3 女神の提案
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眩しい。
もう、朝だろうか? ていうか、ここはどこだ?
空は高く澄み渡り、雲のような白いふわふわの地面からは、大きな木が何本も生えていた。
黄色やピンク色の蝶がパタパタと飛んでいて、小鳥がさえずっている。
青い鳥が地面に落ちている何かをついばみつつ、おれの方を向いて言った。
「あいつ、女神様の客か?」
黄色い鳥が、つぶらな目でパチパチと瞬きをしながら答える。
「ああ。なんか最低の奴だから、女にしたった! って仰ってたよ」
そう……小鳥がさえずっている……って、おい! なにお前等、日本語をしゃべってんだ!
おれが睨み据えると、小鳥達は慌てて逃げ散った。
どうやら夢を見ているようだ。そういえば、明日に備えて眠った記憶がある。
「くそっ! 焼き鳥にして食っちまうぞっ!」
まったく我が夢ながら、ろくでもない。女になんかなるから、こんな夢も見るのだろう。
そう思いながら額の汗を手で拭っていると、空から七色の光が降り注いだ。それがスポットライトのように、おれの目の前に広がってゆく。
「やれやれ……早速死んでしもうたか……」
スポットライトの中央に、うっすらと透けて見える幼女が現れた。額に手を当て、よろめいている。その様は、いかにも大仰だ。
幼女はローブのような白衣を着て、黄金の錫杖を左手に持っていた。
「は?」
「は? ではないわ、栗栖洋。そなたのような、女を人とも思わぬろくでなし。そなたなど、簡単に殺しても構わぬのじゃぞ? それをわざわざ、改心の機会を与えてやったと言うに……」
幼女は金髪でツインテール、星形の青い瞳をキラキラさせて、舌っ足らずなしゃべり方だ。
もしも御堂が彼女を見たら、きっとお持ち帰りを希望するだろう。
良かったな、幼女。目の前にいるのが、このおれで。
おれは優しいから、ちょっと悪戯するくらいで勘弁してやるぞ。
「なんだよ、透けてるガキのくせに……」
「そなた、わしの髪をひっぱるな! むむうっ、無礼なことを考えておるな! 控えよ! わしの名は、ローラ・ローリング・ロール! 世界を創りし五柱の女神が一子! その友達なるぞ!」
「ずいぶんとクルクルした名前だな。そんでわりと、どうでもいい立ち位置だろ、そこ」
「む、む。何がクルクルか! ふざけておると、有無を言わさず冥土へと送るぞ! ともかくわしも女神なのじゃっ!」
「はいはい。どうせおれの夢の中なんでね、何とでも言えよ」
「ほう。そなた、そのような勘違いをしておるから、余裕ぶっておるのじゃな?」
「勘違い?」
「そうじゃ、これは夢などではないぞ。それが証拠に、ほれ……」
「……いてっ! いてててっ!」
うわああ! おれの腕が、勝手にねじ曲がってく。しかもクソ痛てぇ!
「どうじゃ? 夢であれば、かように痛みを感じるはずもあるまい。もしも感じたとすれば、容易に目覚めるであろうが」
おれは幼女神の言葉に頷き、憮然とした。
「わしはのう、そなたの女の扱いが気に入らなかったのじゃ。己の美貌にかこつけて、次々と女を籠絡する。それだけならばまだしも、心を弄び、不要となればあっさりと捨ててゆく……」
「そんなこと、お前に関係ないだろ……それに……」
「女の方も悪いと、そう申すのであろう? だがのう、洋。女達の中には、そなたのことを心底から愛していた者もおったのじゃ。その一人が先日、自殺した。そして我の下に来て、こう言ったのじゃ。
――洋が心配です。このままだとあの人、心が壊れちゃう。貴女が神様というなら、見守ってあげてください、とな」
「……自殺した、だと? その女ってもしかして……」
「地味な魂の女じゃった。と言っても……生前は髪を赤く染め、カラーなんとかで瞳を大きく見せたりと……随分派手な見かけをしておったようじゃ。名は、奏柳加恋といったかのう」
「……加恋が? おれの心が壊れるとしたら、てめぇが死んだっつー罪悪感だろうがよ……」
「あの娘が死んだことを、そなたは知らなかったではないか。わしが伝えるまで、な」
おれは思わず、拳を握りしめた。
加恋が死にたいと願い、実際に死んでしまう程、おれは彼女を苦しめてしまったのか。それなのにアイツは自分の死をおれに知らせず、おれが苦しむことを望まなかった。
「そういうことじゃ」
幼女神が心を読んだのか、小さく頷いている。
「わしは、あの娘に心を打たれたのじゃ。あの娘の身の上話、そなたは知っておるか?」
女神の問いかけに、おれは首を左右に振った。
加恋の過去に興味なんて無かった。ただ単に派手な見かけで、適当に遊べる女だと思っていただけだったから。
「……あの娘はな、早くに両親を亡くし、施設で育ったのじゃ。凄惨な虐めにもあったらしい。ゆえにな、あの娘にとっては、そなたが全てとなったのであろう。それが理由も分からず失われたのじゃ。己の命の価値を見失ったとて、仕方のないことであったろうよ」
「だから、どうしたって言うんだよ。アイツの過去なんか、おれには変えられなかったし、どうにも出来なかったよ。興味を示さなかったおれが悪いってんなら、このままおれを殺せばいいだろ……」
いつの間にか、おれは下唇を噛み締めていた。顎に血が滴り、鉄の味が口の中を占める。
馬鹿な女だと思う。ちょっと美人で、単なるヤリマンだと思っていた。
加恋はおれが呼べば、何時だろうとどこだろうと、フルメイクでやってきた。それがおれには重く、邪魔に思えたのだ。
だから、一方的に別れ話を切り出した。以来、連絡が途絶えていたけど、まさか死んでいたなんて。
おれは両手を広げて、薄笑みを浮かべた。我ながら、嫌な奴だと思う。
「――ダメじゃ。そんな楽なことで、償える安き罪と思うなよ? そなたはこれから女として生き、一日一度、ハンサムから心の籠った告白を受けよ。そして真実の愛を見つけたとき、男に戻してやろうぞ」
「な、なに? そういう理由で、おれは女になっちまったのか?」
「そうじゃよ、やっとわかったか。そして、そなたが真実の愛を見つけたとき、加恋の魂もまた、蘇るという寸法である。どうじゃ、わし、冴えとるじゃろ?」
おれは首を捻った。
「なあ、神様。加恋はおれに惚れたまま死んだんだろう? そのおれが女になって男とくっついても、問題ないのか?」
「それに関しては、無いのう。加恋の記憶は転生時、削除するゆえ。だってのう……あまりに不幸な生い立ちじゃ。覚えておっても、何の役にも立つまい?」
眉を八の字にした女神は、一つ咳払いをして無い胸を反らした。
「じゃあ、さっさと転生させてやればいいだろうっ!」
「そ、そんなことをしては、わしが面白くなくなって……うぉっひょん、ごほんっ、げふぅん! そのようなことで、そなたの罪が償えようか! そなたが今まで女に与えた苦痛を、その身をもって痛感するがよいっ!」
女神が額の汗を拭っている。今、「面白くなくなる」とか言いかけなかったか?
なんかこの女神、おもしろ半分にやっている気がする。
だけど、まあ仕方が無い。
加恋が死んだ理由がおれにあるなら、転生の手助けくらいしてもいいだろう。
そもそもアイツに死ぬほどの罪なんてないし、笑顔を思い返してみれば、確かに悪い女じゃなかったと思う。
それにおれだって、純粋に男に戻りたい。
というわけで、条件の詳細を聞くことにした。
「わかった。で、詳細なんだが……一日一度の告白を受けられなかった場合、どうなるんだ?」
「そうなったら、死んで地獄行きじゃな。そなたの様な外道に、転生の道はない。むろん加恋が転生することも無いが、ま、良きに計らうゆえ安心せい。とはいえ――十回までは失敗を許そう。あ、すでに一回失敗したようじゃから、あと九回になるぞよ?」
早口な女神の口調は、明らかに事務的だ。たぶん、もう面倒になっているのだろう。
「え、ちょ、嘘でしょ? これもカウントされてるのっ!? てゆーか今、死んでたの? 今日、告白されなかったから?」
「当然じゃろ、この馬鹿チンが!」
「馬鹿チン」と言いながら前髪を耳の上に掻きあげる仕草の女神は、明らかにテツ・タケダを意識している気がした。なんなのだろう、コイツ……もしかして、駄女神?
いや、それよりも何か重要な見落としをしている気がするぞ。
あ、そうだ!
「ちょっと待ってくれ! 男との間に真実の愛を見つけたら、その時おれが男に戻るって、考えてみたらおかしくないか!?」
おれの声が、こだまする。女神はニヤリと笑い、手を振って消えてゆく。
気がつけばカーテンの隙間から朝日が入り、昨日と同じ朝が始まろうとしていた。




