推しが卒業してしまわれた
推しロス特集を見て過ったお話です
推しが卒業した。
……っっああ――――っ!! 無理無理明日から推しのいない生活とかまぢむり今まで推しのために金を稼いでいたのに明日から何を活力に仕事をしたら良いというの!? 推しのいない生活とか出汁のとれていない味噌汁とか砂糖を入れ忘れたクッキー並みに味気ないじゃん!! 不毛だよ!! 虚無だよ!! 虚ろな日々が始まるんだ繰り返しの日々に意義が見いだせなくて鬱になるんだ想像だけで無理死にたくなるリスカしよ。なんてダメダメファンが自殺とか発覚したらマスゴミに嬉々として取り上げられちゃうこれが芸能人が卒業した影響とか言われるんだ畜生推しにそんな有害ファンがいるとか迷惑すぎ!! 推しに心労をかけるとか何様なのって全部私だわこんな害悪切腹します介錯求むいや有害ファンにそんな情け無用だったわ申し訳ない今から腹切りますねぇえええええ――――っっ!!
「って切るのが手首から腹に変わっただけだったわどっちにしろ迷惑馬鹿すぎて滅ッ!!!!」
「どっちも切るなよ?」
大声で奇行に走る愛美の同棲相手、恋人の祐は動じることなく愛美の様子をスマホで撮影していた。
新種の変人です。よろしくお願いします。
「私は今この瞬間から何の為に息をすればっ」
「元からお前の生命活動のためでしかないだろ。呼吸は」
「推しのために息してたんだよこちとら!!」
「生きる理由ならぬ息する理由にされているとは思いもしないだろうな、推し」
「推し――――っ!」
叫びながらテーブルに鎮座するノートパソコンを覗き込む。
パソコンに表示される、『電撃速報! (グループ名)(芸名)さん卒業』
~★お好きな芸能人の名前を入れてね★~
「人の心がない!!!!!!!!」
叫んだ愛美は頭を抱えて床にもんどり打って倒れた。
隣に座って一緒に画面を見ていた祐は、隣で愛美が奇行に走ろうが放置だ。声は掛けるが手は出さない。撮影はする。たーのしー。
というかこのニュース、今日がはじめてではない。
突然でもない。
ちゃんと予告があり、告知があり、宣伝があった。
『俺達、本日解散します!』ではなく『俺達、このライヴで解散します!』だ。
そしてもんどり打って釣り上げられた魚を演じている愛美は、その最終ライヴのチケットを勝ち取って遠征してきた。
それから三日後の今日。
つまり、推しの卒業から三日が経過している。
パソコンの記事だって数日前の記事だ。
そう、わざわざ推しの名前で検索して、卒業ニュースを発掘して、自分でダメージを負っているのである。
とんだ自虐行為だ。
「だって……だってもしかしたら『ドッキリでした!(特大ハート)』なんて落ちがあるかもしれないじゃん!!」
「世間を巻き込んでそこまでしないって」
「わかんないじゃん!! 前例は作るものじゃん!!」
「このご時世それをやったら大炎上不可避だよ」
「ファンは既に大爆発不可避なんだよぉおおおお!! 爆散してるの!! 散り散りなの!! 身も心も裂かれて息も絶え絶え!! ――むしろ息してない」
「急にスンッてなるな」
「心肺停止しました」
「喋る死体になるな」
「なるよ。大量発生パニックホラーだよ。推しロスは拡大するんだよ、推しが卒業する、その情報一つでなぁ……!」
「ウイルス扱いするな」
「してないむしろワクチン!! 推しがいれば生きるんだから!!」
「もういないから、生きた屍だな」
「ディストピアッ!!」
「断末魔?」
ゴロゴロ転がっていた愛美は断末魔を上げて動かなくなった。一回録画を停止する。停止してから写真をパシャリ。
動けないまま、小さく震えだした。
「ああ……うう……」
「本格的にゾンビになってきたな……」
「ああ……公式ファンクラブの閉鎖日が来る……アーカイブももうすぐ見られなくなる……私の世界の終わりがカウントダウンされている……」
じたじたと床に転がったまま駄々っ子のように暴れる大人の愛美の姿は、一種のホラー映像だ。
祐はため息をつき、冷凍庫から取り出したアイスの袋を愛美の首筋に突っ込んだ。
「みょっ!?」
「いい加減現実を見ろ。推しは一般人に戻っただけで存在してるんだから、お前もホラー映画のエキストラみたいなことしてないで人間に戻れ」
「人間……人間の生活ってどんなだっけ……」
「そこまで見失うな」
「いやマジでどんなだっけ……おはようからお休みまで推し漬けの生活だったのに供給が止まったんだよ……? 私はどうやって栄養素を補給すればいいの……?」
「他の推しを探せ」
「簡単に言うぅうう!!」
愛美はガバッと状態を起こした。
推しとは、芸能人なら誰でもいいわけじゃない。
推しとは、その人の性癖ゲフンゲフン魂に刺さった人のことを言うのだ。そんなのゴロゴロいたら逆に生活できない。幸せすぎて常に瀕死。なんて幸せな状態。ただしサイフも瀕死。常に金欠なのは充実した推しライフのわかりやすい犠牲。
「推し活という名のドーピングがあってこそ社会人として機能していたというのに、それを失うということは……私はこれ以降、真人間では……なくなる……!!」
「元から推しに狂って真人間ではなかったよ」
「なん……だと……!?」
衝撃を受ける愛美をよそに、祐はもしゃもしゃとアイスを食べている。
起き上がりかけた愛美だが、再びパタリと床に倒れた。
「だめ……仕事行けない……明日仕事休むぅ……」
ちなみに推しのラストライブに行くため有休を取ったので、明日が推しロス初の出勤日である。
冗談に聞こえるかもしれないがガチで生きる気力を失いかけていた。
「集中できない……仕事中に絶対発狂して泣いちゃう……メンヘラっちゃう……めそめそじゃなくてうわああああーって泣いちゃう」
「じゃあ暫く休みなよ」
「でも仕事しないと生きていけない世知辛い世の中」
推しのためなら多少の体調不良もねじ伏せてきたが、もうそれが通用しない。
嗚呼これからどうやって生きていけば……魂が抜けていくような脱力感を覚えながら、愛美は白目を剥いていた。
「問題ないよ。俺があんたの世話するから」
「みょ?」
当たり前のように言われて、愛美はきょとんと瞬きした。黒目が帰って来る。
「今までお前が推し活していたから、今度は俺が推し活する」
「うん……? それとこれとがどう繋がるの?」
「好きな人の生活を整えて、好きな人のために息をして、好きな人のために稼ぐのが推し活なんだろ?」
「そうだけ、ど……?」
言ってから愛美は首を傾げた。
なんか違ったぞ。
しかし祐はごろりと転がる愛美の隣に腰掛けて、床に散らばる彼女の髪をゆっくり撫でた。
「お前と違って俺は相手が活動してなくても、そいつが生きているなら推し活できるからな」
見上げると、恍惚とした顔で愛美を見下ろす祐の顔が。
「むしろ俺なしで生きていけなくなるなら、最高じゃんね?」
あっこれ推し活という名の監禁来ちゃう。
愛美はバネのように跳ね起きた。
「オシゴト大事だよね! 頑張って出勤します!!」
「遠慮するなよ推しロス辛いんだろ3年くらいあれば回復するか?」
「推しの喪失は何年経っても回復しないけど新しい推しの存在で補強できます問題ありませんっ」
「でもすぐ次の推しは見つけられないんだろ無理すんな」
「今までの自分の言葉で反撃される!?」
ぎゃあっと叫んだ愛美は部屋の隅に縮まった。部屋の隅に逃げ込んだ……追い詰められた彼女を見て、恍惚とした表情のまま祐はにこりと笑う。
「推し活って楽しいな」
次の日、愛美の職場。
「愛美ちゃん推しロス休暇とると思ったけど大丈夫そ?」
「長期休暇になっちゃうから踏ん張ってます」
なってもいいのに、と脳裏で笑う恋人に舌を出しながら、愛美は己の人権を守るために働くことを選んだのだった。
ちなみに祐は元気に狂っている愛美を見るのが楽しいので、愛美の推し活には協力的。




