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サマタオ  作者: 辰野ぱふ
9/22

ハッチ (2)

 ちゃんと売れるから、良いお茶の葉も手に入れることができるし、良いミルクや砂糖を買うことができるし、良い場所をもらうことができるし、注文もたくさんくる。

 だれにでもできることではない。

 ハッチは身体全体で、お茶のおいしい時がわかるし、靴のピカピカのぐあいもよくわかるのだ。

 簡単そうに見えるから、だれでもお茶を売ろうと思って商売を始める。元手があまりかからないし、場所もあまりいらないし、小さい子どもが始めるにはちょうどいい商売なのだ。

 道ばたにいる時は、靴をはいている人をねらって、何人もの子どもが客引きをする。

「だんな、ピカピカで安いよ!」

「オレの方が安いし、長持ちするよ!」

「サービスしますよ!」

「お茶もうまいよ! 両方でお安くしますよ!」

でも一度ハッチのお茶を飲んだ人なら、ハッチのお茶を飲みたいと思うだろう。ハッチに靴を磨いてもらったことのある人なら、きっとハッチを選んでくれるだろう。


 ハッチはいつか、ちゃんとした店を持ちたいと思っている。奥に厨房があって、裏に水を取る井戸がある所。中央通りのカフェみたいに、外国から来る観光客も立ち寄ってくれる店。

 少なくともテーブルを六台は置きたい。一つのテーブルには四脚から六脚くらいのいすを置く。店の外にもいくつかテーブルが置けたら、もっといいだろう。

 店にはお茶のほかに、甘いお菓子も置く。ガラスをかぶせるケースの中にいろいろな種類のお菓子を積んで、並べておく。

 タバコも売って、店先で吸えるようにする。

 ハッチは中央通りのカフェの横を通る時、いくつかのカフェの中をそっとのぞいて行く。

 ハッチのお気に入りの店は、東洋人が出している店で、中には水槽がある。水の底に白いきれいな石が敷き詰めてあって、緑の藻がゆらゆらしている。紅い小さい魚がたくさん泳いでいる。

 魚が泳いでいたって、お茶の味がおいしくなるわけじゃないけど、その水槽があると、ほかの店と違う感じになる。涼しい感じがする。そういう飾りも大切だなと思う。

 その少し先の店の入り口には、カランカランと澄んだ音のする金属の風鈴が飾ってある。

そして、いろいろな木の実やガラス玉のビーズをつなげた、のれんがかかっている。

 ハッチはいつも通りすがりにそののれんを触ってみる。しゃらしゃらと手の先に当たる感覚が好きなのだ。

 中に店のおじさんがいると、怒って出て来ることもある。

「おい! きたない手で触るんじゃない! 壊したら、べんしょうだぞ!」

 ハッチは逃げるのもうまいから、さっと身を隠す。

 さて、ハッチの店には何を飾ろうか…。

 いろいろ考えが浮かんで、店の中をのぞきながら、ついぼんやり立ちつくす。

「しっ、しっ! おまえにやるものは、なんにもないよ!」

 何もしてないのに、店の前だと、店のおじさんやおばさんが、目をつり上げて出て来る。そしてハッチを追い払う。

「へーい!」

 ハッチは深く頭を下げて、にっこり笑う。

 壁は何色にしようか。扉はどういうふうにしようか。窓には色ガラスを入れるときれいだろうな。どんなふうなお菓子を作ろうかな。

 そうやって考えることが楽しいから、少しくらい大人に怒られたり、たたかれたりしてもだいじょうぶ。

 今に大きな店の主になれたら、きっといつもお客さんでいっぱいの店になるだろう。今は怒っていた大人も、みんなハッチにたのんで、店に入れてくれと言うに決まっている。それまではしんぼうして、お金をたくさん貯めるのだ。

 ハッチの暮らしている場所は、道から少し入った、ハッチの湯沸かしのある石場のそばで、昔あった石の建物が壊れたままになっている。石の下に入り込めば屋根になる。ぼろぼろの毛布を一枚、石の陰に隠してある。

 夜だけは何人かの子どもが、身体を寄せ合って眠る。

 今、この子どもたちの中では、もうハッチが一番の年上くらいになろうとしている。今までいた大きい子たちは、ここを出て、兵士になったといううわさだった。

「兵士になると、屋根のある所でベッドで眠れるし、食事もうまいらしい」

 そう話している子どもたちの声が耳に入った。

「ベッドか…」

 いつか、店が持てるようになったら、店の二階も作って、そこにベッドを置いて眠りたい。今一緒に眠っている子どもたちを雇ってやってもいい。

 きれいな奥さんを迎えて、自分の子どももたくさん持ちたい。

 そのために、ハッチはいつも学習する。

 少しでもおいしいお茶を淹れるようにすること。時間をかけずに、靴をだれよりもピカピカに磨くこと。そして、ぜったいに計算を間違わず、ずるい大人にお金をごまかされないこと。

 楽しいことを考えてうとうとしてくると、東洋人のような色の白い、黒い髪の女の子が夢に出てくる。

 このところ、ずっとそうだ。

 女の子は大きい犬と遊んでいる。

 サヤサヤと風になびく金色の毛皮の、大きい犬だ。

 女の子はいつも眠っている。ときどき口が動いて何か言っているようだけれど、何を言っているのかわからない。

 わかるのは、その犬が大好きなんだということ。犬のそばで静かに眠ることが大好きなんだということ。ハッチもその横に眠っているような気がしてくる。そうすると安らかにぐっすり眠れる気がする。

 そんな夢を見ながらも、頭のどこかでは、明日の商売のことを考えている。

 明日、お茶は何杯売れるだろうか。

 犬がいる家もいいだろうな。

 カーテンもあるし、扉もしっかり閉まる。いつかそんな家に住みたいな。

 夢の中の女の子が、いつかハッチの店にやって来るかもしれない。ハッチは青年になっていて、女の子は美しい娘になっているかもしれない。そうなったら、おもしろいだろうな。 

 ハッチの考えている将来の夢と、寝ている時に見る夢がかき回されて、だんだんぼんやりとしてくる。だんだん何が何かわからなくなってくる。

 ほかの子どもたちの寝息も聞こえてくる。

 夜は暗くてこわいと感じたこともあったけれど、夢を見ていればだいじょうぶだ。

 ハッチは明日になるのが楽しみなのだ。

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