ジム (1)
みごとな夕焼けの中をジムは飛んでいた。
空の中にただ一人、浮かんでいるように感じる。この世界にたった一人になったように感じる。目の下には海が広がっていた。それからぐるりと空を回って町に近づくにつれて、視界がぼんやりしてきた。
煙だ。煙の中にうすぼんやりと瞬いている光が見える。それは炎だろう。
かつて、この国の上空を飛んだ時にはもっと華やかな光に溢れていた。
その光はこの国の繁栄を表していた。その光を見るだけで、賑わっている町の息づかいが伝わってくるようだった。ただ上空を飛んでいるだけで、楽しく思えたものだ。
それがどうだろう。
都市部では、建物が崩壊し、見るも無惨ながらくたの山になっていた。
敵対国から戦闘機が集まってきており、ジムは身の危険を感じた。
その時、猛烈な爆風に吹き飛ばされた。
「だめだ」
自分の身体が溶けて行く。そういう実感があった。
ジムは目を閉じた。
こちらの基地に出発した日の朝のことが蘇った。
「じゃあね」
と母さんがジムに言った。母さんは去年姉さんが産んだ赤ん坊を抱いていた。ジムの甥っ子だ。その赤ちゃんの大きい青い目がキョトキョトとジムを追った。
ばあ、とジムがあやすと、赤ん坊は親指をしゃぶりながら、ケラケラと笑った。
「気をつけてね」
母さんが首を傾げると、濃いブラウンの髪の中に混じった白髪が目立って、ジムは胸がきゅんと痛くなった。そんな風に急に胸が締めつけられることがときどきあった。ジムはそんな思いを振り払って、
「身体に気をつけて」
とできるだけさりげなく笑って、白いスポーツ車の扉を閉めた。
「ほら、おじちゃんにバイバイ」
まだわからない赤ん坊の手を取って、母さんが振って見せた。
「このおじちゃんも、トミーみたいなかわいい赤ちゃんだったのよ」
車のバックミラーに、ガレージの前に立っている母さんとトミーが映る。ジムは窓から手だけ出して、もう一度手を振った。
車を走らせると、気分が軽くなってきた。心が躍った。乗り物を操縦していると、血が騒ぐ。
スピードを出して窓を開けた。風を感じる。自分の車。かわいいやつ。ジムはハンドルを愛おしく操り、いつもの明るい気分が戻ってきた。音楽をオンにするとさらに気分が良くなってきた。
サンシャイン サンシャイン…。
太陽は今ジムの上に陣取り、ジムだけを照らしている。
車に乗ることも大好きだけれど、飛行機に乗っている時はさらに最高だった。
自分の下に広がる大地。川、山、木々、家、豆粒のように見える。小さい時から飛行機に乗ることに慣れていた。父も、祖父もその父も皆パイロットだった。だからジムも小さい頃からパイロットになることを夢見ていて、そして当然のようにパイロットになった。
初めてセスナ機にのって自分の家の上空を飛んだことがよみがえる。
ジムの住んでいる家は、ジムの産まれた家で、濃い緑色の屋根、白い壁の二階建てだ。父さんも母さんも家を大事にしていて、いつもきれいに壁を塗り替え、家の前の芝生もきれいに刈り込み、ちっとも古い感じがしない。
空から見ると、おもちゃみたいで、不思議な感じだ。
二階のジムの部屋の窓が見えた。その中のことはよく知っている。壁にはジェット機のポスターが貼ってあり、ベッドの反対側の壁にはガラス棚があって、たくさんのプラ模型が並んでいる。母さんはジムがいつ帰ってきてもいいように、いつも部屋をきれいに掃除してくれている。空の上から自分の部屋のことを思い浮かべるのは、なんだか愉快だった。
ベランダの方にぐるりと旋回する。あそこから紙飛行機や竹細工の飛行機を作っては飛ばしたのだ。
いつか自分が飛行機を操縦して飛ばすことを楽しみにしていた。それが今飛んでいるのだ!
迷わず兵士になったけれど、戦場は嫌いではなかった。普段の生活では味わえない緊張感が気持ちを引き締める。そうやって背筋を伸ばしている感じがジムは好きだった。
今、ジムは旋回していた。ぐるぐると世界が回っている。その強い衝撃の中で、頭の中で何かが爆発するように、いろいろな思いが一度にはじけ、回り出した。
小さい頃、父とキャッチボールしたこと。初めて買ってもらった黒いグローブ。魚釣りに出かけたこと。初めて針にかかった魚をかわいそうに思ったこと。母とおめかしして教会に行ったこと。近所の友達と庭にテントを貼って夜を明かした日。大好きだったチョコバー。ギターをやった、バンドをやった、映画をたくさん観た。一番お気に入りだった野球チームのキャップ。好きなロックバンドのコンサートで買ったTシャツ。カーニバルの花火。移動遊園地の大きな観覧車。炭酸入りのレモンジュース、紺と赤のストライプのシャツ。そしてそのシャツを着て出かけたマリーとの初めてのデート。
母さん、母さん、母さん。
父さん、父さん、父さん。
マリー、マリー、マリー。
マリーは近くのスーパーで働いている。濃い茶色の瞳が大きくて、サラリとした長い金髪の髪が額にかかると、ステキだった。ジムはいつもマリーがレジに立っている時をねらって買い物をした。




