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MISSION 9 良い話




「紅一さん、ほらこれ見て下さい!」


 翌日、仕事場についた俺を待っていたのは鼻息を荒くしたさゆりさんだった。手には新聞を持ち、一面記事を必死に指さしている。


「いいよ、別に」

「『戦闘員、ネイチャーピンクにハイキック! 負けるな僕らのネイチャーレンジャー!』ですって! いきなり新聞デビューしちゃいましたね!」


 昨日の夜のニュースから、この事ばかりが取り上げられている。


 夕方には号外が配られたと、テレビでは言っていた。それほどまでに俺の行動は大きく扱われていたのだ。今日の特番では、戦闘服に身を包んでいた人物を特定しようとさえしている。


 全く、良い迷惑だ。


「別に新聞に載りたかったわけじゃないさ」


 興奮するさゆりさんの頭を軽く押さえる。

 ヒビが入っていた筈の右腕はもうすっかり良くなっていた。


「良かったなコウイチ、これでミア達の仲間だな! パパもすっげー喜んでたぞ!」


 俺の肩を、ミアが景気のいい音を立てて叩く。

 その音には俺への期待が籠っている気がして、少しだけ気分が重くなった。


「言っておくが、もう俺はそれをつけないからな」

「何で?」


 ミアが不思議そうに首をかしげる。


「そういう約束だ」

「こんなに頑張ったのにですか?」


 新聞を握りしめながら、さゆりさんが顔を近づけてくる。


「こういうのは努力とは言わない。運が良かっただけだ」

「まぁ、紅一さんがそう言うのなら無理強いはしないですけど……」


 言葉ではそう言いながらも、さゆりさんの表情は明らかに重くなっていた。


「なんだ、もうやめるのか」

「腕が治った事には感謝するけどな」


 自由になった右腕の指を自由に動かし、三人に見せる。


「私が通報しなかったらもっとひどい事になっていたかもしれませんよ?」


 思い出したように、さゆりさんが俺に言った。


「さゆりさんが通報してくれたの?」


 そういえば、救急車を呼んでくれたのが誰だか聞いていなかった。


「ジャージを返そうと思って紅一さんの後を追ったら、白い車が凄い勢いで駈けて行って」

「白い車?」


 さゆりさんの言葉を、急いで遮る。

 走り去ったという車の色が、俺の知っている物とは違っていた。


「白い車でしたよ? さすがにナンバーまでは見えませんでしたけど」

「青い車じゃなくてか?」

「いくら日が沈んでいたからって、白と青は見間違えませんよ」

「警察にはそれを言ったのか?」

「私が警察と顔を合わせるのは色々まずいと思いますけど……どうしました?」


 急いで質問をし、自分の知っている情報と照らし合わせる。

 違うのはたったの一点だけ。それは、車の色だ。

 ブルーが乗って来たのは、青い車だった。


 彼は、嘘を付いている。


「……やられた」


 しかし、あいつが二台以上車を持っている可能性は十分にある。確かめなければならない。


「何がですか?」

「俺の話さ」


 不思議そうな顔をするさゆりさんに、俺は理由にならない理由を答えた。




 どうやら、今日の俺はついているらしい。会って話をしたいと思っていたブルーが、いつかのように車で俺のアパートの前まで来ていた。


「ようブラック。なんだ、彼女が実は医者で右腕のギプスを外して貰ったのか?」


 俺の右腕を見るなり、ブルーはさっそく嫌味を言い出した。


「丁度良かったよ、お前に聞きたい事があったんだ」

「なんだ、女に飽きたから次は男か?」


 ふざけたブルーの冗談を無視し、彼が乗ってきた車に目をやる。傷一つない、青いスポーツカー。


「……その車、新車か?」

「ん? あぁ、これのことか。いい車だろ、今年一番のお気に入りさ」


 事故の事など忘れたかのように、ブルーは気楽にそう教えてくれた。

 部屋には戻らず、俺は青いスポーツカーの助手席に乗り込んだ。


「おい、勝手に乗るなよ」


 にやけた顔で、ブルーが運転席に乗り込んでくる。


「聞きたい事がある。お前も俺に用があるからここに来たんだろ?」

「……今日は、お前の奢りな」


 諦めたように肩をすくめ、彼は車のキーを捻った。低くうるさいエンジン音が車内に響く。


「あぁ、最高の牛丼屋に案内してやるよ」

「俺が馬鹿だったよ」


 大きな溜め息をついて、ブルーが車を走らせる。

 どこへ行くかは、俺には知らされなかった。






 俺達が到着したのは、先日行ったバーだった。今度は貸し切りとまで行かなかったのか、まばらに客が残っている。


「安心しろ、噂話に聞き耳を立てるような人達じゃない」


 俺の心を読んだかのように、ブルーが耳元で囁く。

 以前と同じ場所に腰をかけ、前と同じ酒を頼む。


「それで、お前の要件は何だ?」

「送ってやったんだ。先にそっちから話すのが礼儀だろ」


 目の前に、ショットグラスに注がれたウィスキーが置かれる。


「だったら、単刀直入に聞く」


 酒を一気に煽り、胃の中に流し込む。


「俺を跳ね飛ばしたのは誰だ? 誰を庇っている?」


 一瞬、ブルーの目が曇ったのが俺でも解った。


「お前がさっきまで乗っていた車で、俺がお前を跳ね飛ばしたよ」


 水割りを口にしながら、ブルーが吐き出すように言った。


「あの車は青いよな」

「それがどうした?」


 目だけで店のマスターを呼びつけ、同じ酒を頼む。


「一人だけ、事故現場近くにいた人がいる。その人の話によると、俺を跳ね飛ばしたのは白い車だったそうだ」

「無職は違うな。空いた時間で探偵ごっこか?」


 大きな溜め息をつき、ブルーは俺の行動を非難した。


「答えろ。お前は誰を庇っている?」

「あの金を受け取っただろう? この話はもう無しだ」


 忘れろ、とでも言うかのように、ブルーが言葉を吐き出す。


「受け取ったさ。犯人に刑務所に入ってほしい訳じゃない。ただ知りたいだけだ」


 真っすぐにブルーの目を見つめ、素直な気持ちを口にする。

 復讐がしたい訳じゃない。誰かを恨みたい訳じゃない。


 ただ、あの日何が起こったのを知りたかった。


 観念したかのように、ブルーが本日何回目かもわからない大きな溜め息をついた。一気にグラスを傾け、酒を飲み込む。その姿は、少しだけ無理をしているように見えた。


「レッドだ」


 一度だけ、一言だけブルーが呟いた。

 俺にはそれで十分だった。


「……そうか」


 運ばれてきた二杯目のグラスに手を伸ばし、少し口に含む。


「別に驚かないんだな」

「お前が喜んで尻尾を振る相手はあいつぐらいだからな」

「違いない」


 鼻を鳴らし、ブルーはまた酒に手をつけた。氷だけが残ったグラスが心地よい音を立てる。酒が入ってない事にようやく気付いた彼は、マスターを呼びつけ新しい酒を用意させた。

 疲れている。

彼の姿が単純にそう見える。


「まさか復讐でも考えてるんじゃないんだろうな?」

「治った怪我の事なんか忘れたな」


 右腕をフラフラさせ、怪我が治ったことをアピールする。


「お前が馬鹿で良かったよ」


 ようやくブルーが笑う。一瞬だけ、彼の疲れが取れたように見えた。


「ところでお前は何で俺の所に来たんだ?」

「今日の新聞の一面記事について話し合いにな」


一瞬だけ俺の心臓が跳ねる。もしかすると、俺があの戦闘員だとバレたのだろうか。


「随分と苦戦したみたいだな」


 平静を装い、ブルーの目を見ずに言う。


「あの時は俺も正直肝を冷やしたよ。それでなんだがな」

「なんだが?」


 相の手を入れ、酒を口の中に含む。ほんの少しだけ手が震えている。


「やっぱり、五人の方がやりやすいよな。五人に戻すよう上に掛け合ってみるよ」


 彼の口から出てきた言葉は、戦闘員の正体とは関係のないことだった。安堵のため息が自然と漏れてしまう。


「俺とそれに何の関係がある?」


 肩の力を抜き、目頭を軽く押える。

 張っていた緊張の糸がほぐれ、幾分か心が軽くなる。


「白々しいこと言うなよ。グリーンは流石に新しく募集するとしても、ブラックは変える必要はないだろう」


 また、俺の心臓が大きな音を立てる。


「あそこに戻れ、ってことか」


 戻れる。

また、あの場所に立てる。


「馬鹿のお前でもわかりやすく言うとな」


一度は手放してしまった日のあたる場所に、また手が届く。

 それは、どこまでも魅力的だった。


「お前がレッドと馬が合わないってことは知ってるよ。事故の事もあるしな。だからお前は闘ってくれるだけでいい。昔みたいに芸能人の猿真似なんてしなくていい」


 その上、好きにしていいと来ている。前よりも待遇が良くなっている。


「悪い話じゃないだろう?」


 頭を掠めたのは、あの小さなマンションの一室だった。

 光輝いている場所じゃない。

 町の片隅にある、どこにでもある、そんな場所だ。

 だけど、いつの間にかそこは、前いた場所と同じぐらい大切になっていた。


「少し考えさせてくれ」


 酒を飲み干し、咳を立つ。酔っぱらった頭じゃ、まともに考えられそうになかった。


「あぁ、いつでも連絡をくれ」


 店を出ようとした俺に、ブルーが名刺を手渡す。

 裏を見れば、電話番号が書いていた。


 ジャージじゃ似合わないバーを、カウベルの音を立てながら後にした。

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