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MISSION 13 ただ、真っ直ぐと

「この……裏切り者!」


 ピンク色の女が、拳を構え突っ込んでくる。

 その動きは早い。


 威力だって、生身の何倍にもなっている。


 それが、何だというのか。


 動き自体は単調で、反撃の隙で溢れている。


 それにあのスーツは、俺が着ていた物と同じ物だ。弱点も特性も、全部覚えている。

 飛んでくる拳をいなし、彼女の左足を軽く蹴る。

 たったそれだけで、彼女は体のバランスを崩してしまう。




 脆い。




 何も、怖くはない。


 彼女が地面に顔をつけるまでに、顔面に二発、背中に一発、急所だけを狙い拳を叩きこむ。

 ピンクがその場に倒れ、変身が解ける。

 ダメージが溜まれば変身が解けるスーツの仕様は、変わらないでいてくれた。

 



 レッドの拳が、容赦なく俺を襲う。


 早い。


 さっきの女の拳とは、比べ物にはならない。

 当たってしまえば、骨が砕けかねないだろう。


 距離を取り相手の隙を探しながら、俺は今自分が身につけているスーツの特徴を思い出した。

 身体能力が格段に上がる訳でもなく、感覚が研ぎ澄まされる訳でもない。


 ただ、回復力がべら棒に上がるのだ。




 それなら。

 それなら、骨が砕けても何も問題はない。




 俺の夢は、こんな小さな男じゃない。


 あぁ、そうだ。

 俺の夢はいつだってここにあったんだ。真っ直ぐと突き出されたレッドの拳を、掌で受け止める。

 右腕の感覚が根こそぎ奪われる。


 踏ん張っていた筈の足が、何センチも動かされる。


「貴様……なぜ裏切った!」


 力を込めて、レッドが叫ぶ。

 なぜ、ときたか。

 まったく笑ってしまう。


「俺は正義の味方じゃない」


 回復した右手で、レッドの拳をしっかりと掴む。離しはしない。

この一撃で、決める。


「俺の味方だ。俺の夢を」


左腕を後ろに引き、力を溜める。

 拳を強く、強く握り込む。


「ただ追いかけて……何が悪い!」


 そして、その拳を。


 強く、


 前へ、


 突き出す。




 ――届け。






「さゆりさん大丈夫? 全く、相変わらずドジというか何というか」


 瓦礫にもたれ掛かった彼女に、手を伸ばす。戦闘員のマスクはもう外している。家に帰るだけなら、あんな物は必要ないだろう。


「……いいんですか?」


 あまりにも多くの事に対して、それでいいのかと彼女は尋ねる。


「いいんです」


 彼女の口調を真似て、それでいいと答える。

 それだけで、俺達は笑い合えた。


「肩、貸して下さい」


 カサブランカではなく、さゆりさん本来の喋り方で彼女は俺に一つお願いした。


「はいはい」


 その言葉が心地よかった。

 頼られているからか、それともいつものさゆりさんの言葉だったから。

 彼女に肩を貸し、ゆっくりと来た道を歩いて行く。


「動くな」


 後ろから声がする。

 重苦しく、怒りに満ちた、光の声。


「お前か……」


 俺は振り返らずに、そのままさゆりさんに肩を貸し歩いて行く。


「どういうつもりだ? どうして俺とは戦わない!?」

「お前とは戦いたくないだけだよ」


 光は怒っていた。戦おうとすらしない俺に、すぐには撃たない自分自身に。

 俺の言葉は、多分光の神経を逆なでするだけだっただろうが、事実そうなので仕方がない。他にこいつに言える言葉はない。


「撃つぞ」

「撃たないよお前は。撃てないんだ」


 一歩ずつ、確かに歩いていく。光との距離は開いていく。


「昔の仲間だから撃たないとでも思ってるのか?」

「……なあ、光」


 立ち止り、空を見上げる。真っ赤な太陽がいつまでも燃えている。


「俺は止めたよ。誰かに、何かに従って生きていくのは」


 与えられた役割も、肩書きも消えたけれど。

 自分は確かにここにいる。

 夢はまだここにある。


 それだけが、俺の全てだった。


「自由に生きるって決めたんだ」


 振り返り、光の顔を見る。

 いつの間にか、彼はヒーローの格好をしていなかった。


「お前はどうする? これからもずっと、今みたいに生きていくのか?」


 誰かに尻尾を振って、餌を貰うのを待ち続けるのか。それとも自分の足で動いて、何かを探していくのか。


「それは……ただの傲慢な自己満足だ」

「俺達は、そういうものだろ」


 光の言葉に、俺は肩の力を抜いて答える。取り繕う必要も格好をつける必要もない。それでいいいと、誰かが頷いた。




 目の前を、片耳の黒猫が通っていく。相変わらず毛並みは荒れて、汚らしい。

 だけどパンの欠片を口にくわえ、誇らしげに歩く姿は、どんな猫よりも気高く、美しかった。




 日差しが眩しく、少しだけ瞬きをする。


 瞼を開ければ、もう猫は消えていた。


「走るぞ」


 光の様子の変化に気づいた俺は、さゆりさんに小声で言った。

 奴は撃つ。そう直感した。


「えっ!?」


 さゆりさんと肩を組みながら、まるで二人三脚みたいに走り出す。足もとで何かが砕ける音がした。


「足、私足が」


 彼女の言葉に促され、さゆりさんの足を見ている。瓦礫に挟まりでもしたのか、確かに走るのがつらそうだ。


「だったら……こうだ!」

「きゃっ!?」


 彼女の膝の裏に手を伸ばし、体を抱える。所謂お姫様抱っこなんて体勢になってしまった。

 気にはしない。

 恥ずかしいけど、気にしてはいけない。

 さゆりさんが、微笑んでいる気がした。


 その笑顔だけは、俺の目に焼き付いてしまった。


 走って行く。

 今来た道を、これから行く道を。




 ただ、ただ真っ直ぐと。

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