6 チャラ過ぎる男
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ホームルームが終わり、授業が始まった。
一限目は数学だが、話を聞いている場合じゃない。おれは一日一回、ハンサムとやらに本気の告白をされなきゃいけないのだ。
といっても、担任の顔をまじまじと見れば、まあ整った顔をしている。それに大人だし、女の扱だってある程度はなれているだろう。てことはハンサムと云えるのかもしれない。
いや……だが教師はダメだ。
告白されなければならない以上、この身分差は明らかなハードルとなる。
教師が生徒に手を出したら、懲戒免職だけじゃ済まないだろうからな。
だから初志貫徹。狙いはやはり、同じクラスで茶髪ピアスの片桐欄丈だ!
あいつは確かにチャラい。しかしだからこそ、女の扱いに長けている。つまりハンサムなのだ。
その上、どの女も口説く時は本気だと豪語しているから、上手くハマれば熱のこもった告白をしてくれる可能性が高い。
おれはさっそく片桐に熱い視線を送り、微笑んで見せる。
アイツはおれの左隣の席に座っているから、ちょっと横を向くだけで視線が合った。
もともと片桐とおれは、親友とまでは呼べなくとも、決して不仲ではない。よく一緒に服を買いに行ってるし、何よりアイツは読モであるおれに、一目置いているはずだ。
「ちょ、栗栖、まじで可愛くなっちゃってー。女でも読モ、出来るんじゃね?」
小さな声で、興味津々といった体で食いついてきた。片桐も当然、授業など聞いていないようだ。
「わかんねーけど、金くれるってゆーなら考えるわ……それも」
「いいねぇ、生まれながらに恵まれた容姿を持ってるヤツはぁ」
「それを言ったら片桐、お前だってそうだろ? 読モやったことあるし、事務所からも誘われてたんだろ?」
「あー、そうなんだけどさ、そこの事務所の子を食っちゃったら、やっぱイラネーって」
「……そりゃ、そうだろうがよ」
なんとなくイラっときて、顔を背ける。こんなヤツの気を引かなければならない自分が、酷く情けない気がしてきた。
「つっても、本気だったぜ?」
「はいはい。どうせ一ヶ月の本気だろ」
「まーな。つか、なに怒ってんだよ。お前だってそうだったじゃん」
「うっせーな。そうだけど、そりゃやっぱ、よくねーって思ったんだよ!」
「へぇ……女になると、心境って結構変わるもんなのか?」
「そ、そんなことねぇよ……あっ!」
片桐の質問で、おれは思わず持っていたシャーペンを床に落とした。
それを拾ってくれたのは御堂で、眼鏡をクイっとやりながら「片桐と話すと、孕むぞ」と脅してくる。
「「孕まねぇよ!」」
片桐とハモッた御堂への返事のお陰で、おれの動揺は悟られずに済んだらしい。
それにしても、自分の感覚が女に近づいているかも知れないと思うと、ゾッとする。
それからも午前中いっぱいを、片桐との会話に費やす。授業なんて、一切聞いていない。
とにかく片桐は、おれが落ちると思えば今日中にも告白をしてくるだろう。
ちょっと騙してるみたいで申し訳ないが、あとで事情を説明すれば、コイツならきっと許してくれるはずだ。
……なんつーか片桐って、根はいいヤツなんだよ。
◆◆
昼になり、購買に昼食を買いにいく。片桐も購買組だから、自然と一緒に廊下を歩くことになった。
まあ、今までずっと話していたから、当然の流れだろう。
ちなみに御堂は何故か、一人でさっさと教室から出て行った。今までは昼になるとおれを誘って、「百合探訪」とかいう訳の分からないことをしていたはずなのだが。
まあいい。今日に限っていえば、これは実に都合のよいことだ。
とはいえ、「あさおん」してしまったおれに付きまとう者は多い。男女共に興味津々といった様子で、様々な質問を浴びせてくる。
「ねー、洋くん。元に戻れないのー?」
「でも、すっごい美人だよねー。これなら普通にモデルも出来るんじゃないー?」
おれを取り囲む女子達は、今まで比較的絡んでいなかった者が多い。多分だが、男としてのおれに興味を持たなかったからこそ、今のおれをすんなりと受け入れてくれた人たちなのだろう。
「頼む、一回千円でいいから、おっぱい触らせて!」
「抱きついていい? いや、俺、ホモじゃないけどさ……」
対して男子達は、童貞組が大半を占めていた。
購買に着くと、見事な人だかりができている。
女子としては高身長の部類に入るおれだが、しかしだからといって、この人垣の中をかき分けて目的の商品に辿り着くなど不可能だ。なんていうか、明らかに弱体化している気がした。
おれは片桐を見上げ、眉根を寄せて言った。
「背が高いって、それだけで得だったんだな」
「そりゃそうだろ。で、お前、食い物の好み、男の頃と変わった?」
片桐がニヤリと笑って、問いかける。おれは頭を左右に振って、答えた。
「おっけー、ちょっと待ってろ」
おれの頭にぽふんと手を置き、片桐が言う。
昨日まではおれよりも頭半分ほど小さかったくせに、生意気な。
ムッとして見上げると、相変わらずのチャラい笑顔があった。
片桐はおれを残し、人垣の中へと突っ込んでゆく。
「わりぃ、通してくれ」
柔和な笑みを浮かべて通るヤツを見ると、誰もが「しょうがないなぁ」という表情を浮かべていた。
殺伐とした購買の前だというのに、ヤツには順番飛ばしすら許されるというのか。これが人徳だとしたら、チャラさも侮れないと思う。
暫く待っていると、片桐が袋に入ったホカホカの牛丼弁当を持って帰ってきた。他には緑茶と牛乳、あんぱんも持っている。
「ほら、栗栖。お前っていつもコレだったよな?」
「お、おお……ありがと」
「じゃ、教室に戻るか」
「い、いや。ちょっと疲れたし、天気もいいから外で食わねぇか?」
牛丼を受け取り、片桐と共に校舎を出る。
教室へ戻ることを拒んだのは五月の陽気と、おれの萎びた足腰の筋力のせいだ。
それにおれには、大望がある。コイツには、心からの告白をしてもらわなければならないのだ。となると、二人きりになる方が、間違いなく都合が良い。
「なに、お前? もしかして階段降りただけで疲れたとか? よろけてるぞ」
「う、うるさい。まだ、この身体に慣れてないだけだ」
校舎をぐるっと周り、目立たないベンチに二人並んで腰を下ろす。
牛丼の蓋を開けると、湯気がフワリとおれの顔を覆った。
紅ショウガを中央に載せたら完成で、牛丼が見事なハーモニーを奏で始める。
「あ、そうだ。ほい」
割り箸を割ったところで、おれはあることに気がついた。まだ片桐に金を払っていない。なので財布から五百円を取り出して、ポイと渡す。一緒に買ってくれた緑茶の代金も入っていた。
「おう」
片桐が五百円をしまっている間に、おれは牛丼を食べ始めた。
「おお、はえぇ。お前ってさ、女になっても牛丼をかっこむのな」
「うるへぇ。食い方なんか、そう簡単に変わるかよ」
「……だな。でもよ、その食い方、すっげぇ可愛い」
「ブフォォッ!」
思わずむせた。お陰で米と肉が飛び出し、汚いことこの上ない有様だ。
しかし片桐はその有様を見て笑い、それどころかおれの頬についたご飯粒を摘んで食べた。
「うん、最高だぜ」
風が吹いた。
片桐はあんぱんを頬張り、牛乳の入った紙パックにストローを刺す。
「可愛いって、何だよ……からかってんじゃねぇよ。おれ、昨日まで男だったんだぜ?」
「でも、今は女だろ?」
片桐がおれの髪を撫でた。どうしていいか分からず、おれはさらに牛丼をかっ込む。
美味い! これに卵があったら最高なのに! って、違う!
「こっちを見ろよ、栗栖」
「い、今は、牛丼食ってんだよ!」
「なあ、なんで朝から、俺に色目なんか使ってたんだ? 気づかねぇとでも、思ってたか?」
片桐の言葉に、背筋がゾッとした。
「気付いてて、なんでおれに付き合ってたんだよ……」
「決まってんじゃん。俺、お前のことが好きだから」
(チャリーン)
「何言ってんだよ! おれ、昨日まで男だったんだぞ!?」
「お前こそ、何言ってんだよ。俺はお前が男だろうが女だろうが、どっちにしても好きだっていってんだよ」
(チャリ、チャリーン)
この調子なら、計画は上手くいきそうだ。グッジョブ、おれ。
しかし同時におれは、片桐の隠された性癖にも気付いてしまったのである。
ていうか、頭ん中で響く「チャリーン」って音は、いったい何なんだ?




