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6 チャラ過ぎる男

 

 ◆


 ホームルームが終わり、授業が始まった。

 一限目は数学だが、話を聞いている場合じゃない。おれは一日一回、ハンサムとやらに本気の告白をされなきゃいけないのだ。

 といっても、担任の顔をまじまじと見れば、まあ整った顔をしている。それに大人だし、女の扱だってある程度はなれているだろう。てことはハンサムと云えるのかもしれない。


 いや……だが教師はダメだ。

 告白されなければならない以上、この身分差は明らかなハードルとなる。

 教師が生徒に手を出したら、懲戒免職だけじゃ済まないだろうからな。


 だから初志貫徹。狙いはやはり、同じクラスで茶髪ピアスの片桐欄丈かたぎりらんじょうだ!

 あいつは確かにチャラい。しかしだからこそ、女の扱いに長けている。つまりハンサムなのだ。

 その上、どの女も口説く時は本気だと豪語しているから、上手くハマれば熱のこもった告白をしてくれる可能性が高い。


 おれはさっそく片桐に熱い視線を送り、微笑んで見せる。

 アイツはおれの左隣の席に座っているから、ちょっと横を向くだけで視線が合った。


 もともと片桐とおれは、親友とまでは呼べなくとも、決して不仲ではない。よく一緒に服を買いに行ってるし、何よりアイツは読モであるおれに、一目置いているはずだ。

 

「ちょ、栗栖、まじで可愛くなっちゃってー。女でも読モ、出来るんじゃね?」


 小さな声で、興味津々といった体で食いついてきた。片桐も当然、授業など聞いていないようだ。


「わかんねーけど、金くれるってゆーなら考えるわ……それも」


「いいねぇ、生まれながらに恵まれた容姿を持ってるヤツはぁ」


「それを言ったら片桐、お前だってそうだろ? 読モやったことあるし、事務所からも誘われてたんだろ?」


「あー、そうなんだけどさ、そこの事務所の子を食っちゃったら、やっぱイラネーって」


「……そりゃ、そうだろうがよ」


 なんとなくイラっときて、顔を背ける。こんなヤツの気を引かなければならない自分が、酷く情けない気がしてきた。


「つっても、本気だったぜ?」


「はいはい。どうせ一ヶ月の本気だろ」


「まーな。つか、なに怒ってんだよ。お前だってそうだったじゃん」


「うっせーな。そうだけど、そりゃやっぱ、よくねーって思ったんだよ!」


「へぇ……女になると、心境って結構変わるもんなのか?」


「そ、そんなことねぇよ……あっ!」


 片桐の質問で、おれは思わず持っていたシャーペンを床に落とした。

 それを拾ってくれたのは御堂で、眼鏡をクイっとやりながら「片桐と話すと、孕むぞ」と脅してくる。


「「孕まねぇよ!」」


 片桐とハモッた御堂への返事のお陰で、おれの動揺は悟られずに済んだらしい。

 それにしても、自分の感覚が女に近づいているかも知れないと思うと、ゾッとする。


 それからも午前中いっぱいを、片桐との会話に費やす。授業なんて、一切聞いていない。

 とにかく片桐は、おれが落ちると思えば今日中にも告白をしてくるだろう。

 ちょっと騙してるみたいで申し訳ないが、あとで事情を説明すれば、コイツならきっと許してくれるはずだ。

 ……なんつーか片桐って、根はいいヤツなんだよ。


 ◆◆


 昼になり、購買に昼食を買いにいく。片桐も購買組だから、自然と一緒に廊下を歩くことになった。

 まあ、今までずっと話していたから、当然の流れだろう。

 ちなみに御堂は何故か、一人でさっさと教室から出て行った。今までは昼になるとおれを誘って、「百合探訪」とかいう訳の分からないことをしていたはずなのだが。

 まあいい。今日に限っていえば、これは実に都合のよいことだ。

 

 とはいえ、「あさおん」してしまったおれに付きまとう者は多い。男女共に興味津々といった様子で、様々な質問を浴びせてくる。


「ねー、洋くん。元に戻れないのー?」


「でも、すっごい美人だよねー。これなら普通にモデルも出来るんじゃないー?」


 おれを取り囲む女子達は、今まで比較的絡んでいなかった者が多い。多分だが、男としてのおれに興味を持たなかったからこそ、今のおれをすんなりと受け入れてくれた人たちなのだろう。


「頼む、一回千円でいいから、おっぱい触らせて!」


「抱きついていい? いや、俺、ホモじゃないけどさ……」


 対して男子達は、童貞組が大半を占めていた。


 購買に着くと、見事な人だかりができている。

 女子としては高身長の部類に入るおれだが、しかしだからといって、この人垣の中をかき分けて目的の商品に辿り着くなど不可能だ。なんていうか、明らかに弱体化している気がした。


 おれは片桐を見上げ、眉根を寄せて言った。


「背が高いって、それだけで得だったんだな」


「そりゃそうだろ。で、お前、食い物の好み、男の頃と変わった?」


 片桐がニヤリと笑って、問いかける。おれは頭を左右に振って、答えた。


「おっけー、ちょっと待ってろ」


 おれの頭にぽふんと手を置き、片桐が言う。

 昨日まではおれよりも頭半分ほど小さかったくせに、生意気な。

 ムッとして見上げると、相変わらずのチャラい笑顔があった。


 片桐はおれを残し、人垣の中へと突っ込んでゆく。

 

「わりぃ、通してくれ」


 柔和な笑みを浮かべて通るヤツを見ると、誰もが「しょうがないなぁ」という表情を浮かべていた。

 殺伐とした購買の前だというのに、ヤツには順番飛ばしすら許されるというのか。これが人徳だとしたら、チャラさも侮れないと思う。


 暫く待っていると、片桐が袋に入ったホカホカの牛丼弁当を持って帰ってきた。他には緑茶と牛乳、あんぱんも持っている。


「ほら、栗栖。お前っていつもコレだったよな?」


「お、おお……ありがと」


「じゃ、教室に戻るか」


「い、いや。ちょっと疲れたし、天気もいいから外で食わねぇか?」


 牛丼を受け取り、片桐と共に校舎を出る。

 教室へ戻ることを拒んだのは五月の陽気と、おれの萎びた足腰の筋力のせいだ。

 それにおれには、大望がある。コイツには、心からの告白をしてもらわなければならないのだ。となると、二人きりになる方が、間違いなく都合が良い。


「なに、お前? もしかして階段降りただけで疲れたとか? よろけてるぞ」


「う、うるさい。まだ、この身体に慣れてないだけだ」


 校舎をぐるっと周り、目立たないベンチに二人並んで腰を下ろす。

 牛丼の蓋を開けると、湯気がフワリとおれの顔を覆った。

 紅ショウガを中央に載せたら完成で、牛丼が見事なハーモニーを奏で始める。


「あ、そうだ。ほい」


 割り箸を割ったところで、おれはあることに気がついた。まだ片桐に金を払っていない。なので財布から五百円を取り出して、ポイと渡す。一緒に買ってくれた緑茶の代金も入っていた。


「おう」


 片桐が五百円をしまっている間に、おれは牛丼を食べ始めた。

 

「おお、はえぇ。お前ってさ、女になっても牛丼をかっこむのな」


「うるへぇ。食い方なんか、そう簡単に変わるかよ」


「……だな。でもよ、その食い方、すっげぇ可愛い」


「ブフォォッ!」


 思わずむせた。お陰で米と肉が飛び出し、汚いことこの上ない有様だ。

 しかし片桐はその有様を見て笑い、それどころかおれの頬についたご飯粒を摘んで食べた。


「うん、最高だぜ」

 

 風が吹いた。


 片桐はあんぱんを頬張り、牛乳の入った紙パックにストローを刺す。


「可愛いって、何だよ……からかってんじゃねぇよ。おれ、昨日まで男だったんだぜ?」


「でも、今は女だろ?」


 片桐がおれの髪を撫でた。どうしていいか分からず、おれはさらに牛丼をかっ込む。

 美味い! これに卵があったら最高なのに! って、違う!


「こっちを見ろよ、栗栖」


「い、今は、牛丼食ってんだよ!」


「なあ、なんで朝から、俺に色目なんか使ってたんだ? 気づかねぇとでも、思ってたか?」


 片桐の言葉に、背筋がゾッとした。


「気付いてて、なんでおれに付き合ってたんだよ……」


「決まってんじゃん。俺、お前のことが好きだから」


(チャリーン)


「何言ってんだよ! おれ、昨日まで男だったんだぞ!?」


「お前こそ、何言ってんだよ。俺はお前が男だろうが女だろうが、どっちにしても好きだっていってんだよ」


(チャリ、チャリーン)


 この調子なら、計画は上手くいきそうだ。グッジョブ、おれ。

 しかし同時におれは、片桐の隠された性癖にも気付いてしまったのである。

 ていうか、頭ん中で響く「チャリーン」って音は、いったい何なんだ?

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