ラサ (1)
お日さまの力はすごい。
暗いうちは凍るようだった空気を、すぐに暖めてしまう。
その時はありがたいと思うが、今度は容赦なく照りつけてくる。もうこれ以上カラカラにならないだろうという所から、さらに水分を奪っていく。
土地も人間もカラカラになってしまう。
ラサの肌は、お日さまに強いように黒い色をしているけれど、年をとってひび割れてきている。昔はぴかぴか、つやつやだった。
もうずいぶんと長い長い間、この土地にいて、ほかの所には行ったことがない。
今はだいたい、ラサのために建てられた小屋の大きな揺りいすに、一日座っている。
息子たちが木を切り倒して作ってくれた小屋で、テーブルもいすも作ってくれた。
いすには、太い糸で編んだ敷きものを何重にも重ねてある。それは娘たちが作ってくれたもの。ラサのお尻が当たる所は、だいぶすり減っている。
お日さまが明るくて、ラサは目覚める。
目が覚めると、ベッドからすぐその横にある揺りいすにゆっくりと座る。ベッドに伝わりながら、手で身体を支えて、ゆっくり、ゆっくりと。
いすでゆらゆらしていると、なんだかうれしくなってきて、踊り出したくなってくる。
気持ちは外の気配に向かっている。小さい音も全部聞き逃さないように、ラサはじっとしている。
もうすぐだ。
子どものはじけた声がだんだん近づいてくる。
そうするとラサは、もっとうれしくてたまらなくなる。
「おばあちゃん! ごはんだよ!」
何人もの子どもが、にぎやかにラサの小屋に入ってくる。
一人は、バナナの皮に包んである、白いお芋のほくほくしたやつを持ってきて、
「まだあたたかいよ!」
と言う。
「ほらお茶だよ」
一人は飲み物を差し出す。
お芋はつぶしてある。それを少しずつ食べる。
喉に詰まらないように、少しずつ。
今入ってきた子たちは孫だったろうか。あるいは孫のそのまた子どもかもしれない。
あとからも、小さい子どもたちがどたどたとラサのいる小屋に入って来た。
あちこちに散らばり、ある子どもはラサのいすを揺らし、ほかの子は部屋の周りにいくつか置いてある切り株のいすに乗って、飛びはね、ある子はラサの洗濯物の中にもぐり込み、それぞれに遊び始める。
たくさんいる。
このざわめきが好きだ。
「うぉっ ほっほっほっほっ」
子どもたちの声は、くすぐったい。歯のないラサの口から笑いがもれてしまう。
「ははは、おばあちゃん、笑ってる。食べてるんじゃなかったの?」
何人もの子どもが、踊るように、はねるように、ラサの周りを取り巻く。
「うぉっ ほっほっほっほっ」
またくすぐったくて、ラサは笑い声をあげる。
「きゃー! 笑ってるの?」
「でも、涙が出てきた!」
「笑ってるの?」
「泣いてるの?」
あまりおかしくて、楽しいから、涙が出てくる。でもそれを説明できない。
だからラサはまた笑う。
「うぉっ ほっほっほっほっ」
「ライオンみたい!」
「ライオンが笑ったらこんなだ!」
「じゃあ、ハイエナは?」
「あいつたちは、いつも笑ってるんだって!」
子どもたちはつぎつぎに言葉をつなぐ。
ラサの身体に、細く黒い手がいくつも触れてくるのがわかる。
うれしい。子どもは力の源だ。
子どもの手の先から、ラサの中にも力の源が入ってくる。
「やっぱり泣いてる!」
「悲しいのか、おかしいのか、わかるの?」
子どもたちがラサの顔をのぞき込む。
「ほりゃ、わら…る…のさ」
そりゃ、笑っているのさ、と言ったつもりだけれど、歯がないのと、おかしいのとで、空気がもれてへんてこな言葉になる。
「ひゃー! 何て言ってるかわかんねえ!」
一人がおどけると、ほかの子にもそれが伝わって、笑いがはじけていく
「わかんねー!」
「わかんねー!」
そして、それにリズムがついて、歌になって、続いていく。
子どもたちは、とびはねて、即興の歌をうたって踊り出す。まずは「わかんねー」の歌だ。
手をたたいたり、そこらのものをたたいたり、足を踏んで音を出したり、小屋の中にあるものでどんどんリズムを盛り上げていく。
それは、ラサの身体の奥にもあるリズム。自然と身体が動き、子どもの踊りに同調する。
「ひひねー…。…は…」
いいねー、子どもは、と言ったつもり。
言葉がうまく出てこないから、子どもたちにはおかしいらしい。
それで、また子どもが笑い出す。子どもの笑いは、ラサの気持ちを安らかにする。ラサはだれかに触ろうと思って、手を伸ばす。
「きゃー! おばあちゃんの手、ごつごつでしわしわ!」
「ごつごつでしわしわ!」
「ごつごつでしわしわ!」
子どもは同じ言葉を何度も繰り返して、それが音の層になる。
そうすると、こんどは「ごつごつでしわしわ」の歌が始まって、いろいろなものをたたき出し、飛びはねる。またしばらくは踊っている。
楽しい。
どの子が何という名前だったのかなんて、もうずっとわからない。
だって、ラサは、何人もの赤んぼうをとりあげてきた。自分の娘たちの赤んぼうも、息子の嫁さんたちの赤んぼうも、隣のうち、またその隣のうち、村の人たちの赤んぼうたちを。
そんなにいっぱいだから、一人ずつ覚えてなんていられないさ。




