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引きこもり主婦のポンコツな日々  作者: 小日向冬子
4/21

方向音痴

 筋金入りの、方向音痴である。


 どのくらいの筋金かというと、道を曲がると自分がどっちを向いているのかわからなくなって、地図をぐるぐる回してしまうくらいだ。初めてお邪魔した家から出てくると、必ずと言っていいほど逆方向に帰ろうとして、相手をひどく慌てさせる。


 なので、基本、同じ道しか通らない。


 学生時代も仕事をしているときも、毎日通う街なのに、決まった経路以外の場所にあるものはほとんど知らないまま過ぎた。

 興味本位でうっかりウィンドウショッピングなどしようものなら、位置感覚の混乱と物の氾濫で、あっという間に疲弊し切って迷子になってしまう。


 今でもたいてい、同じ道を通って同じ店に買い物に行く。

 いつまでもこれではいけないと思い立ち、普段と違う路地に入ってみたら、それだけで延々と迷い続けて1時間、いい汗ならぬ冷や汗をかきながら帰宅したことがある。

 それ以来、連れ合いと一緒でないときは、決して知らない道には入らない。


 こんな体たらくなので、ぶらりお散歩も気ままな一人旅も、憧れはするけれど、到底無理。

 携帯端末も上手く使いこなせない機械音痴でもあるために、初めての場所にどうしても行かねばならぬときは綿密に下調べをして地図を印刷し、それを手にしてうろうろ、うろうろ。完全におのぼりさんである。


 もともと家から出ないことがまったく苦にならないのだが、この性質がさらに引きこもりモードを強化している感は否めない。


 そして、もうひとつ。


 4年ほど前に仕事をやめて、同時ににゃんこを飼い始めたのだが、長時間家を空けたあとは、たいていコイツがぐれているのだ。

 暗くなって家に帰ると、必ずと言っていいほど玄関マットとキッチンマットがぐちゃぐちゃになっている。

 当のにゃんこは、部屋の隅っこでふてくされ遠巻きにこちらを睨んでいる。いつもの甘えん坊のごろにゃんに戻るまで、ひたすら謝り倒し、ご機嫌をうかがう羽目になる。


 ところがあるとき、以前の職場の関係で、短期の仕事を頼まれてしまった。

 久しぶりのお勤めで、わたし自身もガチガチに緊張していた。が、よりによって当日の朝、滅多に吐くことのないにゃんこが、何度も吐いたのだ。

 猫を飼っている方ならわかると思うが、猫は割とよく吐く生き物だ。が、今うちにいるにゃん子は、小さい頃から珍しいくらいそれがなかった。

 ただ事ではない。

 が、気になりつつも初日から休むわけにもいかず、吐いた後は元気なのを確かめてそのまま出勤した。仕事を終えて帰ってくると、案の定マットはぐちゃぐちゃ。そんなことがしばらく続いた。

 やがてにゃんこも落ち着いてきてどうにか契約期間は勤めあげたが、それ以来、わたしの引きこもり度はさらにアップした。


 わかっているのだ。

 外に出るのも新しいことも人一倍苦手なわたしは、もうそれだけでいっぱいいっぱいになってしまう。そんなピリピリした空気を、にゃんこは敏感に感じ取ったに過ぎない。


 そんなにゃんこを見ながら思った。息子が幼い頃ずっと、仕事に追われ時間に追われ、イライラピリピリしていた自分。

 にゃんこが吐いて教えたように、彼も何かのメッセージを、発してはいなかっただろうか。

 そんなこともできないくらい、わたしは息子を追い詰めていなかっただろうか。


 息子にそんな話をしたら、彼はニヤッと笑いながら、

「そうだよ、俺、それがトラウマになっててさ~♪」

 なんて、さっくり軽口を返してくれた。


 ほっとしたような胸が痛いような、複雑な心境。


 余裕がないポンコツな母で、ごめんよ。


 そう心で謝りながら、とっくに母の背を追い越してしまった息子の代わりに、にゃんこの背中を何度も何度もゆっくりと撫でた。

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