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3 女神の提案

 

 ◆


 眩しい。

 もう、朝だろうか? ていうか、ここはどこだ?

 空は高く澄み渡り、雲のような白いふわふわの地面からは、大きな木が何本も生えていた。

 黄色やピンク色の蝶がパタパタと飛んでいて、小鳥がさえずっている。


 青い鳥が地面に落ちている何かをついばみつつ、おれの方を向いて言った。


「あいつ、女神様の客か?」


 黄色い鳥が、つぶらな目でパチパチと瞬きをしながら答える。


「ああ。なんか最低の奴だから、女にしたった! って仰ってたよ」


 そう……小鳥がさえずっている……って、おい! なにお前等、日本語をしゃべってんだ!


 おれが睨み据えると、小鳥達は慌てて逃げ散った。


 どうやら夢を見ているようだ。そういえば、明日に備えて眠った記憶がある。


「くそっ! 焼き鳥にして食っちまうぞっ!」


 まったく我が夢ながら、ろくでもない。女になんかなるから、こんな夢も見るのだろう。

 そう思いながら額の汗を手で拭っていると、空から七色の光が降り注いだ。それがスポットライトのように、おれの目の前に広がってゆく。


「やれやれ……早速死んでしもうたか……」


 スポットライトの中央に、うっすらと透けて見える幼女が現れた。額に手を当て、よろめいている。その様は、いかにも大仰だ。

 幼女はローブのような白衣を着て、黄金の錫杖を左手に持っていた。


「は?」


「は? ではないわ、栗栖洋。そなたのような、女を人とも思わぬろくでなし。そなたなど、簡単に殺しても構わぬのじゃぞ? それをわざわざ、改心の機会を与えてやったと言うに……」


 幼女は金髪でツインテール、星形の青い瞳をキラキラさせて、舌っ足らずなしゃべり方だ。

 もしも御堂が彼女を見たら、きっとお持ち帰りを希望するだろう。


 良かったな、幼女。目の前にいるのが、このおれで。

 おれは優しいから、ちょっと悪戯するくらいで勘弁してやるぞ。


「なんだよ、透けてるガキのくせに……」


「そなた、わしの髪をひっぱるな! むむうっ、無礼なことを考えておるな! 控えよ! わしの名は、ローラ・ローリング・ロール! 世界を創りし五柱の女神が一子! その友達なるぞ!」


「ずいぶんとクルクルした名前だな。そんでわりと、どうでもいい立ち位置だろ、そこ」


「む、む。何がクルクルか! ふざけておると、有無を言わさず冥土へと送るぞ! ともかくわしも女神なのじゃっ!」


「はいはい。どうせおれの夢の中なんでね、何とでも言えよ」


「ほう。そなた、そのような勘違いをしておるから、余裕ぶっておるのじゃな?」


「勘違い?」


「そうじゃ、これは夢などではないぞ。それが証拠に、ほれ……」


「……いてっ! いてててっ!」


 うわああ! おれの腕が、勝手にねじ曲がってく。しかもクソ痛てぇ!


「どうじゃ? 夢であれば、かように痛みを感じるはずもあるまい。もしも感じたとすれば、容易に目覚めるであろうが」


 おれは幼女神の言葉に頷き、憮然とした。


「わしはのう、そなたの女の扱いが気に入らなかったのじゃ。己の美貌にかこつけて、次々と女を籠絡する。それだけならばまだしも、心を弄び、不要となればあっさりと捨ててゆく……」


「そんなこと、お前に関係ないだろ……それに……」


「女の方も悪いと、そう申すのであろう? だがのう、洋。女達の中には、そなたのことを心底から愛していた者もおったのじゃ。その一人が先日、自殺した。そして我の下に来て、こう言ったのじゃ。

 ――洋が心配です。このままだとあの人、心が壊れちゃう。貴女が神様というなら、見守ってあげてください、とな」


「……自殺した、だと? その女ってもしかして……」


「地味な魂の女じゃった。と言っても……生前は髪を赤く染め、カラーなんとかで瞳を大きく見せたりと……随分派手な見かけをしておったようじゃ。名は、奏柳加恋そうりゅうかれんといったかのう」

 

「……加恋かれんが? おれの心が壊れるとしたら、てめぇが死んだっつー罪悪感だろうがよ……」


「あの娘が死んだことを、そなたは知らなかったではないか。わしが伝えるまで、な」


 おれは思わず、拳を握りしめた。

 加恋が死にたいと願い、実際に死んでしまう程、おれは彼女を苦しめてしまったのか。それなのにアイツは自分の死をおれに知らせず、おれが苦しむことを望まなかった。


「そういうことじゃ」


 幼女神が心を読んだのか、小さく頷いている。


「わしは、あの娘に心を打たれたのじゃ。あの娘の身の上話、そなたは知っておるか?」


 女神の問いかけに、おれは首を左右に振った。

 加恋の過去に興味なんて無かった。ただ単に派手な見かけで、適当に遊べる女だと思っていただけだったから。


「……あの娘はな、早くに両親を亡くし、施設で育ったのじゃ。凄惨な虐めにもあったらしい。ゆえにな、あの娘にとっては、そなたが全てとなったのであろう。それが理由も分からず失われたのじゃ。己の命の価値を見失ったとて、仕方のないことであったろうよ」


「だから、どうしたって言うんだよ。アイツの過去なんか、おれには変えられなかったし、どうにも出来なかったよ。興味を示さなかったおれが悪いってんなら、このままおれを殺せばいいだろ……」


 いつの間にか、おれは下唇を噛み締めていた。顎に血が滴り、鉄の味が口の中を占める。

 馬鹿な女だと思う。ちょっと美人で、単なるヤリマンだと思っていた。

 加恋はおれが呼べば、何時だろうとどこだろうと、フルメイクでやってきた。それがおれには重く、邪魔に思えたのだ。

 だから、一方的に別れ話を切り出した。以来、連絡が途絶えていたけど、まさか死んでいたなんて。


 おれは両手を広げて、薄笑みを浮かべた。我ながら、嫌な奴だと思う。


「――ダメじゃ。そんな楽なことで、償える安き罪と思うなよ? そなたはこれから女として生き、一日一度、ハンサムから心の籠った告白を受けよ。そして真実の愛を見つけたとき、男に戻してやろうぞ」


「な、なに? そういう理由で、おれは女になっちまったのか?」


「そうじゃよ、やっとわかったか。そして、そなたが真実の愛を見つけたとき、加恋の魂もまた、蘇るという寸法である。どうじゃ、わし、冴えとるじゃろ?」


 おれは首を捻った。

 

「なあ、神様。加恋はおれに惚れたまま死んだんだろう? そのおれが女になって男とくっついても、問題ないのか?」


「それに関しては、無いのう。加恋の記憶は転生時、削除するゆえ。だってのう……あまりに不幸な生い立ちじゃ。覚えておっても、何の役にも立つまい?」


 眉を八の字にした女神は、一つ咳払いをして無い胸を反らした。


「じゃあ、さっさと転生させてやればいいだろうっ!」


「そ、そんなことをしては、わしが面白くなくなって……うぉっひょん、ごほんっ、げふぅん! そのようなことで、そなたの罪が償えようか! そなたが今まで女に与えた苦痛を、その身をもって痛感するがよいっ!」


 女神が額の汗を拭っている。今、「面白くなくなる」とか言いかけなかったか?

 なんかこの女神、おもしろ半分にやっている気がする。 

 

 だけど、まあ仕方が無い。

 加恋が死んだ理由がおれにあるなら、転生の手助けくらいしてもいいだろう。

 そもそもアイツに死ぬほどの罪なんてないし、笑顔を思い返してみれば、確かに悪い女じゃなかったと思う。

 それにおれだって、純粋に男に戻りたい。


 というわけで、条件の詳細を聞くことにした。


「わかった。で、詳細なんだが……一日一度の告白を受けられなかった場合、どうなるんだ?」


「そうなったら、死んで地獄行きじゃな。そなたの様な外道に、転生の道はない。むろん加恋が転生することも無いが、ま、良きに計らうゆえ安心せい。とはいえ――十回までは失敗を許そう。あ、すでに一回失敗したようじゃから、あと九回になるぞよ?」


 早口な女神の口調は、明らかに事務的だ。たぶん、もう面倒になっているのだろう。


「え、ちょ、嘘でしょ? これもカウントされてるのっ!? てゆーか今、死んでたの? 今日、告白されなかったから?」


「当然じゃろ、この馬鹿チンが!」


「馬鹿チン」と言いながら前髪を耳の上に掻きあげる仕草の女神は、明らかにテツ・タケダを意識している気がした。なんなのだろう、コイツ……もしかして、駄女神?

 いや、それよりも何か重要な見落としをしている気がするぞ。


 あ、そうだ!


「ちょっと待ってくれ! 男との間に真実の愛を見つけたら、その時おれが男に戻るって、考えてみたらおかしくないか!?」


 おれの声が、こだまする。女神はニヤリと笑い、手を振って消えてゆく。

 気がつけばカーテンの隙間から朝日が入り、昨日と同じ朝が始まろうとしていた。

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