第6話 必修の講義(大学編)
大学の講義室で、講演が始まるのを待っていた。
必修らしい。
出席だけ取られるやつだ。
机に頬をつけている人がいる。
スマホを見ている人も多い。
まだ始まっていないのに、すでに終わったあとのような空気だった。
「本日は、AIコンサルタントとして企業の業務改善に携わっている三上灯馬さんにお話しいただきます」
拍手が、ぱらぱらと起きた。
――いた。
壇上に立っているのは、見覚えのある男だった。
もう、どこにでもいるな、この人。
三上はマイクを見て、少し考えてから言った。
「マイクの位置が遠いですね」
講義室が静かになった。
「話す人が前に出る設計になっている。でも、人は前に出ると緊張する。だから声が小さくなる」
三上はマイクを引き寄せた。
「こうしておくと、声が届きやすい」
……本題に入る前に、改善が始まった。
「改善というのは、大きいことをすることじゃない。たいていは、順番か配置を直すだけです」
三上は一度、言葉を切った。
「ただ、それらの悪さには、自分ではなかなか気づかない」
さっきマイクを動かしたばかりの人に言われると、説得力がある。
「だから、外から言われる。それがクレームです」
「クレーマーという言葉は、嫌われていますね」
ああ、そこに行くのか、と思った。
「でもね、クレームが無い店は、たいてい一種類です。誰も期待していない店」
「もちろん、本当に完璧な店という例外もありますが、ほとんど見たことがない」
空気が、少し引き締まった気がした。
「店にとって一番困る客は、不満を言う客ではありません」
「黙って来なくなる客です」
三上は黒板の端を、指で叩いた。
「理由が分からないから、直せない。直せないものは、良くならない」
「だから私は、言います。だいたい嫌われます」
講義室のあちこちで笑いが漏れた。
「でも、店は前より良くなる」
そこから先は、図や矢印が増えていった。
順番。
配置。
人の動き。
三上は黒板を使いながら、止まらずに話し続けた。
気がつくと、みんな普通に聞いていた。
変な人を見る目ではなく、講義を聞く顔になっていた。
……これが、この人の仕事なんだな、と思った。
講義が終わったとき、拍手が起きた。
さっきよりは、ちゃんとしていた。
わたしは手を叩かなかった。
まだ、この人のことを決めたくなかった。
外に出ると、もう夕方だった。
バイトに行って、帰りに花屋に寄る。
店に近づいて、すぐ分かった。
入口の香りが違う。
グリーンの、すっきりした香り。
百合は奥に移動しているらしく、甘さが遅れて届く。
香りに導かれるみたいに、店の奥へ歩いていた。
……交通整理、したんだな。
百合を一本、手に取った。
値段を見て、少し迷う。
ガーベラより高い。
でも、今日はこれにした。




