離陸
春から、息子がひとり暮らしを始めた。
そう言うとたいていの人は急に憐れむような表情になり、それからこう尋ねてくる。
「それじゃあ、淋しくてしょうがないんじゃない?」
わたしはちょっと口ごもり、
「ええ、まあ……」
と曖昧な相槌を打つ。
困るのだ。
だって、全然淋しくないんだもの。
連れ合いでさえ引っ越しの後しばらくは、ハラハラしながらわたしの様子をうかがっていたという。けれどあまりにあっけらかんとしているから拍子抜けしたよ、と。
わたし自身、自分がこんなにさっぱりした気分になっていることが意外だった。とどのつまりは息子に対して気が済んだのかもしれない、なんて思う。
不登校になって以来、何年間も地縛霊のように家に張り付いていた息子。
バイトや予備校に通った時期もあったけれど、基本、いつ起きていつ寝るのかまったく予測がつかず、食事の時間もめちゃくちゃなネトゲ三昧の生活を続けていた。
おまけに食べたら食べっぱなし、ゴミも置きっぱなし、トイレだって汚しっぱなし、そのうえ外に出ない日は、風呂に入らず歯も磨かないのだ。
臭いんですけど。
臭すぎるんですけど!
家の手伝いどころか自分のことさえやろうとせず、隙さえあれば丸投げしてフェードアウト。
わたしはひそかに「あわよくば」というミドルネームをつけてやった。
文句だけは一人前の、小日向・あわよくば・ハルキ。
「これさあ、肉、少なくない?」
「なんだよ、アイスまだ買ってきてないの?」
「このゴミちゃんと捨てとけよ」
って、あたしゃあんたの召使じゃないっつーの!
「そういうの自分でやってくれると、すごく助かるんだけどな~」
やんわりとこちらの要求を伝えてみるが、そんなときたいてい奴は、ふっと微笑みながらこう言ってスルーする。
「善処するよ」
って、どっかの政治家かい!
立っているものは親でも使え。
いや、座っている親は、立たせてでも使え。
親も世間も舐めきったようなその態度をどうにかしなきゃと、以前のわたしは必死だった。
いつまでもそんなんでどうするの、そんな生き方していたらあとで痛い目を見るよと、とくとくと説教してみたり優しくなだめてみたり、キレたり脅したり無理強いしたり泣き落としたり無視したり、思いつくあらゆる手立てを尽くした。
が、奴は何も変わらなかった。
それどころか、ますます頑なになっていく。
わが子ながら、手強すぎる。
いや、わたしの子供だからか?
いらだちを抑えきれず旦那に愚痴ると、
「親だからって甘えてるんだろ、結局はガキなんだよ」
ま、そうなんだけど。
そうなんだけどさ……
何年間ものすったもんだの挙句、わたしは奴をあきらめた。
見捨てるということでなく、いくら親の願う通りにさせようとしても意味がないと悟ったのだ。
そう思えるようになったのは、息子が中学を卒業するときに交わした約束のおかげでもあった。
この先どういう道を選んでもかまわない。
ただ、20歳になったら家を出ること。
息子のようなタイプには何を言っても無駄。実際に自分でやってみるのが一番だというのが、わたしたち夫婦がたどり着いた結論だった。
まだまだ先だと思っていたその日はもう目の前。
そう、こんな風に振り回されるのも今だけなのだ。
何度も自分に言い聞かせながら、傍若無人な暴君の振る舞いに耐え続けた。
「そこまで好き勝手やっても文句言われないなんて、居心地よすぎて息子さん絶対家を出ていかないよ」
そう忠告してくれる知り合いもいた。
正直わたしも不安だった。
ただのやりたい放題のバカ息子になってしまったらどうしよう。
しかし奇跡的に入試をクリアした息子は、そんな周囲の心配をよそに意気揚々と新生活への準備を始めた。あんなに前向きでアクティブな彼の姿を、わたしは今まで見たことがない。
3月の終わり、前日までに荷物を全部運び終わり、あとは原付バイクで新しい部屋へ向かうだけとなった息子を玄関で見送った。
「わからないことがあったら、電話で教えてやらないこともないけどね」
「そこまで言うなら聞いてやらないこともないけど」
ひとしきりいつも通りのそんな軽口をたたいたあとで、
「とにかく、体だけは、気をつけて……」
そう口にした瞬間に、ぐっと込み上げてくるものがあった。
思わずわたしは息子を引き寄せ、小学校以来の、そしてたぶん最後になるであろう、ハグをした。
翌日、さっそく電話がかかってきた。
『あのさ、米って、どうやってとぐの?』
って、そこからかい!
料理など小学生のお手伝い以来のはずの彼は、スマホでレシピを検索しては、唐揚げ、肉じゃが、ハンバーグ、とんかつと順調にレパートリーを増やしているらしい。
授業も休まず出ているようで、
「つまんない授業は寝てるけど、友達と一緒だとそこまで辛くないしね」
なんて言葉を聞いては胸をなでおろす。
「ゴールデンウィークは帰ってくるの?」
と尋ねれば、
「なんで帰るの? そっちでやることないじゃん」
と即答。その連休中に迎えた20歳の誕生日には、県をまたいで中学の友達が集まり祝ってくれたという。これでおおっぴらに酒が飲めると調子に乗って、3日間酒盛りしたらしい。
そんな話を聞きながら、こいつはようやく離陸したんだなぁ、としみじみ思う。
長い長い滑走路だった。
これからはその手で舵を取りながら、自分の力で生きていくんだね。
そしてふと思う。
息子がいなくなっても淋しくないのは、やっと彼が自分の足で歩き始めたことが、嬉しくてたまらないからなんだろうな、と。




