食堂
食堂は教室以上に騒がしく、そして込みあっていた。
すべての学年の生徒が、そして先生たちもがこの食堂を利用している。
この昼時以外はがらんと人が寄り付かないこの空間が今は真夏のプール、大晦日の神社のように人でごった返している。
「席とっておいて。食券買ってくるから」
託された僕は辺りを見渡し端っこの方になんとか二つの席を見つけた。
間宮さんが戻ってくるまでこの慣れない空気に委縮しながら席にちょこんと座り待っていた。
食券の販売機には人が列をなしている、また、配膳口にもまだかまだかと人がひしめいている。あとどのくらい待たなければいけないのかと気が遠くなった。
席がなく仕方なく立ちながらうどんをすする生徒も出てきた。そんな中、自前の弁当を持って食堂に来ている僕は周りにとって腹立たしい存在だろう。
申し訳ない思い出待つこと十分、ようやく彼女がトレーを持って現れた。トレーの上には日替わりの定食がのっていた。
「先に食べててもよかったのに」
今になって弁当箱を開き始めた僕を見て間宮さんは言った。
食べている間、僕達の間に特に会話はなかった。
黙々と作業のように食べ物を口に運んでいた。こんな重い昼食を取ったのは久しぶりだった。
「さて行こうか」
僕が食べ終わったのを見計らって彼女が言った。
日替わり定食は結構なボリュームがあったはずなのに間宮さんは僕より数分早くたいらげてしまっていた。
「うん」
僕達が席を立つとき、ちょうど向かいの女の子二人組も食べ終わったら行く同じく席を立った。
「きゃっ!」
床に水でも零れていたのか、僕の向かいに座っていた女の子が小さな悲鳴をあげてバランスを崩した。
そして、同時に持っていたお盆を派手に宙にばらまけた。
「痛っ」
お茶が入っていた小さなコップが僕の頭を直撃し、ガラスの皿は床に落ち、ヒステリックな音が食堂に響いた。
「ごめんなさい!」
女の子は青ざめた顔で僕に謝罪した。
「大丈夫、大丈夫」
僕は笑ってそう言った。
もう一人の女の子がすぐにちりとりと雑巾を持ってきた。そして二人して床に散らばったガラスの破片を拾い集めた。
「ははは、君の体質は本当のようだな」
食堂を出ると間宮さんは笑いながらそういった。
「……そうだね」
力ない声で僕はそう答えた。
「さて、何か起きないか学校中を回ろうか」
どうやらまだ僕を解放してくれる気は無いらしい。
「その前に、ちょっと保健室に行っていい?」
「ん? まさかあんなコップが当たったぐらいでこぶができたとでも言うの?」
間宮さんは呆れた口調でそういった。
「いや、実は……」
僕は口で説明するより早いと思い、しゃがんでズボンのすそを少し上げた。
「……」
間宮さんが息をのむのが分かった。
僕の右足が、踝の少し上ぐらいから真っ赤に染まっていた。
おそらく先ほど、向かいに座っていた女の子が落とした皿のガラスで切ったのだろう。未だに血がどくどくと流れ続けている。元は白かった靴下が今や真っ赤に染まっていた。
「痛い?」
「痛いよ」
間宮さんはどこか物欲しそうな顔で僕の足を眺めていた。
「……そんな目で見ないでよ」
「え? あ……、ごほん」
間宮さんは元の引き締まった顔に戻し、ごまかすように咳払いをした。
「まったく、なんで君ばっかり」
保健室で治療を受けている間、ぶつくさと彼女はそう言った。
それに対し僕は苦笑いを返すしかできなかった。
「そう言えば、なんですぐ言わなかったの?」
「え?」
「その怪我して、すぐ」
「ああ、……なんか可哀そうじゃないか」
それほどではないにせよ、流血する様な怪我を負わせてしまったとなれば、あの女の子も責任を感じるだろうし、それは僕も望むことではない。
「君は被害者なのに」
「こんな傷を傷を負わせてしまったと知ると、きっと僕より彼女の方が傷付くと思うんだ。そうなると、なんだかこっちが加害者みたいになっていなだから」
「……優しんだな、君は」
「そんなことないよ」
治療が終わって僕たちが保健室がを出るころ、ちょうど昼休みが終わった。