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10 持つべきものは、親友……かもしれない

 ◆


 おれ達三人はテーブルを囲み、席に着いた。当たり前のように御堂が隣に座るのは、男であった頃からの習慣だ。

 もっとも御堂は、おれを空子の隣に座らせたがっていた。それを無視してヤツの隣に座ってやったのは、せめてもの嫌がらせである。

 何が「洋ちゃんと空子ちゃんを百合っぷるにしたい」だ。百パーセントないわ。ない。


「いただきます」


 おれは目の前のカレーに対して手を合わせた。湯気が立って、実においしそうだ。

 サラダもある。空子は栄養バランスも考えていて、色合いもバッチリだ。

 もちろんそれは、決しておれの為ではなく御堂の為なのだろうが。

 

「あっ……」


 スプーンでカレーを掬って食べる。

 その動作を五回くらい繰り返したとき、おれはあることに気がついた。

 長い髪が一緒に口の中へ入ってくるのだ。

 仕方なくおれは片手で髪をかきあげながら、カレーを食べることにした。


「なにそれアニキ。無駄に色気出さないで欲しいんだけど……もしかして漣ちゃんを誘ってんの? キモイんですけどー」


 空子が虫を見るような目で、おれを見ている。


「ち、ちげーよ。髪の毛が口の中に入るんだよ」


「はー……だったら縛りなよ」


 空子は立ち上がり、呆れた表情でシュシュをおれに手渡してくれた。黒系の一番地味なやつだ。


「お、おう……」


 確かに片手で髪を抑えているよりも縛った方がいい。おれはスプーンを置いて、長い髪を縛った。

 御堂が横でおれをじっと見ているが、気にしない。どうせコイツはおれと空子を見守る係だ。


「洋ちゃんさ……」


「どう、漣ちゃん。おいしい?」


 御堂がおれに何かを言いかけたが、空子の声がそれを止めた。

 空子の瞳は恋する乙女のそれだ。そりゃ大好きな人が家に泊まりにくれば、誰だってはしゃぐだろう。

 とはいえ、御堂に恋愛感情は無いんだよなぁ。


「うん、美味しいよ」


 御堂も笑顔で頷き、カレーを頬張る。それから何故かおれのほっぺに付いた米粒を取って、自分の口に入れた。

 

「ちょ、御堂。おれのほっぺに付いてた米はおれのだからな! てゆーかいきなりやるなよっ!」


「さっき言おうと思ったんだけど、迷惑だった? じゃあ返そうか」


 口の中に指を入れようとする御堂に、おれは首を左右に振った。


「いるか、ボケ!」


「ほら、また付けてるよ。その身体がまだ馴染んでなくて、口の大きさが分からないからお米が付いちゃうんでしょ?」


 御堂がまたも、おれの頬から米粒を取る。

 あ、また付いていたのか。そしてどうも御堂の分析は正しいらしく、おれとしては大きく口を開けているつもりなのに、実際はそうでもないようだった。

 だから口の周りにベッタリとカレーを付けていたらしく、傍目にも見苦しいようだ。


「くそっ。お前はおれのお母さんかっ!」


「ははは……見守るって意味じゃ、近い存在かも。ほら、今の洋ちゃんの口に入る量は、このくらいでしょ」


 言いながら、御堂がスプーンをおれの口に運ぶ。

 見れば意外とカレーの量が少ない。

 こんなもんかな……と思いながら、おれはそれをパクリと食べた。


「なんかアニキと漣ちゃん……彼氏彼女みたい……」


 目の前では空子が眉を顰めている。

 御堂は笑いながら、「そうだね」と言っている。


「もしもぼくが女だったら、間違いなく今の洋ちゃんと付き合ってるね!」


「「は?」」


 おれと空子の声が重なった。

 

「だから、女同士だったら付き合ってるのになぁって」


 空子がおれの目を覗き込み、唇を震わせている。


「だから言ったろ。コイツは変態なんだって」


 空子は首を左右に振って、御堂に聞いた。


「ね、ねえ、漣ちゃんは女の子になりたいの?」


「まさか。ぼくはサボテンになりたいだけさ」


「じゃあ、男の子なんだよね?」


「そうだね、残念ながらね」


「じゃ、じゃあ、女の子に興味は無いの?」


 おお、空子。今日は随分とグイグイいくな……。


「あるよ。だってぼくの夢は、百合っぷるの部屋の隅でサボテンとして生きることだからね。そう、洋ちゃんと空子ちゃんが幸せに抱き合う横で、ぼくはひなたぼっこするサボテンさ」


 おれは泣きそうな空子の表情を見るに忍びず、さっさとカレーを食べ終えた。

 御堂はマイペースで質問に答えているが、これは酷い。何しろ空子の好意はすべて空回りなのだから。

 もっとも、御堂が空子の好意に気付いたとき、どういう反応をするかは分からない。こいつはただ、男女の恋愛感情に関して酷く鈍感なだけでもあるのだから。


「ご、ごちそうさま!」


 おれは空子と御堂を食卓に残し、さっさと二階に上がる。

 別に空子を応援するつもりもないが、正直なところ邪魔しようとも思っていないのだ。

 つまり……なるようになればいい。

 それを空子が望むなら、相手が御堂でもお兄ちゃんは受け入れるよ。


 ◆◆


 暫くすると、ニコニコしながら御堂が部屋に戻ってきた。


「いやー、空子ちゃんの誤解は解けたよ。ぼくがホモじゃないかって、真剣に思っちゃったらしいからね」


「へえ」


「それで洋ちゃんとデキてるとか、笑っちゃうよね!」


 いやそれ、笑えねぇだろ! おれの尊厳まで傷つけやがって!

 おれは御堂の首を絞め、ぶんぶんと前後に揺らした。


「く、苦しいよ、洋ちゃん。ご、誤解は解けたと言ったでしょ」


「ああ……そうか。ならいいか……」


 言いながら、おれは振り返ってPCの画面を見る。

 今日は「TS」と「神様」をググって、何かヒントでも無いものかと探していたのだ。


「それよりさっきの続きだけどさ、洋ちゃん」


 御堂がおれの背後に立って、肩をつかんだ。


「お、おっぱいは触らせねぇぞ」


「ちょ、何の続きの話だよ、洋ちゃん!」


「え、違うの?」


「違うよ。そうじゃなくて、洋ちゃんが女になって、男が好きになっちゃったんじゃないかって話さ」


 ああ、それか。会話の流れで、おれが男を好きになったと勘違いしたままだったな。たしかにその誤解は、解いておかないとマズイ。


 おれはPCの電源を落として、御堂に向き直る。

 椅子に座るおれを見下ろす形で、御堂が首を傾げていた。


「ああ、さっきのは、あくまでも仮定の話なんだが。もしもお前が女になってしまったとして、男に告白されなければいけない立場になったとしたらどうする? ……って言いたかったんだよ」


「そんなこと、あるのかい?」


 御堂は顎に指を当て、「うーん」と唸っている。


「あるとすれば、の話だって」


「そりゃあ告白される目的だけなら、その可能性が一番高い人の側に行くよね」


「そうだろう」


 おれは大きく頷き、片桐の顔を思い出す。誰だってそうするし、そうせざるを得ないのだ。


「じゃあつまり、洋ちゃんが片桐に近づいたのは、そういう目的があったからってこと?」


 その通りだ、御堂。

 その通りなんだが、完全に肯定することが出来ない。

 全てをコイツに話したとき、ローラ・ローリング・ロールと名乗る女神がどのような懲罰を下すかも分からないのだ。

 それがおれだけに向くならまだしも、この馬鹿は巻き込みたくない。


「当たり前だ」


「でも、何の為に?」


 そうだよな、そういう質問がくるに決まってる。

 言えない自分がもどかしい。


「今は答えられない」


 御堂は眼鏡をクイクイと動かし、小さな笑みを浮かべた。


「突然のTS……告白をされなければいけない……そして、さっきPCで調べていた“神様”ってワード……なるほど。何となく分かってきたよ」


 さすがは御堂だ、分かってくれたか。

 

「まず洋ちゃんは、神様にTSをさせられた」


 御堂の言葉に、おれは瞬きをゆっくりと一度する。「はい」と念じて、御堂に伝わるように。

 これなら答えていないから、あのクルクル女神に何かを言われることもないだろう。

 頼む、気付いてくれよ御堂!


「す、凄く可愛いね、洋ちゃん……!」


「だああああぁ! ぶっ殺すぞ、御堂っ!」


 服の胸元を掴み、荒ぶるおれ。御堂は慌てず笑って、こう言った。


「冗談さ。つまり神様からの命令で、男に告白されなければならない、ということだね」


 さすが御堂だ、分かってくれていた。

 だがおれは真剣なんだ。遊ばないでほしい。


「そして告白された人数が一定数を超えたら、洋ちゃんは男に戻れる」


 おれは二回瞬きをして、違うと御堂に示してみた。するとコイツは気付き、「ん、ちょっと可愛くないな。これは違うのか……」と言っている。

 なんだそれ。瞬きの回数で判断してないの? お前……。


「でも洋ちゃんは、男に告白されるのが以外と楽しい」


 これも二回瞬きだ、違う。ふざけんな御堂。


「これも違うのか。だとすると……条件としては、男とえっちをしたら元に戻れる、とか」


 ん? んん? 女神は真実の愛とか言ってたが、それってつまりそういうことなのか?

 瞬きをどうするべきか、おれは悩んだ。その結果、二回瞬きをする。

 いや、違うだろう。真実の愛とえっちは別物だ。


「うーん、ここで悩むってことは、その辺に鍵があるのかな?」


 御堂が腕を組んで、おれのベッドに座った。

 

「たぶんその辺に鍵があるのは、確かだと思う」


 おれはPCの電源を落として、御堂の横に座った。けれど分からないことを示すため、肩を竦めて頭を左右に振る。


「つまり洋ちゃんは、男とえっちしないと男に戻れない可能性があるんだね?」


「……否定出来ないのが辛いところだ」


「そっか。それならぼくが出来そうなことが分かったよ」


「お、おう。何だよ?」


「ぼくに任せて」


 御堂がおれの両肩を掴み、真剣な眼差しで見つめてくる。

 ま、まて。大切なのは真実の愛であって、えっちではない。えっちが真実の愛に含まれるとしても、お前はおれに告白すらしていないじゃないか。


 自分の目は今、きっとグルグルだ。

 御堂の馬鹿にここまで心をかき乱されるとは、想像もしていなかった。


「え、えっちをしたからって元に戻れるって訳じゃないから……」


 御堂は一瞬だけ眉を顰めて困った表情を浮かべたが、すぐにおれを抱きしめこう言った。


「親友だろ、ぼくを信じろよ」


 おれはいつの間にか御堂の背中に両腕をまわし、頷いていた。

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