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第8話 疲れを取りに(岩盤浴編)

最近、やたらと三上に会う。


花屋でも。

寿司屋でも。

大学でも。

なぜか、そこにいる。


思い出すだけで、少し疲れる。


今日は、何も考えない時間が欲しかった。

だから、岩盤浴に来た。


フロアは思っていたより広かった。


低い照明の通路を進むと、部屋がいくつもあった。

熱めの部屋。

ぬるめの部屋。

石の種類が違うらしく、壁に小さく説明が貼ってある。


奥には休憩スペースがあって、寝転べるソファが置かれていた。

さらにその先が温泉だ。


壁際に並んだウォーターサーバーには、レモン水とか、ハーブ水とか、よく分からない名前の水が入っていた。


ここは、普通の銭湯というより、一日過ごすための場所だ。

静かで、時間の流れがゆるい。

人と話す必要もない。


――そう思って、いちばん空いていそうな部屋の扉を開けた。


いた。


石の床に、等間隔に寝転ぶ人たち。

ほとんどが目を閉じている。

空気は温かく、アロマの匂いが混じっていた。


その中で、一人だけ、体を起こして周囲を見ている男。


三上灯馬だった。


何を観察しているんだ、この人は。


三上は、寝転んでいる人たちを順番に見ていた。

端。端。中央は空いている。


やがて、ぼそっと言った。


「やっぱりね」


何がやっぱりなんだ。


「人は、逃げ道がある位置に寝る」


知らないよ。


三上は石の床を軽く指で叩いた。


「壁際は安心できる。中央は落ち着かない」

「ここは配置が分かりやすい」


岩盤浴で配置を語る人、初めて見た。


わたしは少し離れた場所に寝転んだ。

三上の視界に入らない位置を選んだつもりだった。


五分後。


「そこ、温度が低いよ」


声が降ってきた。


目を閉じたまま言った。


「放っておいてください」


「入口に近いからね。空気が動く」


説明しなくていい。


三上は気にした様子もなく、続けた。


「でも、その位置は悪くない」

「長くいられる」


何の評価なんだ。


そのまま、静かに部屋を出ていく。


……やっといなくなった。


わたしは目を閉じた。

石の温度が背中にじわじわ伝わる。

何も考えない時間を取り戻した気がした。


どれくらい経ったのか分からない。


喉が渇いて、いったん外に出た。


壁際のウォーターサーバーで水を飲む。


そのときだった。


また、いた。


休憩スペースの脇に貼られた「岩盤浴の入り方」を読んでいる。

真剣な顔で。


何を読んでるんだ、この人は。


三上は説明文を指でなぞりながら言った。


「順番が逆だ」


誰に言ってるんだろう。


「休憩をして、水分補給をしてください、と書いてある」

「先に水だ」


「……どっちでもよくないですか」


「よくないね」

「人は、書いてある順番に引っ張られる」


そこまで影響あるのかは、正直よく分からない。


「……普通、先に飲みません?」


「普通はね」


三上は説明文を指で軽く叩いた。


「でも、書いてある通りにやる人もいる」

「そういう人を基準に書くべきだ」


「従順すぎません?」


「違う。真面目なんだよ」


少しだけ考えるようにして、三上は続けた。


「真面目な人ほど、無理をする」


岩盤浴の注意書きにクレームをつける人、初めて見た。

というか、そんな読み方をする人を初めて見た。


三上はそのまま、また別の部屋へ消えていった。

……探し回ってるんだな、と思った。


わたしはもう一度、岩盤浴に戻った。

しばらく横になってから、また水を飲みに出た。


出たところで、目に入った。


三上は壁の前に立っていた。

手には、小さなカウンターがある。


カチ。

カチ。


何をしているのか、分からなかった。


「……今のは読んでない」


「何数えてるんですか」


「通過人数」


三上は真剣な顔で言った。


そんなものを数えてどうするんだ、と思った。


「……群れからはぐれてる」


「何がですか」


「張り紙」


意味が分からない。


「読んだのは三人」

「通過は二十七人」


三上は壁の端を指さした。


「配置が悪い」

「あの一枚だけ視線の流れから外れてる」


そんなこと考えて貼ってる人いるんだろうか。


「群れはね、まとまっているから意味がある」

「はぐれると、ただの紙になる」


岩盤浴で張り紙の生態を語る人、初めて見た。


帰り際、受付の前で三上が立ち止まっていた。


回数券の値段表を、じっと見つめている。


「……財布の帰巣本能を利用している」


何を言っているのか分からないけど、気に入ったんだろうと思った。

三上はそのまま、回数券を一枚買った。


靴を履きかけて、ふと振り返る。


三上は受付の人に、身振りを交えて何か話していた。

また何か見つけたんだろう。


外に出ると、まだ体が温かかった。


ここは、何も考えないために来る場所だ。

でも、あの人は、一日かけて考える人だ。


……また、どこかで会いそうな気がした。

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