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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第十二章 心に宿る思い

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ウード……

 先ほどまでのお遊戯の時間とは打って変わり、ウードは表情に重みを増す。

 俺は彼女の言葉を問い返す。


「本題?」

「そう、本題。あなたの安全を確保するための話。そのために、私はあなたに助言を与えた」

「助言? あのブラウニーを排除すべきってやつがか? バカ言え、そんなことできるか!」

「どうして?」


「相手は王。俺がどうこうできる相手じゃない」

「王じゃなければ、殺した?」

「殺さないっ。そんなにポンポンと人を殺せるか!」

「盗賊は殺したのにね」

「あれは……緊急避難だよ。というか、事故。殺す気はなかったし」

「そうだとしても、あなたの中には殺人への後悔も恐怖もない。どうしてかしらねぇ?」

「それは……」


 

 どうしてだろうか?

 理由はどうあれ命を奪った。

 普通なら、その罪の重さに怯えるのでは?

 いや、そもそも普通って何なんだ?

 殺すことがいけないことはわかっている。でも、恐ろしいことなのか?

 おかしい、おかしい……俺の心がおかしい。


 俺はどうして、殺人を悔やまない?



「俺は、誰かの命を平気で奪うことができる人間なのか?」

「それ、私に聞いてるの?」

「いや、どうだろうな。自問自答かも」


「ふふ。『普通の人間』であれば、人を殺めてしまったことに激しく後悔する。血に染まった両手を見つめ、罪に震える。心は罪悪感に苛まれ、壊れる。でも、あなたはそうならない」

「俺が『普通の人間』じゃないと?」


「いえ、普通の人間。年端もいかない少年。本来なら、壊れていた。だけど、私が守った」

「守った?」

「ええ、あなたが持つ、殺人に対する罪悪感。恐怖、後悔、怯え。それらが溢れ出さないように、私が抑えた。見なさい。これがあなたの持つ、本当の感情」


 ウードは両手の間に黒い球体を生んだ。

 彼女はとても愛おしそうに、ソレを撫でまわす。


「さぁ、覗いて。あなたの感情よ」

「俺の、感情……?」


 禍々しい闇の光を放つ球体に近づき、恐る恐る覗き込む。


「これはっ!?」


 

 心が、罪悪感という刃によって切り裂かれる。

 盗賊の顎先を蹴り飛ばしたときの感触がつま先から全身へ広がる。

 首の骨が砕ける感触……。

 砕けた音が耳から伝わり脳内を蹂躙する。


 胃液がこみ上げる。

 胸元を握りしめ、何度もえずく。

 抗えない吐き気……それに耐えられなくなったところで、罪悪感が消え去った。



 ウードが黒い球体を両手で覆い、自身の胸の中へと取り込んでいく。


「苦しいでしょう。人を殺すということは」

「こ、こんなに恐ろしいことなんて……」

「私はね、あなたの心を守るために、自分の力の大部分をあなたのために使った」

「え?」


「最初に出会ったころ、狭間の世界のような闇の世界に私はいたでしょう。あれはあなたが私を異物として、閉じ込めた場所。私にはそれに抗う力が残されてなかった。だから、閉じ込められた」


「俺のために? それなのに……」

「いいのよ。一つの肉体に魂が二つ。異物と感じても仕方のないこと」

「すまない。俺のせいで」

「うふふ、気にしないで。私はあなたを守れて十分なのだから……」


 ウードは俺に手を差し伸ばしてくる。

 彼女の腕は、とても美しく清らか。

 春の日差しのような暖かさを宿す瞳。

 慈母の微笑を浮かべる彼女。

 俺はウードの手を握ろうと、



――ブラウニーを排除すべき――


 

 ウードが口にした言葉が心を抉った。

 苛烈な痛みに俺は、俺自身を取り戻す!


 ウードの手を払いのけて、言い放つ。



「ふざけんなっ! 人に殺人を推奨するような奴の言うことなんか信じれるかよっ!」

「あら、あなたのことを思ってよ。ブラウニーが居なければ、あなたもトルテもピケもサバランも安心して暮らせる」

「たしかにその通りだ。だからといって、邪魔者は殺せなんて言う奴を信用できるかっ。ましてや、自分の名前もまともに名乗らないような奴は信用に値しない!」


「そう。うふふ、思ったよりしぶとい。心の隙をつけるかと思ったのに」

「てめぇ、やっぱり今のは全部嘘か」


「全部じゃないわ。あなたの罪悪感を抑えているのは本当だし、先ほどのヒントもそう。それに心配もしている。うふ、まぁいいわ。なかなか、面白かった」


「面白いだと?」

笠鷺燎(かささぎりょう)。私の生まれ変わりだけあって、歯ごたえのある存在のようね。実に……実に、壊しがいがある!!」


 

 ウードは瞳をギラリと輝かせ、狂気の交わる悪魔の微笑みを見せた。

 瞳に宿るは――死。

 それはかつて、宿の鏡で見た、ヤツハの死の瞳を遥かに凌ぐ!

 

 それほどの恐怖を放ちながら、彼女の微笑みに俺の心は魅了されそうになる。

 もっと、もっと、彼女の冷美な微笑みを見たい。見ていたい。


――だがしかしっ、踏みとどまる!


 俺はまっすぐとウードを睨みつけ、叫んだ!


「誰が屈するか! この糞女くそあま!」

「そうこなくてはっ。じゃあ、またね。笠鷺燎」


 彼女は死を納め、小さく手を振る。

 悔しくもその姿に愛らしさを感じてしまう。

 俺は強く目を閉じて、彼女を視界から消し、再び目を開いた。


 

 瞳に映っているのは、ウードではなくフェックス。

 俺は頭を押さえて身体をよろめかせる。

 すかさず、クレマが支えてきた。


「大丈夫か、姉御。ずっと、何かを考えていたみたいだけど?」

「ああ、ちょっと。いや、色々な。おかげ、立ち眩みしちゃった。もう、大丈夫。ありがとう、クレマ」


 俺はクレマから体を離す。

 手足の指を動かし、いまの感覚が確かなものだと感じ取る。


「そろそろ、帰ろうか。クレマ」

「ああ、気分が悪いようだったら言ってくれよ、姉御」

「うん、ありがとう」


 祠を後にして、集落を通り、森を出る。

 森の外まで見送りに来たクレマたちに手を振って、転送魔法陣を使い王都へと戻った。

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