死へ向かう
フォレはヤツハの変わりようを目にして、唇を震わせながら、彼女の名を呼ぶ。
「ヤツハ、さん……?」
彼には何が起こっているのかわからなかった。
突如、年老いたマヨマヨが現れ、その人物はヤツハの知り合いのように見えた。
老人が消え、次に現れたのは絶大な魔力を身に宿す女性。
フォレの瞳には、良く知る彼女でありながら全く見知らぬ女性が宿っている。
女性は僅かに足を動かす。
すると、フォレの頬に甘美な香りが通り抜けた。
「フォレ、剣を借りるぞ」
「えっ?」
女性はフォレの隣に立っていた。
彼女の姿は確かに、フォレの瞳に宿っていたはず。
だが、今、その彼女は隣に立っている。
(まさか、転送? いや、違う。僅かだけど、頬に風が当たった……それはつまりっ、この方は、ヤツハさんはっ、ただ足を運んだだけっ!?)
そう、ヤツハはごく普通にフォレの隣に立っただけ。彼の目では捉え切れぬ速さで……。
ヤツハはフォレの剣をグッと握り、黒騎士へ足を向ける。
それは死出の道。
「ヤツハさんっ!」
「フォレ……帰ったら、飯にしような」
ヤツハは振り返り、笑顔とともにフォレを瞳に宿す。
彼女の笑顔を目にしたフォレは、口を数度開け閉じし、確かな声で応えた。
「はい、ヤツハさんの好きなお肉をご馳走しますよ」
ヤツハはアプフェルへ顔を向ける。
「アプフェル。ふふ、泥まみれだな。帰ったら、まずは風呂が先か」
「ヤツハ……そうね。汗も流さなくちゃ」
アプフェルは柔らかに笑う。
パティへ顔を向ける。
「パティ。高そうな服がボロボロだな。旅は普段着の方がいいんじゃないのか?」
「ヤツハさん。ふふ、これがわたくしですので」
パティは震える手を伸ばし、先にある扇子を手の取り開き、静かに佇む。
アマンへ顔を向ける。
「アマン。今度、アマンの乗る船に乗せてくれよ」
「ヤツハさん。はい、必ず。お約束します」
アマンは半身を起こし海賊帽を胸に当てつつ、静かに会釈をする。
皆の送り出す声と笑顔にヤツハは覚悟を乗せて、前へ、黒騎士の元へ向かう。
ヤツハは剣を構え、黒騎士の前に立つ。
黒き死神は剣の柄をギシギシと握り締めて、言う。
「今生の別れは済んだか?」
「フンッ、わざわざ待ってくれるなんて優しいじゃん。ついでに見逃してくんない?」
「この期に及んでかような冗談を。愉快な娘よ。だが、この状況……フフ、あの男の示唆した通りか」
「あの男?」
あの男という言葉に、ヤツハは同じ言葉で問いを被せる。
しかし、黒騎士は答えることなく、柄を握る手に力を送る。
「ふん、貴様に何が起こったかは知らぬ。ただ、我を楽しませてくれること、期待するっ!」
黒騎士は言葉の終わりと同時に禍々しい闇の剣を振るった。
ヤツハは両足を広げ、フォレの剣をもって正面から受け止める。
剣のぶつかり合う音により、鼓膜を錐で抉るかのような音が不快に広がる。
黒騎士の放った剣の膂力。
それは、フォレやバーグの力を持ってしても、まともに受け止めれば身体ごと両断されてしまうもの。
しかし、ヤツハはそれを見事正面から受け止めきり、さらにっ!
「うぉぉぉぉりゃぁぁあぁ!」
黒騎士を後方へと弾き飛ばした。
「ふんっ」
黒騎士は片足を使い大地を強く踏み抜き、僅かに土に線を残し立ち止まる。
彼は愉悦を声に籠める。
「ほぉ、面白い。我が剣を正面から受け止めるだけではなく、この巨躯までも弾くとは。魔力で肉体を強化したとはいえ、そのか細い腕には似合わぬ剛力。愉快なり」
「何が愉快なりだよ。こっちは楽しかないよ!」
「我を前にして、悪態をつくとは……フフ、剣技はそこな男よりも劣りながら、見事な体捌きを見せてくる」
黒騎士は傷と疲労で動けぬフォレに視線を投げ、ヤツハへ戻す。
「剣を受け止めた瞬間に、全身を発条の如く柔軟に構え、大地を支える二本の足に力を受け流す。まるであの男のような……面白い戦い方をするな、娘よ」
黒騎士は赤黒く光る瞳に闇を見せ、ヤツハを見つめる。
ヤツハは無言で剣を構える。
彼女の額より、一筋の冷たい汗が流れ落つる。
「行くぞ、娘よ」
「あああああっ!! こいよぉぉぉぉ!」




