警備隊
クレマを先頭に、森の中を進んでいく。
森はシルフのマフープの加護のおかげか、肌寒い森の外とは違い、微睡むような暖かさに満ちていた。
森の暖かな息吹はとても心を落ち着かせる。
サダさんじゃないが、俺も眠ってしまいそうだ。
首を振って、森を見上げる。
季節を感じさせない新緑の葉が折り重なる天井。
蛍のように煌めくマフープの粒子が柔らかな灯となって、森を優しく満たす。
途中、いくつもの分かれ道があり、そこには看板があった。
だけど、クレマのおかげで立ち止まる必要もなく、まっすぐと正しい道を進んでいける。
先頭ではトルテさんとクレマが談笑し、何やら話が弾んでいる様子。
サダさんはまだ寝てる。何しに来たんだろうか、この人は……。
先生の方はさすがに魔物から元に戻り、森の様子を観察していた。
興味深そうに首を振っている先生に話しかける。
「なにか、面白いものでも?」
「え? ええ、そうね。シルフの力が満たされた森。マフープが実体化しているなんて。王都では感じにくいけど、ここでは世界に満ちるマフープの流れを感じ取ることができるわ。ヤツハちゃんもやってみなさい」
「やってみなさいって、何を?」
「飛び交うシルフのマフープを見つめて、その中にある力を感じなさい。今のあなたならできるはずよ」
「はい、じゃあ、やってみます」
巨木のそばに漂うマフープの光をじっと見つめる。
光の奥に力の流れのようなものが見える。
それは目に見えないはずの風の流れに、緑の色がついているような感じ。
静かに流れ揺れる風は、マフープを微小の魔力に変化させて光の魔法を産んでいる。
「はぁ~、なるほどねぇ。マフープが光ってるのはそれ自身が光を産んでいるからなんだ」
「そうよ。通常のマフープは魔力の素でしかない。だけど、この森のマフープは精霊シルフの意思が介在して、自身が魔法を放っている」
マフープは体内に取り込まれることにより魔力となる。
そして、魔力は魔法となって発現される。
地球にあるもので分かり易く説明すると、マフープは炭水化物みたいなもんだろうか。
炭水化物は糖に。糖はエネルギーに。って、感じ。
因みに、身体から失われた魔力、つまりは使用した魔力。
それはゆっくりと大気中に存在するマフープから充填されていく。
また、通常はゆっくりだけど、魔法の道具などで元々回復用に造られているマフープの結晶を使用する場合は、充填速度が驚異的に早まる。
他にも、シルフのマフープのように誰かの意思が介在しているマフープは魔力に還元しやすい。
例えば、シルフと仲良くなると、この森にいる間は魔力の枯渇を気にすることなく魔法は使い放題になる。
たぶん、クレマたちはそうなんだと思う。
もっとも、たとえ仲が良くなくても意思の介在するマフープはその意思の波長にこちらの波長を合わせることで、魔力として体内に取り込むことが可能だ。
ただし、これの場合、波長を合わせるセンスと制御力がものを言う。
今の俺ではたぶん無理。
俺はじ~っと、健やかな風舞うシルフのマフープを覗き込む。
すると、ピケが脇から飛び出してきて、俺の真似をしてじっと森の奥を見つめた。
「う~ん、きれいだね」
「そうだな。とても優しく暖かい不思議な光だよな」
「ん、ひかり? そうじゃなくて、あの木の向こう側にいる、おっきな鳥さんだよ」
「鳥?」
ピケは立ち上がって森の奥を指さす。
俺は指先を追って、そこに視線を向けた。
「あ、ホントだ。鳥がいる」
光沢のある青とも緑とも見える羽に覆われた巨大な鳥がいた。
嘴も巨体に負けないくらいに大きく、かなりの迫力。
羽色は美しいのだけど、それとは似つかわしくない強い眼力を持ち、ボスの風格を見せている。
「この距離であのデカさ……人間サイズはあるんじゃないのか?」
「あれは子どもね。大人はあの三倍になるから」
「先生? って、あれが子ども? うそでしょっ?」
「うそなんて言わないわよ。あれはノーザンバルという鳥類系の魔物の子ども。草食だけど凶暴で縄張り意識が高く、人間に襲いかかることも多々あるのよ」
「魔物? しかも、凶暴って、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、近づかなければ。それに見た目に反して並の冒険者でも追い払えるくらいの強さだから」
「そうなんだ。ま、ここには先生がいるから滅多なことはないでしょうが。それにしても魔物かぁ。初めて見た」
「あら、そうなの?」
「俺、基本、王都しか知らないので。依頼で外に出ることがあっても、魔物には出会わなかったし」
「そうね、王都周辺や街道は警備隊が見回って、安全を確保してるし。魔物の方も危険を察知して近づかないからね」
「ああ、それで……ん、警備隊?」
「どうしたの、ヤツハちゃん」
「いえ、別に」
記憶の端にある警備隊の単語。
ちらりと視線を前に向ける。そこにはクレマの姿……。
(あ、カルア!)
そう、警備隊と言えば、カルア=クァ=ミル。
王都で地下水路を使い、こそこそ美男美女やエルフやケットシーといった種族を売り捌いていた、人身売買のクズ野郎。
「あの、先生。その警備隊って、王族のカルア、様……のですよね?」
「ええ。それがどうしたの?」
「その人、警備をサボってるって話を聞いたんですけど?」
「まぁ、サボってるわね、基本は。でも、たまに仕事に出て、街道の掃除をしているみたい」
「たまに仕事するだけで魔物を追い払えるんですか?」
「ん~、そうね……うん」
先生は軽く息をついて、少し答えにくそうに言葉を返してきた。
「カルア様は剣の達人だからね……かつてはフォレちゃんと剣の腕を切磋琢磨していた仲。王都周辺に現れる魔物を狩る程度なら軽いもんよ」
「フォレと?」
「もう、数年も前の話。カルア様が北方の司令官に任命される前までのね。あれのせいで……」
先生は口を閉じて、言葉を消した。
その雰囲気は話したくないというよりも、口にしにくいと言った感じだ。
(まぁ、カルアは王族だし。下手なことは言えないか。にしても、フォレと仲が良かったなんて……そう言えば、あの時それっぽいこと言ってたな)
カルアが人身売買を行っているとサシオンから教えられたフォレはこう言った。
『そんな……あの男っ、そこまで堕ちたかっ!』<第五章 王都の闇>
あの時はそれほど気にしなかったけど、いま思えば、たとえ相手が巨悪で、フォレの過去が影響していようとも、王族相手にはきつい言葉。
(どんな仲だったんだろう? 王位継承権はないとはいえ、王族とフォレの接点って? カルアってどんな奴なんだろ?)
「カルア=クァ=ミル……か」
小さく彼の名を呟く。
すると、クレマが足を止めて、こちらの話に交じってきた。
「さっきから警備隊の話をしてるみてぇだが、そいつら、数日前に森を抜けていったぞ」
「え、カルアが?」
「ヤツハちゃん、敬称敬称」
先生からほっぺをプニプニされながら注意を受けた。
「っと、そうだった。カルア様が?」
「ああ、そのカルアだけど」
「大丈夫だったのか?」
「え、どうしたんだ、姉御」
「いや、えっと」
まさか、カルアがエルフを奴隷として売り捌いたとは口が裂けても言えない。
表沙汰になれば、ジョウハクとエルフの仲を裂くことになるし、何よりクレマのことを考えると絶対に口にしてはいけない。
彼女のことだ。王族だと関係なく、許しはしないだろう。
なので、俺は適当にお茶を濁すことにした。
「その、なんだ。初めてフォレと出会ったころに、カルア様は王族の肩書を使い……まぁ、そういうことだ」
「そんなことか。たしかに態度のデカい奴だったな。だけど、中々のファッションセンスで好感の持てる奴だったぞ」
「はい?」
「森に来たときはぶん殴ってやろうかと思ったが、奴が来てる服がなかなかどうして……あいつもあいつで、あたいたちのファッションが気に入ったようで、話が盛り上がちまった」
「う~ん、また服の話かぁ……」
話の様子から特攻服とは違うが、カルアはかなり奇抜な格好をしているようだ。
それが窓口となり、クレマは意気投合した感じを見せているけど……そいつ、お仲間を売ってるんだけど……。
(まぁ、いいか。不快な話なんてする必要ないし。いずれ、カルアはサシオンなり誰かなりの手で処断されるだろうからな)
いつになるかはわからない。
あの事件以降、いまのところ悪い噂は聞こえてないが、各近衛騎士団が必ず見張っているだろう。
だから、どんなに時が掛かろうとも、いずれ尻尾を掴む。
その時がカルアの最期だ。
かつての事件のことは近衛騎士団に任せて、警備隊の動向を尋ねる。
「クレマ、警備隊は何をしにこの森に?」
「なんか、ヤベぇ魔物が森とメプルを繋ぐ街道に出たとかなんとか。だけど、この周辺の魔物はさほどのものじゃねぇし、もう、退治されてるんじゃねぇのか?」
「そうなんだ。今はちゃんと仕事してるんだね。まさか、ちゃんとしてるのはカモフラージュかなぁ? 真面目にやってますよ的な?」
「どうした、さっきから変だぞ、姉御?」
「そうだな。たしかに変だ。忘れてくれ」
「はぁ、別にいいけどよ。そうだ、警備隊だけどよ、森を出て少し先に進んだ場所に駐屯しているはずだぜ」
「そっか、あんがと。一応、警戒しとく」
「なんで、ジョウハクの警備隊を警戒するんだよ?」
「……魔物が出てるんだろ。それ」
「ああ、そっか。大したことないだろうが、気をつけてくれよ。なにせ、トルテさんとピケさんがいらっしゃるんだからな!」
クレマは熱っぽい瞳をトルテさんとピケに向ける。
何度も普通の態度を取れと言っているのに、まったくどうしようもない。
トルテさんも注意することを諦めて、代わりに乾いた笑いを浮かべている。
こう何度もクレマがおかしな態度を取るため、さすがにエクレル先生が訝しんできた。
いちいち言い訳を考えるのも面倒なんで、俺はすっごいテキトーに誤魔化す。
「クレマさんの態度って変よね。どうして、トルテさんやピケちゃんにあんな畏まった態度を?」
「そうですねぇ。クレマって熟女・幼女が好きなハイブリットなんですよ」
「そ、そうなの。それはさすがに……」
先生が引いてる……だけど、同じ穴の狢だと思う。
なんであれ、うまく誤魔化せたと思い視線を前に投げようとしたところで、心の芯を貫く眼光が飛んできた!
「ヤツハ……熟女って、私のことかい……?」
「ト、トルテさん。それは、その、こと、言葉のあやですよ。あはははは」
笑って誤魔化すが、トルテさんは瞳から力を抜いてくれない。
そこに下品な笑いが広がった。
「げっへっへ、ヤツハちゃん。何だか知らないけど、言葉の選択を間違ったねぇ」
「あ、サダさん、起きたの?」
サダさんは寝ぼけ眼をこすりながら大欠伸をして言葉を交える。
「ふぁ~あ、まぁまぁ、トルテさん。ヤツハちゃんに悪気があったわけじゃないから」
「はぁ、そうだね。勘弁してあげようか」
「そうそう、旅は仲良く楽しくやらなくちゃ」
そう言って、彼はニヤリと微笑む。
俺はそれに乗ることにした。
「そ、そうですよ。トルテさんっ。あ~、素晴らしき旅路だね~」
「まったく、調子の良い……行くよ、クレマ。出口までよろしくね」
「はい!」
いつの間にかトルテさん、クレマを呼び捨てにしてる……。
そのクレマを先頭に、再び荷馬車が動き始めた。
サダさんは後ろを向いて、ニヤニヤしながら俺を見つめてくる。
「ヤツハちゃん、借り一つな」
「くっそ~、何して欲しいんだよ?」
「そうだねぇ。今度飲みに付き合ってもらおうか」
「俺にお酌させる魂胆かよ……サンシュメの食堂でいいなら」
「う~ん、できれば大人のお店でお願いしたいところだけど、それで我慢するかな」
サダさんはニヤついた顔を見せて、俺はそれに歯ぎしりをする。
すると、何故か傍にいた先生が立ち上がった。
「はい、私も。私も参加するわ!」
俺は額に手を置き、空を見上げる。
「だから何なんだ、このパーティーは……」




