体質
「聞いてくれよ!」
上機嫌でそう言いながら寄ってきたのは小学校からの腐れ縁の川本だった。
「何だよ」
僕は若干苛立っていた。
昨日の彼女の謎の行動、そしてこの右手の怪我。
右手には少々大げさに包帯が巻かれてある。全治三週間、無理に使わなければ二週間ほどで完治するらしい。
「昨日、紅白戦あったんだけどさ、そこで場外ホームラン打ったんだよ。飛距離は軽く100メートルは越えてたぜ」
あの打球の犯人はこいつか。
包帯の巻かれた右手を見せて、「残念ながらお前の打球は僕にキャッチされてアウトだ!」などと言ってやりたがったがそんな気力はなかった。
僕の心中など露知らず、川本はまだ揚々と昨日の自分の活躍を語っていた。
「一応ピッチャーはレギュラーの人だったんだぜ。それに俺は完璧に合わせた。先輩を差し置いて次の試合は俺がレギュラーかも」
教室に先生が現れるまで川本の弁は続いた。
「あれ、お前そんな怪我してたか?」
昼休みになってようやく川本は僕の怪我に気付いたようだった。
「昨日、ちょっとな」
「お前は本当に昔から生傷が絶えないよな。なにかスポーツやってるわけでもないのに」
この怪我はお前のせいだけどな、と言いたいのを必死でこらえた。
「確かに、何かと昔から小さな事件に巻き込まれているような……」
ふと昔を思い返してみたら、思い当たる節は一つや二つじゃ済まなかった。
「そういえばこの前、階段で女子を押し倒したんだって?」
「違うって。落ちそうになっているのを助けようとしたら……、まあ、結果的に一緒に落ちちゃったけど」
「しかも、その相手が間宮さんだっていうじゃないか」
川本の口から彼女の個人名が出てきたことに驚いた。
「彼女のこと知ってるの?」
「ああ。まあ、俺も人から聞いただけだから本当にそれが間宮さんかどうかはしらないけど、間宮さんはそれなりに有名だよ」
僕が疎いだけなのか、その名前は初耳だった。
「有名って、どんな風に?」
「えらく突っ込むな? もしかして気になってる?」
「いいから」
真剣な声で、川本を制した。
「わかった、わかった。えー、まず美人。それだけで人目を引くからな。あと、これはちょっとお前に似てるかもしれない」
「僕に?」
僕と間宮さんとの共通点ってなんだ?
全く思いつかなかった。
「ああ、彼女はなにかと事件に巻き込まれてるんだ。まあ、事件と言ってもいじめとか、誰かの物が盗られたとかじゃなくて、なんていうか事故だな。そう、事件じゃなくて事故。要するに、彼女もよく何かに巻き込まれて怪我をしていた、らしい」
「なるほど」
僕との階段のときといい、昨日のときといい、確かに巻き込まれやすい様だ。
「一回、アバラを骨折するとかひどい怪我を負ったときもあるらしい。だけど、いつも間宮さんは決して相手を責めるようなことはせず笑顔で許すんだってさ。全部人から聞いた話だけど」
「……」
お人好しなのか、人を怒れない静かな性格なのか……。客観的に見たらそんなところで納得してしまいそうだが、どちらも違う。そう思えるような違和感があった。
昼休みも残り少なくなっていた。
次は移動教室なのでまだ教室に残っていた生徒は急いで準備をし、教室を出ようとしていた。
「おっと、次は移動教室か」
そう言って川本が急に立ち上がった。
「きゃっ!」
川本に後ろから走ってきた女生徒がぶつかり、よろめいた。
「ぐっ……」
うめき声を上げたのは何故か僕だった。
鋭い痛みを、またも右手に感じた。
恐る恐る見ると、女生徒が握り締めているペンが僕の右手に突き刺さっていた。
「ごめん、佐渡君! 大丈夫!」
彼女は急いで手を話したが、ペンは変わらず僕の腕の上で直立不動だった。
もちろん大丈夫ではない。
「……取りあえず、保健室に行ってくる。先生に入っておいてくれ」
「おお……、大丈夫か?」
「あ……」
僕は腕からペンを抜き、自分の血を制服で拭って彼女に返した。
「ごめん、血着いちゃったけど、一応返すね」
ペンを抜いた腕からはじわりと血がにじみ出てきた。
「あ、ありがとう。あと、本当にごめん! 保健室まで一人で大丈夫?」
「うん、そんな気にしないで」
彼らが心配そうに見守るなか、僕は教室を出て保健室へ向かった。




