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ちりあくたー  作者: 今井孝太朗
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夕焼け色の約束

 ルミちゃんと並んで歩く時間は、固結びになったものをゆっくりと解いていくような、居心地のよさがある。


 わたしがあてもなく彷徨う鳥だとしたら、鐘杜先輩がしっかりとした根を張る幹。初沢先輩がわたしに停まる場所をくれた枝で、仁木先輩がそれを見守り包む葉。そしてルミちゃんは花だ。


「花かぁ、ある意味近いかもしれない」

「やっぱり自分が可愛いって自覚あるんだ」


 ルミちゃんは自分が自惚れた発言を無自覚にしていたことに気付き、慌てて訂正した。


「そうじゃなくて、わたしの瑠満って名前のはなし」


 ルミちゃんは、宙に指で文字を書いた。


「わたしが生まれた時、お父さんがわたしの瞳を見て思い付いたんだって」


 瑠満ちゃんは本当に澄んだ目をしている。お父さんが、宝石みたいだって思ったのも頷ける。


「でも、瑠璃って青い宝石らしいんだよね。それが不思議でお父さんに尋ねてみたことがあるの」


 確かに、日本人で瞳が青いなんてことはないものね。


「お父さんは、わたしにずっと上を向いて生きてほしいんだって。人は大人になるにつれ、その目に地面ばかり映すようになるから」


 そう、わたしも下ばかり向いて生きている。雲やお日様や星より、枯れ葉や石ころが目に付く。


「辛い時こそ顔を上げて、目を空へ向けて、青が満ちた瞳でいられたら大丈夫、そんな想いが込められているんだ」


 素敵。そんな愛情を受けていたから、瑠満ちゃんは真っ直ぐ育ったんだろうな。


「空に向かって咲く花って、花弁をまつげだとして、花序が瞳みたいでしょ。だからわたしは花がいいなって思ったの」

「よかった、過度のナルシストの知り合いはまだいないから付き合い方考えちゃったよ」

「もう」


 不思議、ちゃんと名前と顔を一致させたのも、はじめてお話したのもついさっきのことなのに、どこか懐かしくて、自然に振る舞える。


「京子ちゃんは何か、名前の由来とかあるの?」


 わたしはどうだろう。花の町京都からとった洒落で、女だから子をくっつけたんだよ。なんて言い出しそうな、良く言えば愉快な両親だ。


「日本で言う京は首都だよ、国の真ん中だよ、すごいよ」

「実際は日陰者もいいとこだけどね」

 

 そういう物言いはよくない、瑠満ちゃんは口を尖らせた。


「京子ちゃん、演劇部なんでしょ」

「うん。でも実は、今日からはじめたし、入部の届けも出してないけど」


 関係ないよ、と瑠満ちゃんは言い切った。


「日陰者、だったとしたら、どうして舞台へ立とうと思ったの?」


 事情が事情だし、話せば長くなる。話したとして、瑠満ちゃんはわたしが最低な人間だと気付いてしまう。せっかく出来た繋がりなのに、それが切れてしまうかもしれないと思うと、とても。


「京子ちゃんが話しても話さなくても、わからないことはたくさんある。だけど、わかったことも一つだけある」


 わかったこと、わたしの名前の暫定由来、とか。


「京子ちゃんが、演劇大好きだってこと」


 そうだ、わたしには、これしかない。鐘杜先輩にも言われた、気持ちという武器。想いという理由。


「お客さんは、演者のことなんて何も知らない。だけど、演劇が好きだって、本気なんだってことだけは信じてやってくる」


 わたしの人生は、わたしが主役。わかってる。だったら、わたしがわたしを卑下し、軽んじてしまえば、結末も相応になる。どれだけ自己嫌悪に陥ったって、わたしがわたしを、好きを信じていられれば、覆せるんだ。


「脚本がつまらなくても、演技が拙くても、その気持ちが見えれば人は感じる」


 だからといって、完成度の低い作品を見せていいわけじゃない。瑠満ちゃんが言っているのは、それとは別のもっと根本的な、原初の精神性。はじめであり永遠の一歩目の志を問うてる。


「人の心を動かせるのは、その重さと同じ量の情熱だけなんだ」


 情熱、燃えるような、感情の発露。植物みたいに生きていると思っていたわたしの中にも、確かにそれはあった。それに、演劇と出会ったことで気が付けた。瑠満ちゃんに出会えたことで、実感できた。


「ありがとう」


 自然と、口から零れた。今の気持ちを、たった五つの音に閉じ込めてしまうのはあまりに勿体ない。だけど、これしか言葉が、みつからない。


 瑠満ちゃんは、今日で一番の笑顔を浮かべ、わたしの手を取った。


「先輩待たせてるんでしょ、行こう!」


 わたしがうんと言う前に、瑠満ちゃんは駆け出していた。肩が抜けそうになるくらい力強く。もつれながらも、わたしの脚も前へ、一緒に走りはじめた。


 心地よい風、坂道を自転車で下っている時と、似てる。人は、坂を滑らなくたって、高いところから落っこちなくったって、風を受けられるんだ。わたしが動けば、空気も。わたしが走れば、それが風になる。


 ずっと立ち止まっていた、安全で風も雨もない自閉の居場所。そんなところにいては、絶対に味わえない感覚が、今ここにある。わたし、誰かに連れ出してもらってばっかりだ。


 わかった、ありがとうに代わる言葉。


「瑠満、ちゃん!」

「うん!」


 普段から運動なんてしていないから、息も絶え絶え、上手く話せない。


「わたしやる、本気で、演劇やるよ!」

「うん!!」


 だから、だから。

 

「学園祭で、わたしの演技、見に来てね!」


「……うん!!!」


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