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5 はじめての着替え

 

 ◆


 どういう訳か、御堂が持って来た制服は女子用のブレザーだった。しかもブラジャーとパンツのオマケまでついている。


「はい、洋ちゃん。着方はわかる? ブラの付け方とかスカートの短く仕方とか、分からなかったら教えるよ?」


 御堂がおれの手を引き、二階へ上がる。コイツにとっても我が家は、勝手知ったるものなのだ。

 時間もあまり無い。女になった上に遅刻までしたら、目立って仕方ないだろう。だからおれは御堂に後ろを向かせ、ブカブカのスウェットを脱ぎ捨てた。


 姿見に映る姿は、驚く程奇麗だった。

 

 胸は大きすぎずふくよかで、腰のくびれを強調している。ぷっくりと膨らんだ尻からは長い足が伸びて、身体の均整を美しく保っていた。

 身長百七十センチ弱で八頭身の緑眼美女が、今のおれの姿だ。


 といって、自分に欲情できるはずも無く、後ろを向いた御堂から無造作にパンツを受け取った。それは無地だがレースの黒いパンツで、そこはかとなくエロさを醸し出している。


「おい、御堂。これをおれに履けと?」


「うん、履いたら見せてね」


「見せるかっ!」


 正直、いくら身体が女になったとはいえ、いきなりコレを履くのは抵抗があった。だからおれは衣類の入ったケースから灰色のボクサーパンツを取り出して、今まで通りにそれを履く。

 本来収まるべきふくらみの部分に何も無いから少し緩い気もするが、この程度は許容範囲内だろう。


「ああーっ! 洋ちゃん! どうしてそんなパンツを履くんだよぅっ!」


「見んなよっ!」


 それからブラジャーを付けると、御堂に言った。


「もうこっち向いていいぞ。ブラウスは普通に着れるけど、このスカートはどうすんだっけ? 空子は?」


 ブラジャーを自分で付けられた理由は、何度も女と朝帰りをした経験があるからだ。付け方くらい、バカでも見ていれば分かる。


「う、うわ……洋ちゃん……そのエロい身体……ああ、空子ちゃんは気持ち悪いから、下で待ってるって」


 御堂が二歩後ずさって、目を覆っている。


「ちっ、アイツ。お兄ちゃんが困ってるってのに、なんて無責任な!」


「ぼくだって、今の洋ちゃんと空子ちゃんが二人でイチャイチャ着替えをしてたら、それだけでご飯三杯はイケるのに……悔しいさ……!」


「いや、お前の言ってることは、意味がわかんねぇ。それよりさ、ブラウスは普通に着れるけど、スカートはどうすんの? なんか折るんだろ? 短くしないと、カッコ悪ぃしさ」


「ああ、そうだね。上の部分を折って、このベルトで止めて。それからプリーツを整えて……と。これで大丈夫」


 御堂はおれの着付けを完了すると、満面に笑みを浮かべた。


「その不機嫌そうな顔はどうかと思うけど、ぼくが今まで見た中で、一番奇麗だと思うよ! 正直言って今の洋ちゃんと釣り合うのは、空子ちゃんくらいだね! ほんと、二人が百合ったら最高なのに! ぼくなんか、その尊さで爆死しちゃうよ!」


 相変わらず御堂の言っていることの意味が分からない。分からないが、何故かコイツは女になったおれを前にして、一切の欲望を抱かないらしい。

 まあ、どうせコイツはハンサムとやらにも該当しないだろうし、親友のままでいてくれるなら有り難いことなんだが。


「お、おう。ていうかお前の性癖、相変わらずわかんねぇわ……ま、今は有り難いけどさ」


「そう? ぼくの性癖なんて普通だよ? ただ単に、百合こそ至高って思ってるだけだもの。だからぼくにとって女の子は、ただ眺めるだけの存在なんだ。そこに男が入っちゃいけないの」


 おれは御堂の鈍く光る眼鏡のレンズに気圧され、目を背けた。そのついでに話題を変える。


「へ、へえ。ところでさ、御堂。なんでお前がこんな服、持ってたわけ?」


「そんなの、決まってるじゃない。ぼくがある日“あさおん”したとしても、絶対に困らない為さ」


「ふうん。着付けも完璧だったけど……」


「当たり前でしょ! いざって時の為に、練習を怠った日はないよ!」


 うん、そうか。備えあれば、憂いなし、か。

 ていうかコイツの趣味、女装だったんだな。

 つまり学校一の秀才は、学校一の変態だったということだ。

 なんか頭がクラクラしてきた。


 一階に下りて玄関前に戻ると、空子の生暖かい眼差しが突き刺さる。


「今、私はアニキと漣ちゃん、どっちに気持ち悪いと言うべきか、非常に悩んでいるわ……結局、私を呼ばずに着替えを済ませるなんて、二人とも頭がおかしいんじゃない?」


「お、おれは女性経験があるからだな、その……ブラジャーくらい付けられるんだよ」


「ぼくだって、いつ女子になるか分からないからね。練習を怠ったことが無いだけさ」


「そ、そう。まあ、いいわ……」


 流石に空子も親友の性癖に、唖然としているのだろう。

 コイツはもしかしたら、御堂に淡い恋心を抱いていた可能性すらある。

 その意味で御堂は、今日、空子に関するフラグを木っ端みじんに破砕したはずだ。

 うん、まあ兄としてそれは、重畳というべきだろうか。


 ともあれ、朝の時間は短い。早く登校しないと間に合わないという時刻になり、慌てておれ達三人は学校へ向かった。


 ◆◆


「いやー、洋ちゃんってすごいね。簡単に環境にとけ込めるっていうか、受け入れが早いっていうか……ぼくだったら、一日は女の子になったことを堪能するなー。鏡で裸をじっくり見たり、気持ちいい所を探したりさー」


 学校へ向かう道すがら、眼鏡をクイクイしながら暴言を吐く御堂を、まるでゴミ虫を見るような目で見ていた空子が印象的だ。

 

「私、漣ちゃんを誤解してたかも……ちょっと変だけど、基本は強くて勉強もできるすごい人って思ってたのに……」


 うん、そうだぞ、空子。御堂は学力と武力が眼鏡を掛けただけの、単なる変態だ。こんな奴の為に立てたフラグなど、バッキバキに壊してしまえ。


「でも……ちょっと変わったところも魅力だよね」


 ……は? 空子? お前、なんて言った?


 当の御堂はおれと空子の少し後ろを歩き、「ねえねえ、ここは一つ、姉妹で手を繋いで登校してみない? もしかしたら洋ちゃん、それで元に戻るかもよ〜」なんて言っている。

 試しにおれ達が手を繋ぐと、


「TS百合、妹萌え! 尊い!」


 と叫んで悶絶した。

 空子は「もう、漣ちゃん! 冗談はやめてよね!」なんて言っている。

 だが残念だったな、空子。御堂のアレは、思いっきり本気だったと思うぞ。

 

 学校へ着くと空子と別れ、おれと御堂は一緒に三年の教室へと向かう。

 我が校では三年の教室は三階にあり、二階が二年、一階が一年となっているのだ。


「どうして年々、上がるべき階段の数が多くなってゆくのかね? 老人はいたわるべきじゃないのかね……」


 というのが毎年、三年生が後輩達に語る怨嗟の声だった。


 教室に着いて席に座ると、おれを見た者は男女ともに驚きの表情を浮かべている。

 おれは口をパクパクとしていた。何かを言わなければと、心ばかりが焦っている。

 男のおれなら多分だが、堂々と薄笑みさえ浮かべて「女になっちまったが、まあ、よろしくな」とでも言えただろう。

 しかし今のおれには、無理だった。


 御堂と目が合った。アイツは小さく頷き、咳払いをして皆の注目を集める。

 それからアイツは、まるで演説でもするかのように右手を高々と掲げて、こう言い放ったのだ。


「なんと洋ちゃんが、“あさおん”を遂げました! 男から女に! 世界がまさに待ち望んだことでありますっ!」


 何バカなこと言ってんだ……こいつ。そう思った。

 しかしこれは事実だし、皆に伝えなければならないことだった。

 けれどおれは自分の顔が耳まで真っ赤に染まったことを自覚しつつ、何も言えない。

 そんなおれの耳に、良く知っている皆の声が聞こえてくる。


「めちゃくちゃ美人じゃねぇか」


「へぇ」


「男の時もイケメンだったけど、女の方が全然いいな」


「おっぱい触らせてくれー!」


「ちょっと、男子! 洋くんだってまだ戸惑ってるんだよ。男の子に戻れるかもしれないし!」


 こんなざわめきも、朝のホームルームが始まると、嘘のように消えた。

 しかし教師がその件に関する話を始めると、流石のおれも声に出して驚きの声を上げてしまう。


「えー、さっき御堂が話していたようだが、栗栖が“あさおん”したらしいな。まあ、珍しい病気ではあるが、感染することはない。みんな、これからも彼――ああ、いや。彼女と仲良くするように。

 あー、それから栗栖。なるべく早いうち、医者に見てもらえ。診断書を役所に出して、戸籍を変更しなきゃならんだろう。保護者の方には先生から話しておくから、心配するなよー」


「ええっ! 簡単に受け入れられるようなことだったんすかっ!?」


 なんですと? “あさおん”が病気扱いになっているですと? しかもわりと、すんなり受け入れられる系とは、一体全体どうなっていやがる。

 などとおれが疑問に思っていると、またも金髪ツインテール神様の声が脳内で響くのだった。


「ふひひひほへ。わしは神じゃ。そなたがその姿で生活する上で、ある程度の便宜くらいは図ってやろうぞなもし……!」

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