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MISSION 7 幼馴染




 目が覚めると、まだ朝の十時だった。

 長いたった二日の入院生活だったが、俺の生活リズムをまともにするには十分な期間だったらしい。


 枕元に置かれた、白い封筒。


 ネイチャーレンジャーを首になる前は見飽きていた、その後は見ることさえ叶わなかった金額が詰まっている。

 これでもう、あの場所へは行く必要はなくなった。

 腕の回復を待ち、それからゆっくり仕事を探せばいい。

 ただそれだけ。

 ゆっくりと休めばいい。時間が来れば全て解決する。


 ただ、それだけは嫌だった。一日中この部屋に居続けることは苦痛だった。


 あの場所に行きたい。


 あの暖かい場所で、毎日を過ごしていたかった。

 夢はまだあるのに、追いかけたいものはあるのに。

 今はただ、あそこに行きたかった。


 休むために。少し立ち止まり、自分の周りを良く見まわすために。

 気が付くと、俺は服を着替えて部屋を後にしていた。

 折角臨時収入が入ったのだから、何か土産でも買っていこう。






 結局今日も、彼女の仕事場まで来てしまっていた。

 呼び鈴を鳴らし、ドアに鍵がかかってない事を確認すると返事を待たずに勝手に入る。まだ本格的に仕事を始めてなかったのか、さゆりさんとミアはソファーで何やら資料を整理していた。


「おはようございます紅一さん。腕のお怪我はどうですか?」

「流石に一日じゃ治らないさ。はいこれ」


 土産に買ってきた洋菓子の箱をさゆりさんに見せる。


「何ですか?」

「お菓子か!?」


 急に立ち上がり、輝いた目で俺を見るミア。

 子供らしい彼女の顔を見ていると、心の奥から悪戯心が湧いてくるのはどうしてだろうか。


「ピーマンだよ」

「死ねぇっ!」


 俺の顔面めがけて、鋭い後ろ回し蹴りが飛んでくる。


「あぶねぇ!? 冗談だよシュークリームだ」


 左手でそれを捌き、真実を彼女に伝える。

 全く、気性の荒い奴だ。


「……やったーっ!」


 こんどは急に笑顔になり、両手を広げて部屋中を駆け回り始めた。その姿は知り合いの犬によく似ていた。


「いいんですか紅一さん?」


 喜ぶミアをよそに、さゆりさんが小さな声で俺に耳打ちする。


「何が?」

「……お金のことです」


 そういえばそうだった。俺は今のところ、病院の治療費を稼ぐためにここに来ている事になっている。余計な金は本来なら使えないはずだ。


「あぁ、その心配なら大丈夫」

「え?」

「日頃の行いがいいのさ」


 目を丸くするさゆりさんに、俺は嘘をついた。俺がいい事をした訳じゃない。ただ、身の振り方を変えただけだ。


「そうなんですか」

「そうなんです」


 不思議そうな表情をするさゆりさんに、俺は笑顔を向けた。

 するとすぐに、彼女も笑ってくれた。


「もう食べてもいいーっ?」


 二人でそんな話をしていると、勝手に箱を開けて中身を確認したミアが叫ぶ。


「今食べてもちゃんとお昼ごはん食べれるの?」


 まるで母親みたいなことを聞くな、と思いながら俺はさゆりさんの動向をみていた。


「大丈夫、ミアの胃袋は宇宙だから!」

「ピーマンでも?」

「大丈夫、もとから食べられないから!」


 ふざけた事を言うミアの頭を、俺は直ぐに軽く叩いた。


「おいっ」

「叩くな! すいません、この人ロリコンでーす!」


 マンション中に聞こえそうなぐらい大きな声で、ミアが叫ぶ。

 俺の品位にかかわる問題なので、俺は焦って彼女の口を手でふさいだ。


 それが、いけなかった。


 焦って言葉を遮った事が、さゆりさんにはそのまま言葉の肯定に受け取られてしまった。


「そ、そうなんですか!?」


 驚いた顔で、俺の目を見据えるさゆりさん。


「お前も真に受けるなよ!」

「ごめんなさい!?」


 さゆりさんの頭を軽く叩く。


「てへっ」


 咄嗟に頭を防御したさゆりさんが、子供みたいに小さく舌を出す。

 彼女独特の仕草なのかは知らないが、ただ部屋の空気が冷たく重くなっただけだった。


「まぁ、折角だしシュークリーム食べちゃいましょうか。紅茶淹れますね」


 まるで何事もなかったかのように、さゆりさんが台所へ向かって歩き出す。


「さすがさゆりちゃん、変な空気の流し方は心得てるぜ! ミアはお皿持ってきまーす」


 食器棚に向かってパタパタと歩きだすミア。


「じゃぁ俺は……」


 部屋中を見回し、自分にできそうな仕事を探してみる。

 何も無い。というか、そもそも部屋の間取りさえろくに把握してない。


「ソファーで寝てるよ」


 苦笑いを浮かべながら、俺はソファーに身を預けた。






 昨日とおなじティーカップに口をつけながら、今朝買ってきたシュークリームをつまむ。


「美味しいですねこれ」

「まぁ結構並んだしな」

「知ってる、これテレビでやってた。しかしコウイチ、よく買えたなーっ。周り女の人ばっかりだっただろ?」


 今朝の光景を思い出す。

 

 職場の話や恋の話で盛り上がるOL達や、厚化粧の中年のおばさん達の中には、上下ジャージで髪の毛がボサボサの男はあまりにも不釣り合いだった。周囲の人の笑い声が、全部自分に向けられている気さえした。


「何度も帰ろうと思ったけどな」

「そうですね、遅刻した事は不問にしてあげます」


 あのさっきの発言は誰も問わないのか、と心の中では思ったが、紅茶と一緒に腹の奥へしまった。


「何時って聞いてなかったから仕方ないだろ」

「まぁ、正午までに来てくれればいいですから」

「へー」


 随分とゆるい規則だ。漫画家なんて皆こんなものなのだろうか。


「さゆり先輩、いますかーっ」


 黙々とお菓子を食べていると、掛け声と一緒に誰かが部屋に入って来た。聞き覚えのない筈なのに、どこか懐かしい声だった。


「あ、アキラちゃん」


 さゆりさんは声のする方に顔を向け、やって来た女性の名前を呼んだ。


「お、シュークリームじゃん。しかもこれ有名店の」


 その女性は真っ先に机の上に置かれたシュークリームの箱を手に取った。


「……誰?」


 俺を見るなり、その女性は不遜な態度で呟いた。


「紹介しますね、元ネイチャーレンジャーのブラックの」


 その顔には、見覚えがあった。最後に会ったのは中学校の卒業式だったと思う。

 それでも彼女の顔は良く覚えていた。


「紅一じゃないか」

「……お前かよ」


 渡井アキラがそこには立っていた。


「あれ、もしかして二人とも知り合い?」

「ええ、幼馴染です」


 何年ぶりだろうか。背は伸び体つきも大人になっていたが、印象的なショートカットと中性的な顔立ちは相変わらず変わらなかった。


「ふーん」


 意味深な相槌と一緒に、紅茶をさゆりさんがすする。


「私の分は?」


 アキラはもう俺に興味を失くしたのか、それとも食べ物しか眼中になかったのか、ここにはない四つ目のシュークリームを探し始めた。


「お前がいるなんて知らないよ」

「そうか」


 俺が手に持っていたシュークリームをアキラは素早く奪い取り、口の中に詰め込んだ。


「あ!」


 半分ほど残っていた俺のシュークリームは、あっけなく彼女の胃袋に収まってしまった。全く二日連続で食べ物を奪われるなんて運が悪い。


「バニラビーンズがいいな。なんていうか、甘さが引き締まる。それにこの生地もよくできてる。適度な歯ごたえが空いた小腹を埋めてくれる」


 喉を鳴らしきちんと飲み込むと、アキラは味の感想を淡々と述べた。

 その様子を見ていたさゆりさんが、肩を震わせ怯えた顔で俺達を見ていた。


「どうしたの先輩?」

「それ、さっきまで紅一さんが食べてましたよね?」

「そうだな」


 当然の事を聞いてくるさゆりさんに疑問を感じながらも、俺は首を縦に振った。


「じゃぁそれ、簡接キスじゃないですか!」


 顔を真っ赤にして、さゆりさんがそう叫んだ。

 簡節キス。まさかこの単語を二十歳すぎてから聞くことになるとは。


「……は?」

「何が?」


 そんなことは俺にもアキラにとっても非常にどうでもいい事だった。


「え? え? 恥ずかしくないんですか!?」

「落ち着けさゆりちゃん」


 嬉々としてお菓子を頬張っていたミアが、やたらと落ち着いた顔でさゆりさんの肩を叩く。


「だって簡接キスですよ!? しかも男の人とですよ!?」


 顔を右往左往しながら、さゆりさんが誰かに同意を求める。


「さゆりちゃんって、案外子供だよな」

「ミアちゃんには言われたくないもん!」


 必死になって言い訳する姿は、まさしく思春期前の甘えん坊だった。


「さゆり先輩って自営業じゃなかったら社会参加できなかっただろうね」

「あー、ちょっとわかるかも」


 OLをするさゆりさん。どこかの市役所で働くさゆりさん。

 肝心なところで失敗ばかりする彼女の姿が簡単に目に浮かぶ。


「紅一さんまでそんな事を……もういい! 今日は仕事しない!」

「やったーっ!」


 さゆりさんはそのままソファーに横になり、クッションに顔をうずめてとうとう動かなくなってしまった。


「……いいの?」


 あまりに自由な営業方針に、流石の俺でも疑問を持ってしまう。


「まぁ、先輩だし」


 肩をすくめて、アキラがそんな事を言う。

 きっと、この理由になる筈のない一言が、ここにある問題はすべて片付けてくれるのだろう。






 五分ほど不貞寝したさゆりさんは、ソファーから起き上がるとミアと一緒にテレビゲームを始めた。


 やかましい台詞とともに派手な必殺技が画面全体を埋め尽くす。


「あーあ、暇だなぁ……」


 初めのうちは見ているだけで楽しかったが、流石にそれが十分も続けば飽きてくる。

 ソファーに寝転びながら、俺は大きなあくびをした。


「おい」


 だらしなく口の開いた俺の顔を、アキラが軽く叩く。


「何だよ」

「暇だなぁ、じゃないでしょうが。給料貰うつもりなら自分で仕事見つけるでしょ、普通」


 ため息をつきながら、アキラは説教を始め出した。


「力仕事なら自信はあるけど……この腕だしな」


 当然俺は、ギプスに巻かれた右腕を突き出す。


「甘い!」

「いてぇ!?」


 彼女はそれを、思いっきり叩いた。


「それぐらい気合いで何とかしろよ。それともお前は腕の怪我が治るまでそのソファーで毎日寝ているつもりか!?」


 あまつさえ、説教さえ始め出した。もっとも、彼女の言葉には一理あるが。

 俺は体を起こし、もう一度大きなあくびをする。

 それから顔を叩いて、自分に少しだけ気合いを入れた。


「しょうがない、絵の練習でもする」


 確かに右腕は動かないが、綺麗な線を引く練習や塗りつぶす練習ぐらいならできそうだ。


「やめろ!」


 折角人がやる気になったというのに、アキラは俺の腕を強く掴んできた。


「お前の芸術作品を見せられる身になってみろ!」


 言い返せない。自分の絵がとても絵と呼べるものじゃない事は知っていたし、アキラもそれは十分理解している。幼稚園から中学校まで一緒だったのから、当然と言えば当然だろうが。


「……じゃぁどうすればいいんだよ」


 今度は俺が溜め息をつく番だった。

 何をすればこのだらけた生活から抜け出せるのか。


「ついてこい」


 アキラは不気味な笑顔を浮かべて、部屋の外へと俺を案内した。






 案内されたのは、仕事場の横にあるアキラの部屋だった。働いているのか学生をしているのかは聞いてはいなかったが、とにかく汚い部屋だった。


「なんだ、ここ」


 靴を脱ぎ、部屋の中に上がる。足の踏み場を洗濯物と雑誌の間に求めながら、彼女の行く先についていく。複雑に置かれた棚や物のせいで先程までいた部屋とは同じ間取りとは思えない。


「触らないでよ? お前が触れば何でも壊すから」

「解ったよ」


 怪しげな機械に伸ばした手を、ポケットの奥に引っ込める。

 ここで待て、と俺に言うと、彼女は部屋の最奥の倉庫のような部屋へ入って行った。


「さゆり先輩が悪の組織の女幹部だってのは知ってる?」


 何かを探す物音と、彼女の声だけが部屋の中に聞こえる。


「あぁ、知ってるよ」

「なら、話は早い」


 そこで、物音は止まる。

 何を探しているのかは知らないが、目当ての物は見つかったらしい。


「ほら紅一、受け取れ」


 掛け声とともに、彼女が俺に何かを投げ渡してきた。


「おっと」


 宙を舞った、カボチャ大の何かを受け取る。

 実際に受け取ってみると、それは人の顔を模していた。

頭蓋骨によく似た、黒い何か。それを俺は、何度も目にしていた。


「……戦闘員のマスク?」


 何度も殴りとばしてきた、やられ役の顔。


 次々と吹き飛ばされていった者に名前はない。


「そうだ。それを被ればお前の怪我なんてすぐ治る。詳しくは私もよく知らないけどね。まぁ、未知のテクノロジーってやつだな」

「断る」

「どうして? お前はもうなんとかブラックじゃないだろ」


 いつのまにか、アキラは俺の目の前に立っていた。

 その眼は、真っ直ぐに俺を見据えていた。


「それともまだ、自分の夢が叶うとでも思っているのか?」


 アキラの胸倉をつかむ。指先が白くなるほど、左腕に力が入る。


「現実を見ろよ。お前はもう正義の味方じゃない。それともお前の言ってた正義の味方っていうのは、他人の為に何もできない奴の事を言うのか?」


 彼女の言葉が胸に刺さる。

 今の俺に、何か出来る力はない。

 ただ環境に甘え、堕落した時間を過ごしていくことしかできない。


「大人になれよ。誰だって、昔のままじゃいられないんだ」


 彼女の目を、知っていた。

 曇りガラスのような、先の見えないくすんだ目。

 どこで見た?

 いつまで見てきた?


 ――思い出す。


 それは、小さな車の中だった。俺が運転する、一台のタクシーの中。

 バックミラー越しに見えた客はいつも、こんな目をしていた。

 現実を受け入れながらも、心のどこかで自分に言い訳を続けている人達の目。


 俺には夢があった。

 俺はまだできる。


 だけど現実が、許してはくれない。


 そんな、言い訳を言い続ける子供の目だ。


「一回だけだ」


 力を緩め、彼女の襟から手を離す。

 彼女の目を、覚えていた。

 昨日までの自分の目だった。


「腕を治すために、一回だけ手伝ってやる。……それでいいだろう」


 今の俺には、何も出来ない。

 それが現実だ。それを受け入れるしかない。


「あぁ、十分だ」


 もう一度渡されたマスクを見る。

 窪んだその眼は何も映してはくれない。

 だけど。


 だけど俺は、信じていたい。


 その影の先に、光がある事を。

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