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サマタオ  作者: 辰野ぱふ
8/22

ハッチ (1)

「ミルク茶を三つね! 角の床屋まで届けるんだよ」

 太った、こわい顔をしたおばさんが、ハッチの手に小銭を押し込んだ。

 ハッチは、こくんとうなずいて、道ばたでお湯を沸かし始める。

 コンクリートで固めてあった道だけれど、もうデコボコにはげてきている。ハッチはお湯を沸かしてコップを置いておける、まっすぐな所を見つけるのがうまい。

 ハッチは、六個のコップと、一つの鍋を持っている。

 六個のコップが全部入るコップ入れは、ハッチが針金を何重にも巻いて、自分で作ったものだ。手でぶら下げて持ち歩けるように、ハッチがくふうしたのだ。これなら、うんと熱いお茶もこぼさずに運ぶことができる。

 ほかの子はうらやましがって、まねして作っているけれど、ハッチのやつが一番頑丈で、使いやすい。

 そうやって、あれこれくふうをするのが楽しい。そうやってくふうすると、人がほめてくれるし、お茶も売れるようになるのだ。

 湯を沸かす沸かし台も、石を集めて丸く囲んで自分で作ったものだ。ちゃんとしっかり鍋に火が行きわたって、吹きこぼれないようにくふうしてある。

 何回もお茶を作るうちに、そのコツがわかってきた。

 鍋で少しの水を沸かして、そこにお茶の葉っぱを入れて煮出す。

 それから、ヤギの乳をどぼどぼと鍋の中につぎ足す。お茶を煮出しきらないうちに砂糖をたくさん入れる。火にかけすぎてはいけない。たくさんのお砂糖を入れると焦げやすくなるから、注意が必要だ。ハッチはぜったいに焦がさない。

 焦がしたら、鍋も弱くなるし、作っているお茶は飲めなくなる。鍋の底に焦げが残ると次のお茶がまずくなってしまう。ハッチはいつも考えて、同じ失敗は繰り返さない。

 それに新しいアイデアもどんどん取り入れる。お茶の葉っぱがコップの中に入らないように、木を編んだ茶こしを通すのだ。

 道ばたでお茶を作る子どもは何人かいるけれど、ハッチのお茶が一番おいしいという評判だ。それはそうだろう。全部の神経を集中して、ハッチは鍋を見つめる。砂糖を入れる時期、ミルクを入れる時期を逃してはならない。すべてのタイミングがうまくいくから、おいしいお茶になるのだ。

 角の床屋のオヤジは甘い甘いお茶が好きだ。虫歯ができて、もう、歯がなくなっている。笑うと歯茎しか見えないのに、甘さが足りないとすごく怒る。

 いつもお客になってくれる人のことは、しっかり覚えておく。どの人がどういうお茶が好みなのか、甘いのか苦いのか、ハッチの頭には、しっかりと入り込んでいる。

 今の注文は三杯だったけれど、かならず空のコップも持って歩く。そのほかに、お茶の葉、ミルク、砂糖、鍋さえも全部布袋に入れて、ほかの道具もとにかく全部持って移動する。

 だって、置いてある間に、だれかに持って行かれてしまったら悲しいから。

 商売道具はいちばん大事なものだから、全部肌身離さず持って行くのだ。

 きのうも床屋のオヤジは怒ったっけ。

「こんなまずいお茶! 金を一枚返しな!」

 と、いうふうに。

 ハッチがいつものように一生懸命作ったお茶だから、お金は返したくない。いつも同じように淹れているのだから。味に変わりがあるはずがない。ハッチにはわかっている。

 オヤジは機嫌が悪いと、お茶に文句をつけるのだ。きっと床屋の商売でうまく行かないことがあったにちがいない。ハッチにはわかっている。

「だんな、すみません。今度はちゃんと甘い、うんとおいしいのを作りますから」

 にっこり笑って、オヤジのご機嫌をとる。

 オヤジの機嫌がいいと、ときどき髪の毛を切ってくれることだってある。

「ほらここに座って!」

 と言って、まるで上等のお客みたいに、肩に白い布をかけてくれて、髪もきちんと洗ってくれる。だからオヤジは悪い人じゃあない。ハッチにはよくわかっている。

 すこし古ぼけている大きな鏡の前で、ハッチは自分の顔をまじまじと見る。なかなかいい顔をしている、と自分ながら思う。うん。悪くない。

 まゆげを動かして、にっこり笑ってみる。床屋のあとは、顔がくっきりして、いい気持ちになる。

 いろいろな日があるから、いろいろなオヤジがいる。

 そのどんな時のオヤジにも、ハッチは誠心誠意を尽くす。

「しょうがないな。おまえのお茶はなんだかうまいからな。ちゃんと甘くておいしいお茶じゃなかったら、この次は金を返してもらうぞ」

「へーい!」

 とハッチは答える。

 あやまるのも上手だから、お金を返さなくてすむ。

 床屋に上等のお客が来ている時には、靴磨きの仕事ももらえることがある。

「だんな、髪を切っている間に、こいつが靴を磨きます。どうです?」

 オヤジはそうやってお客にもみ手をして、ニコニコする。

 ぶすっと黙ったまま、何も言わないお客もいるし、

「そうだな、じゃ、きれいにしてもらおうか」

 というお客もいる。

 そう言われた時は、今度は靴磨きの道具を出して、お客の靴を磨く。

 靴のクリームも、ブラシもちゃんとしたものだし、最後にしあげる布は、ビロードだ。

 靴磨きもコツが大事。ハッチの顔が映るくらいに、ピカピカに磨き上げる。

 お客の機嫌がいいと、チップをたくさんはずんでくれる。

 たいていは床屋のオヤジがたくさん取ってしまうけれど、オヤジの機嫌がいいと全部くれることもある。

 とにかく、いろいろな人にいろいろな機嫌の時があるのだ。

 怒られたり損したりすると、ちょっとがっかりしてしまうけれど、いい時もあるんだからしょうがない。がっかりしたままではいられない。

 そうやって、一日に何杯ものお茶を作り、たのまれた靴を磨く。

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