放浪
それから、朝は待ち合わせをして登校し、昼食は食堂で一緒に摂るということが習慣となった。
親にこれから食堂で昼食摂ると言っても聞き入れてもらえず、未だに食堂で弁当を食べるという肩身の狭い思いをしている。
一週間もすれば周りのみんなも慣れてきて、一緒にいても変に注目を集めることはなくなった。ただたまに、一部の男子生徒から恨みがこもった視線を受けることもある。
川本も最初はほとんど口を開かず、たまに開けばやさぐれたことばかり言っていたが、最近ようやく以前と同じように話すようになってきた。
食堂にて、僕と間宮さんは一緒に昼食を摂っていた。
「どういうことだ?」
先に食べ終わった間宮さんが怖い顔をしてそう言った。
「え?」
何のことか分からない僕はただ戸惑うばかりだった。
「最初に食堂で昼食を摂ってからはや二週間。初日以外何もおこらないじゃないか。しかも私にいたっての被害はゼロ」
「そんなこと言われても……」
僕は別に何かが起きてほしいなどと望んでいなかった。
むしろこのまま平和な時が続いてほしい。彼女と違って僕は痛いのが嫌いなのだ。
「まったく、最近は痛み不足だ。自分でするだけじゃ物足りないし」
恥ずかしいことに彼女のその台詞に僕は変な想像をしてしまった。
赤くなってしまっているかもしれない顔を隠すように弁当箱のご飯をかきこんだ。
「じゃあ、やめる?」
何気なく発したその言葉を、後悔している自分に気が付いた。
あれ?
自分でも驚くぐらいやってしまったという思いに駆られた。
そして彼女の口から否定の言葉を何よりも望んだ。
「……やめたい?」
「いや、そんなことないよ! ただ、期待させちゃって、何も起こらないのはなんだか申し訳なくて……」
僕は必死にそう言い訳した。
「じゃあ、もう少し付き合ってもらおうかな」
「う、うん」
複雑な思いだった。
彼女の想いにこたえたい気持ちもあるが、それはイコール僕が何かしらに巻き込まれることを意味する。正直、それは嫌だ。そして正確にいえば彼女の望みは僕のとばっちりを受けて傷付くことにある。
望んでいるとはいえ、僕のせいで誰かが傷付くのは嫌だった。
食堂を出た後の僕等の行動に法則性はなかった。
ただ校内を当てもなく歩き回るだけ。
図書館、体育館、使われなくなったプール、音楽室、工作室、家庭科室、無人の教室。学校中のありとあらゆるところを回った。もう学校で足を踏み入れてないところはないといっても過言ではない。
「今日は、どこにいこうかな」
そう言って、間宮さんは先に立っていつも適当に行き先を決める。
「もう行き尽くしたんじゃないかな」
「確かにね。だけど目的は校内制覇じゃない、痛みだ」
他人に聞かれたら眉を広めるようなセリフを言って彼女は歩みを進めた。
校舎の西側、移動教室や、準備室が多いこの地帯は人通りが少ない。授業が始まれば話は違うが、昼休みの今は生徒の姿は皆無だった。
静まり返った校舎の階段には二人の足跡だけが響いた。
無言で階段を上がっていると僕等の足音とは違う足音が響いてくるのに気が付いた。
下を見たが誰もいない。では、りは上だけだ。
僕等は足をとめて誰かが下りてくるのを待ち構えた。
誰かが姿を現した、が、それが誰かは分からなかった。なぜならその人物は腕いっぱいに荷物を抱え、その荷物の高さは顔の高さをゆうに超えていたからだ。
「……あの」
心配になり僕は声をかけた。
しかし、それが間違いだった。
「ん?」
その人物は僕の声に反応し首を傾げて前方に居る僕達を確認しようとした。
そのわずかな動作で積みあがった荷物はぐらつき、それに伴ってその人物もバランスを崩し僕達の方へ荷物と一緒に転げ落ちてきた。
「うわああ!」
「わあ!」
「……」
荷物が降りかかってくるせつな、僕は見た。
悲鳴を上げる僕と彼に対し、間宮さん無言で笑っていた。