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引きこもり主婦のポンコツな日々  作者: 小日向冬子
8/21

息子のこと その2

 先日、卒業を間近に控えた中3の甥っ子のことで義姉から電話がかかってきた。

「聞いてよ、冬子ちゃん。あの子、もう学校に行かないし、卒業式も出ないっていうのよ」

 よくよく聞いてみると、長いこと積もり積もった先生への不信感やら何やらがここにきてとうとう爆発したらしく、すでに何日か学校を休んでいるという。これまでも時折先生に対して反抗的な態度をとることがあったという甥っ子。

「まあ、いいんじゃない? ここまできたら出席日数が足りないとか別にないでしょ? 式に出なくても卒業はできるし」

 こちとら長年本物の不登校息子と渡り合ってきたのだ。そのくらいでは驚きもしない。

「いや、でもさあ。先生に腹が立つって言ったって、そんなの割り切ればいいものを。だいたいあの子はいつも……」

 どうにも納得しかねるようすで、わが子に対する怒りをひとしきりぶちまける義姉。

 そしてぼやいた。

「ああ、もう。どうして他の子みたいに、普通にできないのかなぁ……」

「ねえ、それ、わたしに言う?」

 うちの息子のぶっとんでいる数々のエピソードを全部知っている義姉にそう切り返し、しばし2人で大笑いした。

「ああ、ちょっと気が楽になったわぁ」

 そう言って電話は切られた。



 昼過ぎになって、息子がだらだらと起きてきた。

 無事受験を終えて結果待ちの彼は、「発表まで何も考えないで自堕落に過ごす!」と宣言し、封印していたネットゲームにはまっているのだ。


 ふと思い立ち、息子に甥っ子の話をしてみた。

「で、どう思う?」

 わたしの問いかけに彼は「うーん」と唸りながらしばらく考え込んでいたが、やがておもむろに口を開いた。


「時間が、必要なんだよね」


 ほう。何やらまともな答えが返ってきたぞ。


「ひきこもりのいいところってさ、考える時間がいっぱいあることなんだよ。俺も、学校行かなくなって最初の頃は確かに先生に対しての怒りみたいなのもあったけど、だんだんしょうがないって思えるようになったっていうか」


 ふむふむ。


「あとはね、自分のことをちゃんとわかってくれてるって感じることが大事かな」


 おお! それは、親はわかってくれたと思ってるってことかい?


「なんだかんだ言って俺、いい先生にも当たってるし。そのときは鬱陶しいとか思ってたけどね。まあ、本当にどうしようもない先生もいたけど、そういう奴には何言っても無駄だから」

 そう言って何人かの先生の名をあげた。


 なんだ、親じゃないのか。ちぇっ。


「俺が一番嫌なのは、裏表があるやつ。相手によって態度変えたりさ。そういうのは話にならないね」


 ふーん。なんか、すごいまっとうな感覚じゃん、君。


「ま、とにかく中3くらいの時ってしょうがないんだよ。もう少ししたら、だんだん割り切れるようになっていくんじゃない?」


 なんだか妙に説得力のあることばに感心しつつ、話し込んだ勢いで常々疑問に思っていたことを聞いてみた。


「君って、人の顔色全然うかがわないよね?」

 傍目から見ると彼は堂々の俺様キャラ。へなちょこの母からどうやってコイツができあがったのか、不思議でしょうがなかったのだ。


 が、驚くべき答えが返ってきた。


「いや、俺、元々はすっごく人の反応気になるタイプだよ。だから、あえて見ないようにしてるだけ。それに豆腐メンタルだから、そこもあえて、『最後はどうにかなる』って思い込むようにしてるし」


 なんと、そういうことだったのか。

 それじゃあ、ついでにもうひとつ聞いてやれ。


「不登校のときってさ……いや、それ以外のときでもね。死にたいとか、自分なんて価値がないとか、思ったりしなかった?」

 だって、もしわたしだったら絶対そういう風に思い詰めていただろうから。


 が、彼は実にあっけらかんとしたようすで答えた。


「うーん、それは、思ったことないなあ」


 そのことばを聞いた瞬間、不覚にも泣きそうになった。

 息子よ、母はもうそれだけで充分だ。



 この18年間、君にはホントに悩まされた。

 でもね、それ以上にたくさん救われてきたんだよ。


 ありがとうね、こんなポンコツ母のところに生まれてきてくれて。



 とっくに母を追い越したどでかい図体を見上げながら、心の中でそっとつぶやいた。

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