サバランさん
扉を開けると、カランカランと扉の上に付いたベルが鳴る。
お店の中は手狭で、奥には若い女性の店員さんが一人。
衣料品が所狭しと並んでいて、ディスプレイは結構存外だ。
販売している服はロリータファッションが中心で、次いでパンクファッション。
ヤンキー服は見かけない。
お店が小さい割には客もそこそこ入ってるようで、俺たちのほかに七人ほど先客がいた。
「狭いね。どうしよっか? この人数で押し掛けると邪魔だよなぁ…………あれ?」
みんなに話しかけるが返事がない。
何があったと、周りを見回す。
アプフェルはピンクロリの服を手に、唸り声を上げている。
「う~ん、意外に可愛い。ううん、可愛い。奇抜だと思ってたけど、悪くない」
アマンへ目を向ける。
「まぁ、赤と黒のコントラスト。縦断するシルバー。ケットシーサイズの服はないのでしょうか?」
二人は服が惹きつける魔物に捕らわれて、服を片手に買い物を楽しんでいる。
「君たち~、仕事だよ~……聞こえてないな、まったく」
「ヤツハおねえちゃん、サバランおばあちゃんに会いに行かないの?」
「よかった、ピケだけはまともで。まぁ、大勢で押し掛けても迷惑だろうし、ちょうどいいか。アプフェル、アマン。俺とピケで挨拶してくるから、ちょっと待っててくれ」
「うん……」
「はい……」
「完全に上の空だな。じゃ、ピケ、行こうか」
「うん、行こう。おねえちゃん」
ピケと手をつないで、レジカウンターに近づき、店員のお姉さんに話しかける。
お姉さんはピケの姿を見ると、すぐに奥へ通してくれた。
ピケが居てくれて助かった。
奥にある扉を開けて、すぐ右隣りにある部屋に入る。
そこには作りかけの服がたくさんあり、部屋の中心ではマネキンに服を当てながら、うんうんと唸っている白髪の老婆の姿があった。
「サバランおばあちゃんっ。こんにちわ!」
ピケはトテトテと走りながら老婆へ挨拶をした。
その声を聴いた老婆は服を近くの台の上に置いてこちらを振り向き、耳心地の良いハスキーボイスを上げる。
「ほぉ、ピケか。久しぶりだな。挨拶は元気いっぱい。いいぞっ」
「うん、元気は大事だからね」
「衣装も決まってるじゃないか」
「ありがとう。おばあちゃんに会うならキメキメじゃないとねっ。はい、これ。お土産」
「お土産? なんだ」
「プリンっていうお菓子」
「プリン?」
老婆は箱を少し開いて、中身を確認する。
「これは……?」
「これはね、ヤツハおねえちゃんが作ってくれたお菓子なんだよ」
「ふ~ん、そうか」
老婆はピケの頭を撫でながら、俺へ視線を向けてくる。
その視線は、とても年老いた女性のものとは思えない力強い視線。
年は七十過ぎだろうか?
しかし、そんなものを一切感じさせない若々しい立ち振る舞い。
服装も若々しく、ピケと同じような踊り子の恰好。さすがに肌の露出はないけど……。
だが、その装いに負けない美しさ……年老い、幾重にも刻まれた皺を持ちながら、表情からは中世的な女性の美しさを感じる。
彼女は俺を見ながら柔らかに微笑むと、アクアマリンの瞳を光らせて値踏みするかのように見つめてきた。
「ヤツハ……最近、噂に聞くね」
老婆はプリンに付随していたトルテさんの手紙を目で追いつつ、こちらへも目を向ける。
俺もしっかりと視線を返して答える。
「まぁ、噂は噂なんで、九割引きくらいでお願いします」
「ふふ、面白い子だね。このお菓子、あんたが?」
「作ったのはトルテさんだけど、レシピを教えたのは俺です」
「そうか。となると、あんたも?」
俺は小さく首を縦に動かす。すると、彼女は僅かに笑みを浮かべた。
ピケは俺たちの間で、首をきょろきょろさせている。
俺はピケにアプフェルたちと一緒に待っているように促す。
「ピケ、ちょっと二人でお話ししたいから、アプフェルたちの様子見てて。終わったら、呼びに来るから」
「うん、いいけど。大事なお話」
「うん、大事なお話」
「わかった。お仕事の邪魔しちゃ悪いもんね。じゃ、またね。ヤツハおねえちゃんっ」
ピケは小さなお手々を振って店先に戻っていった。
老婆は愛らしいピケの様子を瞳に収め、軽い笑い声を上げる。
「ふふ、随分と懐いているね。ピケは面倒掛けてないかい?」
「はは、どっちかというと俺の方が面倒見てもらってるし」
「それは面白い。まずは自己紹介だな。『デルニエアンプルール』の店主、サバランだ」
サバランさんは右手をこちら差し伸ばす。
俺は彼女の握手に応えながら、自己紹介をする。
「ヤツハです」
「それで、どんな用件だ?」
「本題に入る前に、確認したいことが」
「私が地球人だということか?」
「まぁ、それも何ですけど、マヨマヨの襲撃以降、異世界人に対する風当たりが強くなっています。気をつけてください」
「ああ、そんなことか。まぁ、そこはうまくやるさ。私はあんたより長生きで、あんたよりアクタをよく知っているからな」
「はは、たしかに。じゃあ、本題に入らせてもらいます」
俺はコナサの森の出来事をサバランさんに伝えた。
すると、彼女は腹を抱えながら大笑いをする。
「はっはっは、あそこの連中はアカネの影響を受けているらしいからね」
「こっちは笑い事じゃないんだけどなぁ……柊アカネのことを知っているということは、アカネさんはトルテさんの?」
「ああ、トルテはアカネの娘さ」
「やっぱり……」
ピケの服装から通して見えた地球の情景。まさかと思いつつも、やはりというべきか、地球人の血を引く子だった。
思えば、ピケがおばあちゃんの服は派手で、たくさんの文字みたいのがあったと言っていたけど、たぶんそれは特攻服だと思う。
「あの、先ほど、アカネの影響を受けているらしいと言いましたけど、サバランさんはコナサの森の詳しい事情を知らないんですか?」
「ああ、あの森のエルフにレディース魂とやらを教え込んだと、聞いたことがあるだけで、実際に会ったことはないからな。アカネも森から離れて以降、エルフたちに会ってないし」
「え、なんで?」
「アカネは王都に来て、すぐに私と出会い意気投合したんだよ。そのとき私はお店を出す直前だったからな。あいつにはいろいろ手伝ってもらったのさ」
「それで忙しくて森に来れなかった?」
「それもあるが、森に行かなかったのは、もっと乙女チックな話だ。アカネの奴、王都でソリッドと出会って、ベタ惚れでな。ソリッドからずっとそばにいて欲しいと告白されて、ソリッドの傍にべったり。結局、王都から一度も離れることなかったんだよ」
「そうなんだ。クレマが聞いたらどんな反応するかな……その、ソリッドっていう人はピケのおじいちゃん。トルテさんのお父さんなんですよね? 今は?」
「亡くなったよ、三年前に。アカネの奴も後を追うように、二年前に。まだ、若かったのに……まったく、どこまでも色ボケなんだからっ。残された相棒の気持ちも考えろっての」
サバランさんは悪態をつきながらも顔を綻ばせる。
そこから、彼女たちの出会いと思い出が素晴らしいものだったことがうかがえる。
「良い、ご関係だったんですね」
「ふん、生意気いうんじゃない、小娘が。それで、私はエルフたちに服を作ってやればいいのか?」
「はい、絵柄はこんな感じです」
「どれどれ……ああ、アカネも店ではいつもこんな服着てたよ。しかし、珍妙な服だな。日本人は変わってる」
「サバランさんはフランス人?」
「ああ。あんたは?」
「日本です。2017年から来ました」
「ほぉ、そんな未来から。アカネが1986年で私が1977年。だが、アクタでは私が十四歳年上。時間に一貫性がないな、ここは」
「らしいですね。知り合いに二十八世紀人がいますし」
「八百年先のっ!? すごいな、それは……ヤツハの時代は二十一世紀だよな。空飛ぶ車は?」
「あると言えばあるけど、事業レベルじゃないですね。あ、でも、無人自動車が実用化に向けてって感じだったかな。普及するのは十、二十年後だろうけど。あと電気自動車なんかも」
「はぁ~。いや、順調に人類の技術は発展しているのか。一度見てみたいもんだ」
「はは、この世界から戻るのは難しいらしいですけど……サバランさんは自分の世界に未練は?」
「あるさ。だけど、今はアクタが私の故郷だ」
サバランさんは力強い笑みを浮かべて、さも当然のように話す。
彼女は王都を襲ったマヨマヨのような存在には、決してならないだろう。
「サバランさんは強い方ですね」
「そうでもないさ……ヤツハは故郷に帰りたいのかい?」
「家族と離れ離れってのはきついですね。日本にいたときはそんなこと全然気にしなかったのに。むしろ、鬱陶しかった」
「そんなもんだ、家族ってのは。離れて初めて知るのさ。その大切さを……」
「気づくのが遅すぎました。あ、遅くなると言えば、みんなを待たせてるんだった」
「友達か?」
「はい、仲間です」
「ふん、いい返しだ。ま、事情はわかった。依頼は受けよう」
「ありがとうございます」
「さて、早速私は仕事に入ろうかね」
「どのくらいでできそうですか? できるだけ早く。そして、最低でも五着くらいは欲しいところなんですが」
「そうだね。アカネが残した服が何着か残ってるから、それとあんたが渡した覚書があれば、作る事自体は簡単だね。漢字も多少知っているし。ただ、早くとなると、人手が……結構かかるよ」
「資金は豊富なんで遠慮なくお願いします」
「ふん、そういうことなら、知り合いの仕立て屋総動員で仕上げようか。二日後の朝には仕上げとくよ」
「二日後っ? ありがとうございます」
「じゃあ、早速私は知り合いに話をかけてくるよ。この覚書でも十分だが、何か不備があればこちらから連絡するからな」
「はい」
「それと、ピケとトルテによろしく言っといてくれ。特にトルテにな。忙しいだろうけど、たまには顔を見せに来いってね」
「わかりました。では、お願いします」
俺が頭を下げると、サバランさんは二本の指先をそろえて、ピッと前に飛ばす。
言葉遣いといい、態度といい、格好良いおばあちゃんだ。
彼女はピケからもらったプリンを引き出しにしまい、そこへ氷の魔法を唱える。彼女も魔法が使えるみたいだ。
それが終えると、店の裏口から出ていく。
俺はそれとは反対のお店側に足を向けた。




