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2 親友来襲


 ◆


「ねえ、洋。おっぱい触らせて」


「は? シネよ、お前」


「じゃあ、股でもいいよ」


「もっとダメだろ、そこ」


「でもいいなぁ、羨ましいなぁ。ぼくも女になりたいなぁ」


「お前には、おれが女になってしまって悲しいとか、そういう感情は湧かないのか?」


「いや、なんで? ぼくも女になれば百合ップルになれるのに、残念だなぁとしか……」


「それは百合にならねぇよ! むしろホモになっちゃうだろ!」


「うーん、捥いでみようかな……そしたらつきあってくれる?」


「付き合えるかよ!」


「だよねー。棒が無いのに付き合うとか、無理だよねー。ふへへ……だから百合こそ至高」


「いや、もう、御堂! どこから突っ込んでいいかわかんねぇよ!」


 親友の御堂漣みどうれんは、玄関でおれの姿を見るなり満面に笑みを浮かべた。それもとびきり変態的なやつを。

 もちろんおれは扉を閉めてお帰り願おうと思ったのだが妹の空子が、この愚か者を招き入れたのだ。


 御堂はぼさぼさとした黒髪に黒ぶち眼鏡をかけた、どこにでもいる容姿の高校三年生。つまるところ、いわゆるモブキャラだ。

 属性をあえてつけるなら、TS属性持ちで百合ブタの秀才君といったところ。身長も百七十ちょっとで、まさに有象無象というに相応しい。

 ただしおれ達と同じく空手をずっとやっているため、見た目に反してケンカだけはとても強いのだが。


「まあまあ、アニキ。そんなことよりさ、ほら、漣ちゃんはすぐに信じてくれたでしょ? あたししかアニキが女になっちゃったことを知らなかったら、それって辛くない?」


 空子が珍しく、まともなことを言った。しかし相変わらず口元を手で押さえているから、所詮はおれを弄んでのことだろう。騙されないぞ。


「もういいから、お前等、学校行け」


 おれは腕組みをして、二階へ上がろうとした。しかし妹に足を掛けられ、御堂に襟首を掴まれ引き戻される。


「ひぃぃぃ」


 あ。なんかものすごい、情けない声が出た。これが女体化の弊害というやつか。


 おれは制服に身を包み、玄関先でそれぞれ不気味な笑みを浮かべる一組の男女を睨んだ。


「あ、洋……泣くの?」


「アニキ……弱っ!」


「お前等、おれの気持ちなんか何もわかんねーだろ! 御堂、考えてみろ! あのイケメン読モだったこのおれが、なぜか朝起きたら女になってたんだぞ! 女ったら、あれだ! おれのおもちゃだった奴等だぞ! なんだっておれが、そんなモンにならなきゃなんねぇんだよっ!」


 おれは踵を返し、逃げるように二階へ駆け上った。そして部屋の鍵をかけ、ベッドの中へ再び潜り込む。

 これは夢だと思った。もう一度寝れば現実に戻れるだろう。きっとそうに違いない。


「なんか洋のやつ、とんでもない男尊女卑発言をしていったね……」


「まあ、実際アニキは女の子を、モノか何かと同じ程度にしか考えていなかったからね。もちろん、あんな男にホイホイついていく方にも問題はあるけど、なんつーか……」


「罰があたったとか?」


「まさか。漣ちゃん、神様とか信じてるわけ?」


「いや。でもこの状況。現代の科学じゃ解明出来そうもないからねぇ」


 階下から、空子と御堂の声が小さく聞こえてくる。

 早く学校に行っちまえ! そう思いながら、おれは毛布を頭から被って、小さくなっていた。


 ◆◆


 どうやら眠ることに成功したらしい。いつの間にか日が傾いている。

 五月になってかなり日が長くなっているから、今は夕方の五時三十分くらいだろうか。

 しかしおれの目論みは、外れたようだ。起き上がるとたわわな胸が揺れて、存在感を主張していた。


 それにしても、流石に朝から何も食べていないから、腹が減っている。おれは一階に下りて、適当にカップラーメンでも食べようと思った。

 

 おや? リビングから音が聞こえる。まったく、十六歳の少女が不健全な遊びも覚えず、まっすぐ帰宅したというのか。

 一階に降りると案の定、空子がセンベエを頬張りながらソファに鎮座していた。


「アニキ、まさかずっと寝てたの?」


 学校から帰って、制服のままゲームをやっているらしい。空子はこちらに目も向けず、声だけ掛けてきた。

 両親が留守なのをよいことに、こいつは今、ネトゲにハマっているのだ。お陰で成績はガタ落ちだが、最後の一年で死ぬ程勉強すれば、入れない大学なんて無いと豪語している。

 

 まあ、そのことに関しては、おれも否定はしない。正直言って、高校で学ぶ三年間の勉強など、本気でやれば三ヶ月で習得出来る程度のものだ。

 逆に言えばそんなものに三年間も費やして、大半の日本人は随分と無駄なことをしていると思う。


「ああ……」


 甲高い、不機嫌そうな声がリビングに響いた。認めたくないが、それは今、おれの口から出たものだ。美声といって差し障りないが、間違いなくこれは女の声である。

 右手で頭を掻き、左手でケツを掻く。窓から入る夕日に照らされて、伸びた陰がおれと同じ仕草をしていた。


「やっぱ、ほんとに女の子になっちゃったんだねぇ」


 空子がおれをちらりと見て、せわしなくゲーム機のコントローラーを操作しながら呟いている。どこをどう聞いても、他人事のような物言いだ。もっと心配したらどうなのだろう。家族でしょうが!


「いや。おれは男だ」


 そう言い張ってみるものの、現実は甘くない。

 寝ている間に、何度か携帯に着信があった。二度ほど電話に出ると、相手からは「誰? あんた、洋のなんなの?」と冷たい声で誰何をされた。

 もちろん二度の電話は、おれと関係があった女達だ。

 その声はとても冷たく、普段のおれが聞いている甘ったるい湿り気を帯びたものではなかった。


「ああ、女って、女には冷たいんだな……」


 そういえば空子も女なのに、「女って苦手なんだよなー」とよく言っていることを思い出した。


 カップラーメンが出来上がると、おれは空子の横に腰を下ろし、黙って麺をすする。

 ゲームのBGMとコントローラーのカチャカチャした音、それから麺をすする音がリビングを満たした。


「アニキ。男に戻れなかったら、どうすんの?」


「いや、戻る」


「可能性の話をしてるんだけど」


「だったら百合に……それも違うな」


 言いかけて、やめた。

 確かに女の中には、良い奴もいるだろう。例えば、空子のようにあっけらかんとした奴とか。

 しかしどうも、おれは女として女を好きになれる自信がない。そもそも男として女が好きだったのも、肉体がそれを求めたからだろう。

 だとすれば、肉体が女になってしまったおれは、男を求め始めるのだろうか。それも正直、恐ろしい話だ。


「じゃあ、彼氏を捜す?」


 空子の言葉に、ラーメンを吹き出した。まるで考えを読まれてしまったかのようで、少し怖かったのだ。


「いやいや!」


 おれはラーメンを食べ終わると、再び部屋へ戻った。

 それからパソコンを立ち上げ、いろいろと検索をする。


「男から女へ」


「TS」


「戻る方法」


 結局、全ては妄想や想像に終止していて、解決法などありはしないようだ。


 藁にも縋ろうと思いツイッターで呟いてみたら、TS属性持ちのフォロワーが増えた。しかし同時に、女性ファンを数千単位で失った。


「TS幼女!」


「わいもTSしたい!」


「そういう趣味だったんですね」


「失望しました」


 なんだこりゃ、畜生! 軽く炎上したじゃないかっ!


 しかしまあ、大丈夫。まだ、たったの一日だ。明日になれば、きっと男に戻っているさ。

 そう思い、おれはまた眠ることにした。

 

 しかしそんなおれに、明日という日を迎えることは許されなかった。

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