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8 お風呂と親友

 

 ◆


 授業が終わると、片桐がすぐに声を掛けてきた。


「一緒に帰ろうぜ。何かおごるよ」


 軽く左目を閉じて、微笑んでいる。何をおごってくれるというのだ? 

 いや、所詮はチャラ男。ペットボトルのジュースが関の山だろう。そんな訳で、断ることにする。

 

「いや、ほらおれ、病院いかなきゃなんねぇから。つーわけで、じゃ」


 おれは踵を返し、さっさと教室を後にする。

 もちろん病院に行く気は無い。

 このTSが神様の罰やら悪戯なら、人間の科学で元に戻すことなど出来ないからだ。

 仮に出来たとして、それは物理的な工事となる。

 となると穴を閉じて棒を作る作業となるのだろうか? 考えるだけでも胃が痛い。

 何より工事をしたとして、「ハンサムに告白されないと死ぬ」という条件が有り続けるなら、自分が不利になるだけだ。


「まてよ!」


 チャラ男こと片桐がおれに追いすがり、肩をつかんだ。

 一応、おれも鬼じゃない。コイツには心からの告白をしてもらったことだし、振り返って小首をひとつ、かしげてみる。

 表情がげんなりしているのは、工事について考えていたからだ。仕方がないだろう。


「なんだ?」


「なんだ、じゃねぇだろ。お前さ、俺に好きだって言わせといて、それに対する答えはねぇのかよ?」


「ああ……」


 そう言われても、正直困る。おれにとっては告白されることが目的だった訳だし、それが達成された以上、答えなんてありはしない。

 もしも片桐がおれとキスをしたいということなら、断じてそれはノーサンキューだ。


「ああ、じゃねぇだろ」


「あ……ありがとう、気持ちは嬉しいよ。でも、おれも昨日まで男だったんだ。それがいきなりお前となんてさ……」


 片桐の顔色が、僅かに変わった。


「……それも、そうだったな、悪ぃ。俺もなんか焦っちまった、お前ってすげー可愛いから……他のヤツに取られたくなくてさ」


 片桐にそう言われて、おれは思わず自分の顔を手でペタペタと触ってみた。

 べつに男だった頃と、それほど変わったとは思えないのだが。

 強いて言うなら、とにかく髪が伸びた。そんなとこだ。


「片桐、お前さ……相変わらずホント、チャラいな。気持ちわりぃよ」


 とはいえ……言いながらも自分の頬が熱い。

 何というか、モテてチヤホヤされるのと違う。これが愛されるということだろうか。なんとも照れくさい。

 だから憎まれ口を言いながらも、気持ちがバレないように下を向いて誤摩化す。


「へぇ」


 キョトンとしている片桐の胸板に、おれは軽く拳をぶつけた。


「また明日、学校で」


 何となくおれは片桐の顔を見ることが出来ず、そのまま走って学校を後にした。


 ◆◆


 家に帰り、とりあえず風呂に入る。

 鏡の前に立ったおれは、明らかに女だ。胸が膨らんでいて、股間にあるべきものが無い。

 だからといってべつにそれが悲しいかと言えば、正直そうでもない。

 なんというか、現実感が無いのだ。


「美人……ではある」


 客観的に自分を評価すれば、確かに美人だった。

 比較的大きな瞳は緑色で、滑らかな白い肌は豆腐……いや、白磁とでも言っておこう。

 高い鼻筋は日本人離れしているが、小さな口が無邪気そうな印象を与える。

 

 まあ、可愛さと美しさのハイブリットだ。

 自分で言っててどうかと思うが、世界的にみてもこれはヤバい。

 本来だったらそんな女の裸を見れば、男として欲情してしかるべきだろう。

 しかしおれは小首を傾げ、何の反応も見せない股間に手を当て、溜め息を吐いた。


「でも自分じゃなー」


 正直、泣きたい。おれはこの現実を受け止めたくないのだ。

 男なら多分、大半が鏡の前の女と付き合いたいと思うだろう。

 なぜそう考えることができるかといえば、それはおれが男だったからだ。

 当然理性の部分は今でも男だし、だから気持ちも男のつもりである。


 それなのにおれは、鏡の前にいる女に欲情できない。

 多分理由は、それが自分であるからではなく、もっと根源的なもののような気がするのだ。

 つまりおれの身体は女になった。だから女の身体を見ても、なんとも思わないということ。


 がっかりだ。

 

 胸の先端を鏡に映し、じっと見る。

 桜色の突起が、男の頃よりも大きい。

 なんとなくそれを御堂に吸われる想像をしてしまい、おれは悶絶した。


「うわああああ! あんなヤツに吸われたくねぇ!」


 冷水のシャワーを浴びて、おれは心を落ち着かせる。それから浴槽に入って、身体を温めた。

 

 てゆーかおれ、何をしてるんだ……?


 しばらく浴槽に浸かってぼんやりしていると、風呂のドアが開いた。

 そして一糸纏わぬ御堂が入ってきて、おもむろにシャワーを浴び始める。


 おれは浴槽の中から御堂の顔に似合わぬ立派なモノを見つめ、頭を振った。

 どういう訳か、頭がぼーっとしていたからだ。


「わっ、洋ちゃん! いたのっ!?」


「いるわっ! 気付けよ! てゆーか、なんで人ん家で勝手に風呂入ってんだよっ!」


 おれは御堂に背を向けながら言った。咄嗟に腕で胸を隠す。


「なんかさ、空子ちゃんからラインが来てね。家に男の人がいなくなって不安みたいで、暫く泊まってくれないかって」


「はぁ? なんで空子がおれを通り越して、お前に頼んでんだよ!」


「そりゃあ洋ちゃんが女の子になっちゃったからでしょ? 僕としてはサボテンとして二人の姿を見守る係だから、願ったりかなったりだけどね」


 眼鏡をクイクイとやりながら、モノを丸出しで御堂が言う。


「しかし、いいピンク色だね!」


 御堂の視線を追うと、そこにはおれの胸があった。

 うわ、うっかり御堂の方を向いてた。完全に見られた!

 いや、それよりも重要なのは御堂の立派なモノが、少しばかり膨らんでいることか。


 慌てておれは後ろを向き、大声で叫ぶ。


「てめぇ、出てけ! 親友の胸を見て、ち○こ起ててんじゃねぇよ!」


「うわぁ! ぼくとしたことがっ! で、でも大丈夫! ぼくの心は鉄のサボテンだから! 絶対、洋ちゃんに欲情なんかしないってっ!」


「あ、当たり前だ! お前がおれに欲情しやがったら絶交だからなっ!」


 言いながら、少しだけおれは悲しかった。

 もしもおれが本当に女として生きて行かなければならないなら、そんなおれを本当に理解してくれるのは御堂だけなんじゃないか? そう思ったからだ。

 けれどおれと御堂は男同士の親友であって、だからこそ男女の仲になってはいけない。

 多分、お互いにそう思っている気がした。


 おれは御堂を追い出すと、風呂から上がって服を着た。

 その後、御堂はもう一度浴室に現れて、おれに言い訳をする。


「服、もう着た? ぼく、本当に洋ちゃんが入ってるって知らなかったんだ、ごめんよ。ぼくが見たいのはあくまでも洋ちゃんと空子ちゃんの百合っぷるだから、洋ちゃん単品じゃ駄目なんだ……」


 なんかおれが思ってたのと違った。

 とりあえずコイツ、グーで殴っておこうかな。

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