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サマタオ  作者: 辰野ぱふ
15/22

アキト (1)

 ビュービュービュービュー。

 恐ろしく大きな警告音が続けて鳴り響いていて、頭が張り裂けそうだった。赤いランプが点滅していて、目がジンジンする。このビルに今、爆弾が投下された。

 避難階段を一段一段上りながら、アキトは右の太股をかばった。重かった。外につながる非常扉まであと少しだ。一緒に階段を上っている同僚の顔も疲れている。それでも目が合うと、微笑み、うなずきあった。

 もう長いこと、家には帰っていない。

 ヨウコと結婚して、ミドリが生まれた家はマンションの一室で、今は空き部屋の状態になっている。だから、家に帰ったとて誰もいない。もしかしたら、もうそのマンションも爆撃に遭って、なくなっているのかもしれない。わかっていたけれど、自分の部屋で、自分のベッドでゆっくり眠りたいと思った。

 戦火が激しくなり、驚異を与えるためなのか、恐ろしく音の大きい戦闘機がいくつも飛んで来ていた。レーダーで、建物を直接ねらってくる。攻撃の目標が外れることはなく、大きなビルがいきなり崩れたりする。

 どちらに逃げていいのか、予想もつかない。

 戦闘機で攻撃してくる国は、戦が始まる前の数年間にめきめきと戦力を強化していて、恐ろしいものがなくなってしまったらしい。想像を超えるものがあった。

 アキトのマンションは都心にあったので、ヨウコとミドリは地方の家に避難することになった。

 それからもう二年が過ぎようとしていた。

 アキトだけは仕事を離れられず、都心から少し離れたこの研究所に残っている。

 そうやって研究所に監禁状態になったまま働いている人が、まだ数百人はここに取り残されているはずだった。

 研究室は地下だったので、外の状況は放送で見るだけで、ずっと実感がわかなかった。


 家族が避難している家は、アキトの祖父母が暮らした家。アキトの父親が育った家で、アキトが子どもの頃は、いつも夏休みに遊びに行っていた所だった。

 ヨウコとミドリが避難した最初の頃は、ネットでヨウコと話もできたし、ときどきミドリもカタコトのコメントを送ってきた。

 ミドリはいつもベッドに横になっていて、弱々しく笑っていた。

「パパ…。モシャック、ママ…」

 そんなふうに、単語をつなげるように話す。その声がふっと聞こえるような気がするときがある。

 モシャックというのは、ヨウコ、ミドリと一緒に田舎に避難した飼い犬で、ゴールデンレトリバー種だ。ほんとうの名は「モサック」。ミドリが言うと、モシャックと聞こえる。

 ミドリが産まれた頃、モサックはもう八歳だったから、今は十三歳。犬の年齢にしたらもうおばあさんだ。

 ミドリの記録は全部コンピュータのハードディスクからメモリに移して大事に持っている。ミドリがまだふにゃふにゃの赤ちゃんだった頃、はいはいしている頃、歩くようになり、だんだんおしゃべりもするようになった頃までの記録、戦が始まる前に録った映像・音声など全部。

 ヨウコとミドリが田舎に避難してから、ネットを通してやりとりした声も映像も全部、録音・録画して、しまってある。

 ミドリは産まれた時からとても小さくて、とても弱い子どもだった。保育器の中で育ち、か弱い命をつなげて生きているような赤ん坊だった。

 風邪などをひくと、何日も熱が下がらず入院する。でも、特に病気ということでもなく、ただただ弱いだけなのだ。

 ヨウコとミドリが避難した頃は、都心から地方に避難する人々のラッシュで、地方に向かう交通は混雑しており、移動自体がミドリのか弱い身体には負担だったのだろうと思う。

 せっかく避難したのに、ミドリは病気がちになり、十分な治療が受けられず、どんどん弱っていった。

 物資が不足して、医療機関はすべて戦に向けて運営され、医薬品も戦に貢献する兵士、負傷者に最優先で調達されるようになった。薬は確保できなくなり、ミドリは生き残ることができなくなってしまった。平和な世の中だったら、人から少し遅れていても、生きてはいられただろうに。

 コンピュータのディスプレイを通して見るミドリは、いつも飼い犬のモサックにもたれるようにしていて、だんだん眠るだけになり、そうして、静かに小さい火は消えてしまった。あっけないものだった。

 ヨウコは一年は泣き暮らしていただろうか。アキトはただ黙ってそれを見ているしかなかった。

 最近は、あまりヨウコと話すこともなくなった。一日に一回は無事を確認するようにしているけれど、通信も深夜だけに規制され、ネットもつながらない時が増えている。

 やっと回線がつながってヨウコの姿を見つけても、今はヨウコがモサックに寄りかかり眠っているばかりだった。

 こんなはずではなかったのに…。と、アキトは思った。


 アキトが学校を卒業して今の会社に入った頃は、楽しいことしか考えられなかった。

 音響に興味があり、そのことを仕事にしたいと考えたのが中学時代。それからよく勉強もしたし、難関を突破して良い大学に入り、自分の進みたいように自分の道を作ってきた。

 アキトは希望どおり、音響機器を扱う会社に研究者として働くことができた。そして現在もその会社の音響技術研究所に勤務している。

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