが、なぜか一向に笛の音が鳴らない。
それどころか、追いかけてきたはずの兵士の足音も聞こえてこない。
俺はティラを抱えたまま後ろを振り向く。
すると、二人の兵士の口と手足は凍りつき、その場に固まっていた。
彼らは辛うじて鼻から呼吸をしている状態。
その彼らの後ろに、情熱的なフラメンコの格好をした老年の女性が腰に手を当てて立っていた。
俺は心の中で彼女の名前を呼ぶ。
(サバランさん!)
サバランさんは声を漏らさず、口を動かす
―行きな!―
俺は軽く会釈をして、ここから走り去った。
評価点を入れていただき、ありがとうございます。
喜びのあまり心浮かれておりますが、緊張感に身を包むヤツハたちと同様に油断なく、これからも真摯に物語を綴ってまいります。




