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9 観葉植物の忠告

 ◆


 妹が帰って来ると、おれはすぐに文句を言った。


「なんで御堂を呼ぶんだよ!」


「えっ?」


 とぼけながらも、少しだけ頬を赤くする空子。多分きっと、御堂を家に呼ぶ口実が欲しかったのだろう。

 てゆーかそうだとしても、おれがこんな有様なのを利用して男にうつつを抜かすとは、とんだ妹だ。

 しかも手に持っているのはスーパーで買った食材。今夜のご飯は腕によりをかけて、御堂の為にカレーを作るつもりだな?


「アニキだって心細いでしょ?」


「なんで?」


「だって急に女の子になるんだもん」


「だからなんで女になると、急に心細くなるんだよ」


「ほら、理解者がいないと」


「お前が理解しろよ」


「いや無理」


「諦めんなよ!」


「アニキが女になったとか、すげー気持ちわりーし」


「ぐ……なら、御堂なら理解出来るってのかよ」


「出来てるでしょ? 朝だって服を持ってきてくれたし」


「あれはアイツの趣味で、理解とかじゃないだろ。あんな変態におれの何が分かるんだ……」


「酷い! 漣ちゃんは変態じゃないよ!」


 いいえ、変態です……。

 とはいえ、妹は頑に御堂を信じている。


 確かに御堂は幼い頃から川で溺れている空子を助けたり、ハイエースされそうだった空子を助けたり、トラックに轢かれそうな空子を助けたりと、様々なフラグを立ててはいるのだが……。


 ん? そうすると、おれの兄としての存在感はどうなるんだ?


 いやいや……川で溺れた空子に人工呼吸したのはおれだ。

 それに空子をハイエースしようとした男達は、あとでおれも御堂と一緒にボコボコにした。

 トラック事件では御堂も怪我をしたから、おれは二人のお見舞いに毎日病院に通ってだな……。

 

 うん、まあ……御堂の方が確かにお兄ちゃんぽいかも。

 ていうかアイツには、俺たち兄妹とも助けられてばっかりなんだな。考えてみれば。


「あー、さっぱりした。ありがとう洋ちゃん」


 おれがぼんやりソファに座って考え込んでいると、そこへ湯上がりの御堂が現れた。腰にバスタオルを巻いて、妙に笑顔だ。眼鏡を掛けていないせいか、ちょっとだけイケメンでもある。ついでにいえば、流石に鍛えているだけあって腹筋が六つに割れていた。


「ちょ……漣ちゃん、服を着てよ」


 そそくさと食材を冷蔵庫に仕舞いながら、妹がそっぽを向く。

 一方でおれは、思わず御堂の姿をまじまじと見てしまった。

 だってコイツ、おれの目の前に立つんだもん。

 自分よりも背が高くなってしまった親友の引き締まった身体を見て、なんとなくほっぺが熱くなった。


 おれはブンブンと頭を左右に振って、二階から男であった頃の自分の服を取ってくる。それを御堂に渡すと、「空子が目のやり場に困ってんだろ」と言った。

 御堂は「眼鏡、眼鏡。ぼくの眼鏡……」と眼鏡を探している。頭の上に乗っているのが眼鏡でないのなら、おれも探すのを手伝ってやろうと思うのだが。


「それは違うのか?」


 おれは御堂の頭を指差し、さっさとリビングから移動するよう顎を振って示す。

 さっきから空子がモジモジして、料理の準備がちっとも進んでいない。


 御堂はニパっと笑って眼鏡を下ろすと、そそくさと二階にあるおれの部屋へ行った。

 なあ……お前、なんで客間に行かないし。

 仕方ない。部屋を荒らされたくもないし、おれも二階へ上がることにした。


 ◆◆


 一階からカレーの良い香りが漂ってくる。空子はあんな性格だが、料理の腕はいい。

 一方で御堂は小さなテーブルを前にして座り、じっとおれを見つめていた。


「あんまり片桐を信用しない方がいいと思うよ」


 窓から差し込む夕日が眼鏡に反射して、御堂の表情が読めない。きらりん眼鏡現象、恐るべしだ。

 おれはベッドに座り首を傾げて、「べつに信用してる訳じゃないけど……」と言った。

 御堂が他人を悪く言うのは珍しい。

 いや、これは別に悪く言っている訳でもないか。


「じゃあ言い方を変えるけど、近づかない方がいい」


「なんでだよ。おれが男の時には、そんなこと言わなかっただろ?」

 

「そりゃそうだよ。男同士だったら孕まないもの」


 おれはちょっとだけ口に含んだ麦茶を吹き出した。御堂の顔が濡れる。


「ヤらなきゃ孕まないだろ! おれにそんなつもりはねぇよ!」


「ふうん……でも今日は、随分と仲が良さそうに見えたけど」


「そりゃ、告白はされたけどさ。そんだけで妊娠とかしねぇだろ」


「わかんないよ? 男が女になったんだから、いきなり妊娠したって不思議はないでしょ」


 眼鏡についた麦茶を拭きながら、御堂が言う。その声が余りに冷たかったので、おれは背中に悪寒を感じてぶるりと震えた。


「ん? オシッコ漏らした?」


 御堂が期待に満ちた眼差しで、おれの股間を眺めている。

 ちくしょう、このド変態が!

 おれはグーパンチで御堂に殴りかかってみるものの、見事に受け止められてしまう。


「今の洋ちゃんの力は、こんなもんなんだよ。ぼくだってあまり他人のことを悪く言いたくないけど、片桐に関しては良い噂を聞いたことが無い。

 例えば、どうしても彼女にならなかった人を無理矢理って話とか……そんなのばっかりだからさ」


「それは噂だろ? あれは片桐本人も否定してたはずだ」


「……でも、相手の子は無理矢理って言ってたよ。どっちを信じるかは洋ちゃん次第だけど」


「てゆーかお前、なんで相手の女の話を知ってるんだ?」


 そう、不思議なのはそこだ。

 御堂に女子の友人なんていないはず。

 万が一いても、これ程の重大な秘密を告げられる程ともなれば親友だ。

 そして御堂に親友と呼べるのは、正直嫌だがおれくらい。なのにこんな話を知っているのはおかしい。


 おれは御堂に疑いの眼差しを向けた。

 肩を竦めて御堂が薄笑みを浮かべる。


「ああ、ぼくは観葉植物を自任する男だからね、その子が親友と話してるのを聞いたんだよ。そのまま百合展開になるかと思ったら、全然ならなくてがっかりだったさ」


「そ、そうか」


「でもお前、植物ではないよね?」


「ふふ……カーテンにくるまって息を殺しているくらい、朝飯前さ」


 ふむ、つまり教室で盗み聞きか。ホント最低だな。


「でも親友ちゃんがその子の頭を撫でている姿は……中々に尊かったよ」


 うん、話が逸れた。


「そんな訳だから、僕は洋ちゃんと空子ちゃんの百合展開を望んでいるとはいえ、不孝の結果そうなるのは嫌なんだ。だから警告させて貰おうと思ってね」


「なるほど」


 おれは腕を組んで考えた。

 心配自体は杞憂だと思うが、心配させ続けるのも心苦しい。

 コイツならある程度オブラートに包んで、事情を話しても良いだろう。

 こいつは勘が鋭いし受け入れも早い。それは地頭が良いからなのだろうが、だとすればおれの遠回しな説明で真実に辿り着いてくれる可能性だってある。

 その場合、おれが一人で悩むよりもより良い解決方法を思いついてくれるかも知れない。


 ただ、他人に真実を話したことが女神にばれたら、おれはどうなる?

 だけどおれは意を決して、御堂を正面から見つめた。


「なあ、御堂。例えばだが、お前が女になってしまったとして、男に告白されたいなと思った場合……」


「え? 男に好かれたいの……?」


 あれ、おれは何か言い方を間違えたのだろうか?

 御堂の眼鏡がずれて、Tシャツもずれて肩が露になっている。元々おれのTシャツは、御堂の身体には大きい。それに口元が波打って、凄く嫌そうな表情だ。


「洋ちゃん……それは精神的B……L……ぼくは百合こそ至高だとあれほど……」


「アニキー! 漣ちゃん! ごはん出来たよー!」


 そこへ妹から声が掛かり、おれ達は食事の為に一階へと降りるのだった。

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