10 持つべきものは、親友……かもしれない
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おれ達三人はテーブルを囲み、席に着いた。当たり前のように御堂が隣に座るのは、男であった頃からの習慣だ。
もっとも御堂は、おれを空子の隣に座らせたがっていた。それを無視してヤツの隣に座ってやったのは、せめてもの嫌がらせである。
何が「洋ちゃんと空子ちゃんを百合っぷるにしたい」だ。百パーセントないわ。ない。
「いただきます」
おれは目の前のカレーに対して手を合わせた。湯気が立って、実においしそうだ。
サラダもある。空子は栄養バランスも考えていて、色合いもバッチリだ。
もちろんそれは、決しておれの為ではなく御堂の為なのだろうが。
「あっ……」
スプーンでカレーを掬って食べる。
その動作を五回くらい繰り返したとき、おれはあることに気がついた。
長い髪が一緒に口の中へ入ってくるのだ。
仕方なくおれは片手で髪をかきあげながら、カレーを食べることにした。
「なにそれアニキ。無駄に色気出さないで欲しいんだけど……もしかして漣ちゃんを誘ってんの? キモイんですけどー」
空子が虫を見るような目で、おれを見ている。
「ち、ちげーよ。髪の毛が口の中に入るんだよ」
「はー……だったら縛りなよ」
空子は立ち上がり、呆れた表情でシュシュをおれに手渡してくれた。黒系の一番地味なやつだ。
「お、おう……」
確かに片手で髪を抑えているよりも縛った方がいい。おれはスプーンを置いて、長い髪を縛った。
御堂が横でおれをじっと見ているが、気にしない。どうせコイツはおれと空子を見守る係だ。
「洋ちゃんさ……」
「どう、漣ちゃん。おいしい?」
御堂がおれに何かを言いかけたが、空子の声がそれを止めた。
空子の瞳は恋する乙女のそれだ。そりゃ大好きな人が家に泊まりにくれば、誰だってはしゃぐだろう。
とはいえ、御堂に恋愛感情は無いんだよなぁ。
「うん、美味しいよ」
御堂も笑顔で頷き、カレーを頬張る。それから何故かおれのほっぺに付いた米粒を取って、自分の口に入れた。
「ちょ、御堂。おれのほっぺに付いてた米はおれのだからな! てゆーかいきなりやるなよっ!」
「さっき言おうと思ったんだけど、迷惑だった? じゃあ返そうか」
口の中に指を入れようとする御堂に、おれは首を左右に振った。
「いるか、ボケ!」
「ほら、また付けてるよ。その身体がまだ馴染んでなくて、口の大きさが分からないからお米が付いちゃうんでしょ?」
御堂がまたも、おれの頬から米粒を取る。
あ、また付いていたのか。そしてどうも御堂の分析は正しいらしく、おれとしては大きく口を開けているつもりなのに、実際はそうでもないようだった。
だから口の周りにベッタリとカレーを付けていたらしく、傍目にも見苦しいようだ。
「くそっ。お前はおれのお母さんかっ!」
「ははは……見守るって意味じゃ、近い存在かも。ほら、今の洋ちゃんの口に入る量は、このくらいでしょ」
言いながら、御堂がスプーンをおれの口に運ぶ。
見れば意外とカレーの量が少ない。
こんなもんかな……と思いながら、おれはそれをパクリと食べた。
「なんかアニキと漣ちゃん……彼氏彼女みたい……」
目の前では空子が眉を顰めている。
御堂は笑いながら、「そうだね」と言っている。
「もしもぼくが女だったら、間違いなく今の洋ちゃんと付き合ってるね!」
「「は?」」
おれと空子の声が重なった。
「だから、女同士だったら付き合ってるのになぁって」
空子がおれの目を覗き込み、唇を震わせている。
「だから言ったろ。コイツは変態なんだって」
空子は首を左右に振って、御堂に聞いた。
「ね、ねえ、漣ちゃんは女の子になりたいの?」
「まさか。ぼくはサボテンになりたいだけさ」
「じゃあ、男の子なんだよね?」
「そうだね、残念ながらね」
「じゃ、じゃあ、女の子に興味は無いの?」
おお、空子。今日は随分とグイグイいくな……。
「あるよ。だってぼくの夢は、百合っぷるの部屋の隅でサボテンとして生きることだからね。そう、洋ちゃんと空子ちゃんが幸せに抱き合う横で、ぼくはひなたぼっこするサボテンさ」
おれは泣きそうな空子の表情を見るに忍びず、さっさとカレーを食べ終えた。
御堂はマイペースで質問に答えているが、これは酷い。何しろ空子の好意はすべて空回りなのだから。
もっとも、御堂が空子の好意に気付いたとき、どういう反応をするかは分からない。こいつはただ、男女の恋愛感情に関して酷く鈍感なだけでもあるのだから。
「ご、ごちそうさま!」
おれは空子と御堂を食卓に残し、さっさと二階に上がる。
別に空子を応援するつもりもないが、正直なところ邪魔しようとも思っていないのだ。
つまり……なるようになればいい。
それを空子が望むなら、相手が御堂でもお兄ちゃんは受け入れるよ。
◆◆
暫くすると、ニコニコしながら御堂が部屋に戻ってきた。
「いやー、空子ちゃんの誤解は解けたよ。ぼくがホモじゃないかって、真剣に思っちゃったらしいからね」
「へえ」
「それで洋ちゃんとデキてるとか、笑っちゃうよね!」
いやそれ、笑えねぇだろ! おれの尊厳まで傷つけやがって!
おれは御堂の首を絞め、ぶんぶんと前後に揺らした。
「く、苦しいよ、洋ちゃん。ご、誤解は解けたと言ったでしょ」
「ああ……そうか。ならいいか……」
言いながら、おれは振り返ってPCの画面を見る。
今日は「TS」と「神様」をググって、何かヒントでも無いものかと探していたのだ。
「それよりさっきの続きだけどさ、洋ちゃん」
御堂がおれの背後に立って、肩をつかんだ。
「お、おっぱいは触らせねぇぞ」
「ちょ、何の続きの話だよ、洋ちゃん!」
「え、違うの?」
「違うよ。そうじゃなくて、洋ちゃんが女になって、男が好きになっちゃったんじゃないかって話さ」
ああ、それか。会話の流れで、おれが男を好きになったと勘違いしたままだったな。たしかにその誤解は、解いておかないとマズイ。
おれはPCの電源を落として、御堂に向き直る。
椅子に座るおれを見下ろす形で、御堂が首を傾げていた。
「ああ、さっきのは、あくまでも仮定の話なんだが。もしもお前が女になってしまったとして、男に告白されなければいけない立場になったとしたらどうする? ……って言いたかったんだよ」
「そんなこと、あるのかい?」
御堂は顎に指を当て、「うーん」と唸っている。
「あるとすれば、の話だって」
「そりゃあ告白される目的だけなら、その可能性が一番高い人の側に行くよね」
「そうだろう」
おれは大きく頷き、片桐の顔を思い出す。誰だってそうするし、そうせざるを得ないのだ。
「じゃあつまり、洋ちゃんが片桐に近づいたのは、そういう目的があったからってこと?」
その通りだ、御堂。
その通りなんだが、完全に肯定することが出来ない。
全てをコイツに話したとき、ローラ・ローリング・ロールと名乗る女神がどのような懲罰を下すかも分からないのだ。
それがおれだけに向くならまだしも、この馬鹿は巻き込みたくない。
「当たり前だ」
「でも、何の為に?」
そうだよな、そういう質問がくるに決まってる。
言えない自分がもどかしい。
「今は答えられない」
御堂は眼鏡をクイクイと動かし、小さな笑みを浮かべた。
「突然のTS……告白をされなければいけない……そして、さっきPCで調べていた“神様”ってワード……なるほど。何となく分かってきたよ」
さすがは御堂だ、分かってくれたか。
「まず洋ちゃんは、神様にTSをさせられた」
御堂の言葉に、おれは瞬きをゆっくりと一度する。「はい」と念じて、御堂に伝わるように。
これなら答えていないから、あのクルクル女神に何かを言われることもないだろう。
頼む、気付いてくれよ御堂!
「す、凄く可愛いね、洋ちゃん……!」
「だああああぁ! ぶっ殺すぞ、御堂っ!」
服の胸元を掴み、荒ぶるおれ。御堂は慌てず笑って、こう言った。
「冗談さ。つまり神様からの命令で、男に告白されなければならない、ということだね」
さすが御堂だ、分かってくれていた。
だがおれは真剣なんだ。遊ばないでほしい。
「そして告白された人数が一定数を超えたら、洋ちゃんは男に戻れる」
おれは二回瞬きをして、違うと御堂に示してみた。するとコイツは気付き、「ん、ちょっと可愛くないな。これは違うのか……」と言っている。
なんだそれ。瞬きの回数で判断してないの? お前……。
「でも洋ちゃんは、男に告白されるのが以外と楽しい」
これも二回瞬きだ、違う。ふざけんな御堂。
「これも違うのか。だとすると……条件としては、男とえっちをしたら元に戻れる、とか」
ん? んん? 女神は真実の愛とか言ってたが、それってつまりそういうことなのか?
瞬きをどうするべきか、おれは悩んだ。その結果、二回瞬きをする。
いや、違うだろう。真実の愛とえっちは別物だ。
「うーん、ここで悩むってことは、その辺に鍵があるのかな?」
御堂が腕を組んで、おれのベッドに座った。
「たぶんその辺に鍵があるのは、確かだと思う」
おれはPCの電源を落として、御堂の横に座った。けれど分からないことを示すため、肩を竦めて頭を左右に振る。
「つまり洋ちゃんは、男とえっちしないと男に戻れない可能性があるんだね?」
「……否定出来ないのが辛いところだ」
「そっか。それならぼくが出来そうなことが分かったよ」
「お、おう。何だよ?」
「ぼくに任せて」
御堂がおれの両肩を掴み、真剣な眼差しで見つめてくる。
ま、まて。大切なのは真実の愛であって、えっちではない。えっちが真実の愛に含まれるとしても、お前はおれに告白すらしていないじゃないか。
自分の目は今、きっとグルグルだ。
御堂の馬鹿にここまで心をかき乱されるとは、想像もしていなかった。
「え、えっちをしたからって元に戻れるって訳じゃないから……」
御堂は一瞬だけ眉を顰めて困った表情を浮かべたが、すぐにおれを抱きしめこう言った。
「親友だろ、ぼくを信じろよ」
おれはいつの間にか御堂の背中に両腕をまわし、頷いていた。




