第7話 妖精vs訓練士-コードネーム=ロウ-
2/20一部変更しました。
第9部 調教師→調教士
第58部 魔法を爪で切る→魔法を魔法で切る
「はぁ?何言っているのかなぁ?」
ラコイは男に呆れた口調でそう言ったが、警戒は少しも緩めていない。
もしかしたら、名前を聞いてきたのは男がラコイの油断を誘うための口実で、気を緩めた瞬間に使役している鋭鋼狼に襲わせるつもりなのかもしれないからだ。
そもそも、鋭鋼狼と木の幼精であるラコイは属性の関係上決定的に相性が悪い。
全12ある属性の内、九行を司る属性は一つの特定属性に対して強く、一つの特定属性に対して弱い。
そして、ラコイが最も得意とする『木』の属性は、鋭鋼狼の得意とする『金』の属性に弱かった。
【生命力あふれる『木』は、『金』で作られた道具によって切り倒される】
これは、九行の相性関係を現した文の一節。
とはいえ、幾ら弱点属性であったとしても圧倒的な実力差又は戦闘センスがあれば相性差を覆すことも可能だが、僅差であった場合は十中八九勝利を収めるのは不可能といってもいい。
その証拠に鋭鋼狼にはラコイの攻撃は通じていなかった。
魔物としての格ならば妖精という高位種族であるラコイの方が上。
だが、狼人種の使役している鋭鋼狼はよく鍛えられていた。
こいつは自然に生息している野良の個体とは比べ物にならないくらいの力を持っている。
ラコイも地獄の特訓の時に別の鋭鋼狼と何回か戦う機会があったが、もはや同じ種族とは思えない程に力量が隔絶していた。
スキルで力量を把握しようと試みたところ、その実力はラコイより少し弱い程度、下手すれば同等程度。
相性の差も考えれば絶望的といても良いだろう。
「(これは仕方ないかなぁ………)」
自分の引き出しを曝すのは余り推奨されることではないのだが、ラコイは手札を一枚切ることをそっと心に決めた。
種としてはそこまで強くはない鋭鋼狼をラコイと同じくらいの実力まで育て上げるとは尋常ではない。
一匹しか使役者がいないということは、まず調教士ではないだろう。調教士は個よりも群としての力に重きを置く職種だから一匹しか使役していないなんてありえない。
だから、相手は召喚士なのではないかと考えていた。
何故一匹しか召喚していないのかと疑問は残るが、他に召喚獣がいないわけでもないだろう。
そして、その実力は鋭鋼狼が一番強力な使役獣だったとしても同じくらいには鍛えられている可能性が非常に高い。
そう考えるとぞっとした。
故にラコイは全力を持って叩き潰さなければならない。
相手の慢心だか何かは知らないが、まだ逆転できるうちに自分の敗北する要因を排除する。
ラコイがそこまで考えたのは、ほんの数瞬の間だった。
【高速思考】のスキルを完全に操れていないために起こる副作用の弊害で意識的に止めることができなかった思考が、男が口を開いたことで注意がそちらに向き中止される。
「何もどうも、これほどの強者なのだから名前を聞いておかなければと思っただけさ」
「へぇ………」
ラコイはその返答に若干引いていた。
何故なら、男の顔はニンマリと唇を釣り上げて満面の笑みを浮かべていたからだ。
細めた目は歓喜の色に染まり、薄く開いた口からは狂ったようにフフフと小さく笑い声が漏れている。
「俺は訳あって、本当の名は明かせないが今はコードネーム=ロウとでも呼んでくれ。さあ、君の名を教えてくれ。そうすれば、俺はまた一つ強者を知ることができる!!」
「え?あ?ラコイですけどぉ………」
ラコイはロウと名乗る男の勢いに負けて、つい名乗ってしまった。
それを聞いたロウは何かぶつぶつと呟きながら、唸っていた。
「ラコイ、ラコイ………知らないな。妖精種で姿が分かっていないのは何人かいるけど、そのどれでもない。偽名?いや、たぶん本名だな………まさか、俺の知らない強者にこんなに早くで会えるとは………嫌な依頼だったけど、今は依頼を受けたことを喜んでおこう」
そこまで一しきり言い終わった後、狂ったように大声で笑い、その笑みを浮かべた顔をラコイに向けてロウは言った。
「さあ、ラコイとやら存分に殺し合いを楽しもうじゃないか!!」
その言葉が合図になったように、鋭鋼狼が勢いよくラコイに飛びかかる。
十分に警戒をしていたラコイはすぐさまそのことに気が付き、余裕をもって迎撃する。
「【水槍・最強】」
ロウとの会話の間に待機させておいた魔法を放つ。
現在ラコイが使える属性の内4番目に得意な『水』の属性魔法。
一番目の『木』は効果が薄いから。2番目と3番目は初見で使った方が効果があるので今は使いたくなかった。
【水槍】は下級魔法ではあるが、最強化させてあるために限りなく中級魔法に近い威力を持つ。
この魔法が選ばれた理由としては、属性の問題と形の問題である。
鋭鋼狼の鋭く尖った体毛は矛盾したことに、硬さと柔らかさを併せ持っている。
柔らかい毛が衝撃を吸収し、硬い毛が斬撃が身体に届くのを防ぐ。
そのため、効かないとまではいわないが、殴打、斬撃の攻撃は効きづらい。
それが、ロウの使役している個体ならより一層強化されている。
そこで刺突という訳だ。
刺突系の攻撃ならば一点に威力が集中するから、幾ら硬くても一点突破ならば攻撃を通すこともできる。
まあ、向こうもそれは分かっているだろうからこの攻撃は躱されるだろう。
だが、それでいいのだ。
幾ら最強化にして攻撃の質と量を底上げしたところで、一回の攻撃魔法程度では倒せないことはわかっている。
所詮は時間稼ぎでしかない。
虚空から水で形作られた槍が次々と勢いよく飛び出していき、こちらに迫りくる鋭鋼狼を攻撃する。
だが、その結果を確認することなくラコイは次の行動に移った。
ロウとの会話の間に回復させておいた羽を使い、更に用意していた敏捷上昇系の魔法を同時にかけながら全力でロウの懐に飛び込む。
向こうは今までの対応を見ても魔法しか使っていなかったから十中八九後衛職である召喚士と考えていいだろう。それに、狼人種と妖精種の体格差のせいでこちらが真面に近くで戦えるとは思っていないに違いない。
そう、ラコイは近接戦闘もできるように訓練されていた。
妖精種は基本魔法特化型。
つまり、後方から魔法を放ち続ける固定砲台のような役割が得意だ。というよりは、大半の妖精種は固定砲台の役目しかできない。
生来から豊富な魔力を持っているせいで、魔法を取りあえずぶっ放しておけば大抵の敵が片付いてしまったための弊害である。
当然ラコイも生まれた直後の辺りは、そんな戦い方ばかりをしていた。
だが、ナツトの従者は基本的に一人で動き回ることが多い。
何時でも後衛を守ってくれるわけではないのだ。
なので、ナツトが主軸になってラコイの梃入れが行われた。
結果、魔法をメインにして戦うという戦法は変わらなかったが、近接戦闘もできるようになったために、戦い方のバリエーションが増え、安定して戦えるようになった。
主従関係である以上、これはラコイたちにも適応されるが、『召喚』や『調教』などの他者を使役する能力を持っていると、被使役者は主がやられた場合酷く動揺してしまう。
決定的に主従の仲が悪い場合でもない限り、程度の差はあれど少なくとも隙を作ることができる。
なので、使役系の人と戦う時は魔物と比べるとほぼ確実に身体能力に劣る使役者本人から潰すのが基本だ。
「はぁぁっ!『首裂』ぃっ!」
もう目の前にまで迫ったロウに向かって、ラコイは貫手を放つ。
『首裂』はナツトから教えてもらった暗殺術の基本技の一つで、様々なもので首から鎖骨付近(主に頸動脈)を切り裂くという名前通りの技だ。
だが、徒手空拳から慣れれば武器全般で使用できるという、非常に応用力の優れた技でもある。
特に相性が良いのが、鎌や縄などで、これらを使うことで背後から気づかれることなく切り裂けるようになる。
ナツトくらいこの技に真に熟練していると棍棒や杖、メイスなどの打撃武器でも首を裂くことができるようになる。
だが、ラコイはそこまで暗殺技に慣れていないので、一番最初の段階である素手でこの技を繰り出していた。
魔法によって強化された速度を持って放つ高速の突きは、単純な身体能力がすぐれている獣人であったとしても避けることは不可能。
それが後衛職ならばなおさらだ。
ラコイは自分の貫手が当たると確信していた。
それが、思い違いとも知らずに。
ラコイは直前ギリギリまで自分が近接戦をできるとは悟らせなかった。
まさか、相手も同じだとは思ってもいなかった。
確かに油断はしていなかった。
だが、想像力が少し足りなかった。
故に、ラコイの攻撃は外れる。
「なっ!?」
ラコイの貫手をロウはアクロバティックに回避する。
その場でいきなり宙返りを決めて、首の右総頸動脈を正確に狙った『首裂』を見事に避け、その勢いのままラコイに蹴りを放ち、同時に距離を取る。
まさか、回避するとは思ってもいなかったラコイはその蹴撃をまともに受けてしまう。
幸いにもそこまで思い一撃ではなかったために、戦闘不能にはならなかったがラコイの認識を変えるには十分だった。
驚愕に目を見開くラコイに対して、ロウはッ不気味ににやりと笑っていた。
「召喚士じゃないのぉっ!?」
「ハハハ、いつ俺が召喚士だと言った?似ているようで残念ながら俺は召喚士じゃなくて、訓練士だぞ?」
「訓練士?」
ラコイは内心首を傾けていた。
ラコイは訓練士がどういうものかを知らなかったからだ。
ロウの言い草から、訓練士が使役を可能とするのは分かるのだが、それ以外が一切分からなかった。
前衛なのか後衛なのか、近接戦も可能なのはロウが特別なのか、使役可能数はどれ位なのか………などと様々な疑問が浮かんだが、そんな幾ら考えても答えが見つからない非生産的な思考をしている暇はなかった。
「ガウァァッ!」
背後から鋭鋼狼が飛びかかる。
それを体勢を立て直したラコイは、未だ魔法によって強化され続けた状態である俊敏さを生かして無理矢理回避する。
「チィッ!」
「戦いの場で余計なことを考えてるとすぐ死んじゃうよっ!」
体勢を崩したラコイ。
そこに、ロウが爪での一撃を繰り出す。
爪には風を纏っていて、切れ味が格段に増している。
獣人としての膂力を持ってすれば、一撃で大木も真っ二つなってもおかしくはない一撃だ。
避け切るのは難しい。
直感的にそう感じたラコイは手札を一枚切ることにした。
「【閃光・通常】!」
※九行………『火』、『水』、『氷』、『雷』、『土』、『風』、『岩』、『木』、『金』の9属性のこと。五行相克を元にして作られた魔法思想。
『火』は『金』に強く、『金』は『木』に強く、『木』は『岩』に強く、『岩』は『風』に強く、『風』は『土』に強く、『土』は『雷』に強く、『雷』は『氷』に強く、『氷』は『水』に強く、『水』は『火』に強い。この関係のこと。
※『光』⇔『闇』 光と闇の属性は相互にに弱点。『無』には相性の良し悪しが存在しない。




