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引きこもり主婦のポンコツな日々  作者: 小日向冬子
18/21

病は気から 後編

 片耳が聞こえず平衡感覚がおかしくなると、それだけでひどく体力を消耗するものらしい。しばらくは一日中寝たり起きたりで、使い物にならない木偶の坊として日々を過ごした。


 体調のいい時は細々と家事をこなし、ネットを駆使して病気のことを調べた。

 検査結果が出るまではまだ間があったが、今の症状はことごとく聴神経腫瘍に当てはまっているようだった。それに、耳鼻科の先生の切羽詰まった雰囲気や市立病院の先生の憐れむような表情からも、腫瘍ができているのはほぼ間違いないだろうと思われた。


 わたしは腹をくくり、腕のいい医師を探してどうやったらその診察を受けられるのか、その病院で手術をするとしたらどのくらいの日数と費用がかかるのかを調べ上げた。



 そんなある日、ずっと家の中にいるのもよくないだろうと、連れ合いに付き添われて散歩に出かけた。


 元気なときには意識したこともなかったが、片耳だけだと音がどこから聞こえるのかがわからない。それでますますひとりの外出が怖くなっていたのだ。


 彼は歩き慣れた散歩道を手をつないでゆっくりと歩いてくれた。

 そして、ふと口を開いた。


「冬子さ、俺に迷惑かけるとか、考えなくていいよ」


 え、と彼の顔を見た。


「どうせさ、自分の体がどうとかよりも、家のこととかできなくなって俺に負担がかかるのを心配してるんだろ?」


 ああ、そうだ。

 言われてみれば、確かにわたしが一番恐れているのは、この人の重荷になってしまうことなのだった。自分のせいで無理をして彼が壊れてしまうのではないか。それが何より怖かった。


 自分でもはっきりと自覚していなかったその気持ちをズバリと言い当てられて、鼻の奥がつうんと痛くなる。


「大丈夫だよ。家事はやりようでどうにでもなるし、必要な時は仕事だってちゃんと休めるから。それに、今までだって俺たちほんとにいろんなことがあったけど、一緒に乗り越えてきただろ? 今度だって乗り越えられるよ」


 不自然なほどに力強い彼の声を聞きながら、きっとこの人も不安なんだ、と思った。わたしに語っているようでいて、そのひと言ひと言を自分自身に言い聞かせているような気がしてならない。


 そっか、忘れてた。

 この人本当は、わたしよりずっと繊細で臆病なんだった。

 今の暮らしを、そしてわたしを失うことを、誰よりも恐れているのはこの人なのだ。


 それならば、どんな結果が待っていたとしても、この人のために生き続けなくちゃ。






 数日後、検査の結果を聞きに行った。


「これがMRIの画像です」


 先生が脳の断面図を見せてくれた。


 どこだ? どこに腫瘍が? 大きさは?


 が、食い入るように画像を見ているわたしに向かって、先生はにっこり笑ってこう言った。


「腫瘍は、ありませんでした」


 は?

 な、ない?


 だってこのふらつきと、ひどくなっていく難聴は? 

 先生方の意味ありげな表情は?


 そんなのって、あり?




 こんなオチで大変申し訳ないが、本当に腫瘍はできていなかった。


 が、結局は原因不明で治療もできず、聴力の回復もみられない。


 とはいえ、当初は凶器のように刺さってきたサイレンの音や犬の鳴き声も、今ではだいぶやり過ごすことができるようになった。水の底にいるような感覚や体のふらつきだって、最初の頃ほど意識せずに生活していられる。


 検査をすると、決してよくなっているわけではない。つまりは、ただ「慣れた」のだ。人間の適応力とはなかなかすごいものである。



 また、そうしてある程度動き回れるようになると、状況を説明しなければならない場面もいろいろ出てくる。


「左耳が聞こえなくなったんで、話しかけるときはできるだけ右からお願いします」


 ジムや美容院でお願いするたびに、「うちの主人も実は……」「知り合いがね……」なんて話をいろんな人がしてくれた。今まで知らなかっただけで、片方の耳が聞こえない人など決して珍しくはないらしい。


 そう考えると耳だけでない。きっとみんな口に出して言わないだけで、それぞれがいろんな痛みや不自由を抱えながら生きているに違いなかった。もちろんわたしなんかより、もっと辛い苦しみを背負っている人だってたくさんいるはずなのだ。



 これから年を重ねるにつれて、不自由なことはもっと増えていく。へなちょこなわたしはきっとそのたびに、うろたえたりへこんだり、泣きたくなったりするだろう。


 でもそんなときにはきっと、同じようにいろんな痛みを抱えながら必死に生きている人たちのことを思い出したりするのだろう。


 もしかするとそれを身近に感じることができただけでも、片耳を失った意味はあったのかもしれない、なんて思ったりしているのだった。

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