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引きこもり主婦のポンコツな日々  作者: 小日向冬子
12/21

たかがにゃんこ、されどにゃんこ

 わたしが生まれ育った家には、いつも何匹かのにゃんこがいた。


 幼いころから当たり前のように日溜まりの匂いのするもふもふに顔をうずめ、肉球を顔に押し当て、ひんやりと冷たい耳を裏返し、ねこじゃらしを採ってきてはじゃれつかせて遊んできた。


 けれどそうやって可愛がる一方で、どの子もやがていなくなってしまうということを淡々と受け入れてもいた。


 動物病院などまだなくて、ケンカして血だらけで帰ってきても吐いてぐったりしていても、どうすることもできなかった時代。

 彼らは彼らで、死期を悟ると黙って姿を消した。

 大好きだったチャトランも気まぐれな美猫のグレにゃんも、そうやっていつの間にかいなくなった。うっすらとした淋しさを感じながらも、にゃんことはそうやって過ぎ去っていくものなのだとそのたび静かにあきらめた。


 だから大人になって、職場の同僚が飼い犬を亡くしたと言って泣きはらした目で出社したときは正直驚いた。とりあえず同情しているふりはしたが、そこまでの気持ちになることがどうしても理解できなかったのだ。


 ――だって、ペットってそういうものでしょ?





 そんなわたしが5年前、にゃんこを飼い始めた。

 実家を出てから初めてのことだ。


「目が合った瞬間、わたしを連れて行って、と言ってる気がしたの」なんてよく聞くけれど、そんなのありえない。

 そう思っていたわたしのハートを、一瞬で射抜いたにゃんこ。

 その日から、その子以外の猫なんてまったく目に入らなくなった。


 かくして、わが家の一員となったくらにゃん。

 好奇心旺盛で人懐っこくてちょっと不器用で、人間の子どもみたいに後追いをするその姿にすぐさま家族全員がメロメロになった。



 そのくらにゃんが、夏の終わりに病気になった。


 頻繁にトイレに行くのに、思うようにおしっこが出ない。

 やがて落ち着かないようすで家中をうろうろ歩き回り、あちこちで力むようになった。フローリング、玄関のタイル、タオルケットの上、座イスと家中にお漏らしの小さな染みができていく。


 これはただごとではない。

 近所の動物病院に、大慌てで駆け込んだ。



「あー、だいぶ膀胱大きくなっちゃってますね~」


 石ができて尿道が詰まっているのだという。

 おしっこが出ないというのは致命的で、猫の場合あっという間に尿毒症になり命を落とすこともあるらしい。

 すぐさま麻酔を打ち、詰まった石を膀胱に戻す処置が行われた。

 が、それからもたびたび同じ症状が繰り返され、どうしようもなくなって最後は手術する羽目になった。


 幸い術後の経過は順調で胸をなでおろしたけれど、それまでの一か月は気が気じゃなかった。ろくに眠れずくらにゃんを置いて出かける気にもならない。


 今日はちゃんとおしっこ出てる?

 ご飯あんまり食べてないみたい……。

 まさか、このまま死んでしまったりしないよね?


 何をしていても、くらにゃんのことが頭から離れない。


 とにかく生きていて欲しかった。

 黒目をまん丸にして小首を傾げるしぐさ。じっと見つめるもの言いたげな表情。名前を呼ぶとぶんぶん動かす長いしっぽ。

 くらにゃんのいる日常を、どうしても失いたくなかった。


 気の休まる間もなく日に日に疲れきっていくわたしを見るに見かねて、連れ合いから「少し休みなさい」と指令が下りた。


 このときになって初めて、泣きはらした目で出社してきた同僚の気持ちが痛いほどにわかった。

 心を注ぎ続けてきたものを失う痛みは、相手が人間だってペットだって変わりないのだ。


 たかがにゃんこ。

 されどにゃんこ。



 もしかすると、ひねた子どもだったわたしは、最初からあきらめておくことで失ったときのダメージを最小限にしようとしていたのかもしれない。


 でも今は、何もかもを静かにあきらめるなんてもうできない。

 失いたくないものがあることが、幸せなのだと知ってしまったから。



 にゃんこの寿命は長くて十数年。

 順当にいけば、いつかはくらにゃんを看取ることになる。


 いや、にゃんこだけじゃない。愛する者との別れは生きている限り必ずどこかで訪れる。

 考えたくはないけれど、決して避けては通れない。


 それならば、せめてその日ができるだけ先でありますように――。


 ゴロゴロとのどを鳴らして甘えるくらにゃんをそっと撫でながら、そんなことをしみじみ祈った秋の夜だった。

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